『物語』








 ココペリは歩いていた。
 歩いて、手を、握ってみて、開いてみて。
 足を踏み出して、またもう一歩。
 もう一歩。
 もう一歩。

 それが出来るということが、ひどく、悲しく、嬉しく、むなしく、滑稽だった。

 15人の子供たち。
 14人の契約者たち。

 ああ。
 彼らは死ぬのだ。

 彼らだけではない。
 彼らの世界の住民は、これから次々と死んでいく。
 あの機体と、あの兄妹に導かれて。

 そして、自分に出来ることは、何も、ない。

 娘が、死んだ。
 妻が、死んだ。
 親も、死んだ。

 住んでいた家がかろうじて残っているという、ただ、それだけ。

 空虚だ。
 何もかもが滑稽で、何もかもが空しくて、それでも、この地球は生きている。

 足を出す。
 手を握る。
 目を開く。

 その全てが、生きている証し。




 家はあった。
 死んだ親の家。田舎だったがゆえに、誰もそこで戦わなかった。
 ただ、戦った場所に両親が来ただけ。

 生きている。
 地球は存在している。

 言い聞かせなければ、忘れてしまいそうなほど、その存在は希薄に思えた。
 全ての戦いなどなかったかのように、平和な日々だった。





 ただ日々を繰り返す。
 ただ毎日を繰り返す。
 単調で、単純で、意味のない毎日を。

 両親も妻も娘もいない世界で。

 無数の塵の一つでしかない世界で。





 家の戸を開ける。
 薄暗い闇の中に誰かが立っていた。

 声が詰まったのは、娘に見えたからだ。
 声を出せなかったのは、間違いに気付いたからだ。

 闇の中から、足が、動いて、少し、近づく。
 娘とは似ても似つかない、真っ直ぐな黒髪。

「………ワクが、死んだわ」
「…………」
「…15人の中で一番元気で、やかましくて…私、一番仲が良かったの。馬鹿ばっかり言ってた。凄く話しやすかった。楽しかった…楽しいなんて思っちゃいけないのに…楽しかった」
「……………でも、死んだんだ」

 ぼくたちが、殺した。
 もう、訪れる事のない地球で、ここでない地球で、戦いは始まっている。
 引き鉄を引いたのは、ぼくら。

「…私は…何も、出来ない。私はっ」
「………」

 泣く。
 泣く。
 全てを知っているがゆえに。
 物語の結末を知っているがゆえに。

 彼女と同じ時間を過ごしたものは、皆死ぬのだと理解しているがゆえに。


 お茶を入れる。
 お茶菓子を出す。
 椅子を勧める。

 およそ客にすべき事を一通りして、机をはさんで少女に向き直った。
 既に泣き止んだ少女は、おとなしく椅子に座る。

「…君は、なぜ、ここに来たんだい?」
「………あたしの事も、お兄ちゃんの事も、ゲームの事も……全部知っているのは、貴方だけだから」
「生き残りは、僕以外にもいるだろう」
「………皆死んだわ。ほとんどは、戦いが終わって、すぐ。それに、私は、そんなに遠くまで跳べない。一つ前の地球に行くのが精一杯…」
「…そうか」

 沈黙。
 沈黙。
 重苦しい。
 けれど、明るい話題など、あるわけがない。

 不意に、少女は顔を上げて、青ざめる。
 その、突然の変化についていけない。

「―――お兄ちゃん? ま、待って。…うん。…うん。もう、戻るから」

 コエムシの呼び出し。
 また人が死ぬのだろう。
 また戦うのだろう。
 次は誰だろうか。

 ほんのわずかな時間しか共に居なかったとはいえ、その顔は良く覚えている。
 死ぬと分かっていながら、契約させた子供たち。

「…コダマ君」

 声と同時に少女の姿は消えて。

 手のつけられなかったお茶とお茶菓子がそのまま残った。



 ゲームを繰り返した少女は常に生き残り、常に人の死を見届ける。
 親しい人の死を。
 泣く場所もなく、頼る場所もなく、心安らぐ事もなく。
 そうして生きてきたのだ。 



