「ピンク…好きなんですか?」

 壁に背を預けて小型コンピュータに向かってキーボードを打つ少女は、不意に隣へと問いかける。
 ひどくきつい目つきで虚空をにらみつけ、壁に背を預ける少年。その少年の羽織るカーデガンはいつもピンク色。好きなのだと思われても仕方ない程度には、よく着ている。
 そのことをはたして少年が理解しているのかどうか。
 キィを打つ手は一度たりとも止まらず、少年もまたピクリとも動かなかった。

「…別に」

 じんわりと、会話にしてはひどく鈍いテンポで答えは返り、少女、フェルトは顔を上げた。
 別段少年の言葉に何かの感情を抱いた様子でもなく、ただ淡々と言った。

「…私は嫌いなんです。目立ちますから」

 鮮やかなピンクの巻き毛を持つ少女は確かによく目立ち、少年が彼女を探すとき、その髪を目印にすることは…やや、ある。

「それは俺に対する皮肉か」
「…何故?」

 声は、心底不思議そうなものだった。
 もっとも、少年にとって聞きなれたものでないため、正確にはわからない。
 気付けば、キィを叩く音も止まっていた。

「…俺が、目立ちたがりだと言いたいのか」

 言い直し、ちらりと視線をスライドさせると、感情の起伏の少ない顔が僅かに目を見開いたまま動かない。
 ゆっくりと2回、大きく瞬きがなされて、視線が合った。

「…気付きませんでした。そういうつもりではなかったのだけど…ごめんなさい」
「………」
「………」

 沈黙は苦く、両者共に自然と視線をそらした。
 キィの音もしない。

「…ただ、気に入っているから着ているだけだ」

 抑えた、静かな声に、フェルトは僅かに目を大きくさせ、小さく頷いた。

「…はい」

 それからは黙して喋らない。
 最初と同じようにキィを叩く音がするだけ。

 ただ1人の少女と1人の少年が並んで壁を背にするだけ。



 けれどどちらも踵を返しはしなかった。