 少女は泣き続ける。
 何度も、何度も。
 人が死ぬたびに。
 契約者が減るたびに。

「…君は、これからもずっと戦い続けるつもりか」
「………終わらせたい。…何も、かも…。終わらせたいよ! …でも、わからない。どうすれば、いいの? どうすれば終わるの? どうすればお兄ちゃんを止められるの?!」
「………」
「何も変わらない…! 何も変えられない…っっ」

 全てが無駄だった。
 何をしても。
 何も。
 何も、変わらなかった。
 娘は死んだ。
 妻も気が触れ、結局は死んだ。
 両親すらも死んでいた。

「………」

 少女は顔を上げ、すぐに視線をそらす。

「………ごめん」

 それからすぐだった。
 直ぐのことだった。
 彼女は泣いていなかった。



「私…決めたよ。もう、終わらせる。…お兄ちゃんを、殺す」

 真っ直ぐな目で、少女は言う。
 変わらない世界を変えようと、少女は考える。

 彼女達の旅が終わるだけで、他の平行世界では人が死に続ける。
 だから、彼女の行動は意味がないのかもしれない。
 終わりなんてどこにもない。

 けれど。

 この手で終わらせたいと望む。
 他の誰でもない、この手で。

「もう、お兄ちゃんのあんな姿を見るのは嫌…。お兄ちゃんが人に恨まれるのも嫌。お兄ちゃんが人を殺して喜ぶのも嫌…もう、嫌なの…」

 なんて我侭な理由。
 なんて自分勝手な話。

「…そうか」
「…ごめんなさい」

 もう少し早く彼女がそう考えていれば、死なない人が居たのかもしれない。
 けれど、彼らが居なくなっても、また他の進行役が現れるだけ。
 死ぬ人間が、滅ぶ世界が、移り変わるだけだ。

 それなら。
 もう少し、好きなことを。
 自分のしたいことをすれば、そうすればいいのじゃないかと。

 そう思うのに。

「先生」
「ああ」
「…ありがとう」

 なんに対しての礼か。
 言った少女はすぐさま消えうせ、残された。
 人の死を背負った少女は、十字架に縛られ兄と共に滅ぶのだ。

 それは、戦い続けた少女の我侭。
 人の死を見つづけた少女の願い。



 それは愚かな選択だろうか?
 それは愚かな行動だろうか?


 さよなら、と、言う。


 彼女は昔言っていた。
 娘と共に笑っていた。
 雪が好きだと。
 雪に埋もれるのが好きだと。
 じゃあ一緒に雪だるまを作ろうと。


 ああ、彼女は雪を見れただろうか。
 知るすべはない。





 仕事を始めた。
 ごくごく普通の会社員。
 何事もなかったかのような平和な日々。

 その一方で物語を書く。

 15人の子供たち。
 もう終わってしまった物語。
 今もどこかで続く物語。


 それはおそらく、どこまでも続く、永遠の物語。
 どこまでも続く、ぼくらの物語。
2007年11月2日

あえて最終話と同じタイトルでアニメ版のココペリとマチの話。
アニメ版は結構「えーーー?」なとこがあったから、おいおいおい…的な事を普通に書くことにした。(したってあんた…(笑))
マチは兄貴があんなんで、頼る人もいなくて、一人で秘密を背負わないといけなくて、泣ける相手も愚痴をこぼす相手もいなくて寂しかっただろうなって思いました。
ココペリは全身タイツはどこで手に入れたんだ、とか、なんで一人でタイツになってるんだろう、とか、マチの首筋コネクトありえねぇよ、とか、なんかもう色々あり得んだろ…とか思いながら最後まで見たアニメでした。漫画と小説版を追うのが楽しみです。