紫色の髪。
冷たい目。
大きなめがね。
それを認めて、少し、見上げる。
気配にか、ティエリア・アーデはこちらを向いた。
その隣に降りて外を見る。
前に、丁度ロックオンに両親のことを話した場所。
その時とはまるで違う外の光景。真っ暗な闇も星もどこにもない。あるのはただ整備に動く人間と、無骨な骨組み。
「もう、怪我は大丈夫?」
「…ああ」
重症を負って、何ヶ月も寝込んだままだった少年。
フェルトは何度も眠り続ける彼を見ていたし、起きたことは聞いていた。もう動けるとまでは聞いていなかったから、少し驚いて、じっ、と少年を見つめる。
包帯はまだいたるところに巻いているけど、足取りはしっかりしているように見える。
「何か」
「…ううん。でも、良かった」
「………」
どこか息苦しい沈黙の中、フェルトは続けた。
「ティエリアが…無事でよかった」
無事、というのは少し違う。そう思うけど。
素直に心の中に浮かんだ言葉を口にする。
言葉に、ティエリアは鋭い瞳を細めて、虚空を睨む。
「………僕は、ロックオンを、彼を、守れなかった」
「………」
静かな回顧の言葉に、フェルトはティエリアから外へと視線を移す。
真っ暗な、宇宙。
この中で、ロックオン・ストラトス…その名をコードネームに持つ青年は逝ってしまった。
それは、決して、ティエリアの責任では、ない。
誰の責任でもなくて、ソレスタルビーイングで戦い続けた彼自身の…ロックオン・ストラトス自身の責任。
クリスティナも、リヒテンダールも、皆、居なくなってしまった。
いつも一緒の空間で座っていた人たち。
慰めの言葉でなくて、少しでも、ティエリアの気持ちが軽くなるような、そんな言葉の一つも、フェルトの頭には浮かばない。
浮かぶ言葉はあまりにも陳腐で、貧困で、何よりも、何か、違う。
言いたいことに近い気もして、でも上手く言えない。
「僕は…私は…彼に、何も、出来ていない」
感情に打ち震える少年は、フェルトが隣にいることを忘れてしまったかのように。
震えて。
唇を噛んで。
涙をこぼす。
それは、悔恨か、懺悔か。
フェルトには、分からない。
「……ティエリア」
「っっ」
そうだった、というような驚愕と共に、ティエリアの視線がフェルトの顔をさ迷う。
フェルトはいつもの無表情に、少しだけ泣きそうな色を乗せて、ティエリアの細い手を握り締めた。
細い、細い、起きたばかりの怪我人の手は、フェルトの手と同じくらいしかないように見えて。
なんて、儚い、指先だろう。
「ティエリア…」
言葉が、続かない。
何も、出てこない。
それがもどかしくて。もどかしくて。
フェルトは俯く。
俯いた視線の先に、細い、青白い手首。
ほんの少しでも力をいれたら壊れてしまいそうな、華奢な手の平。
「ごめん、なさい」
「なんで、謝る…」
「何か、言いたいのに…何も言えない…から。何も、出てこない…から」
ティエリアを救う何かが、フェルトには出来ない。
きっとそういうのはスメラギやロックオンのような、大人の人に出来ることで。
まだまだ人生経験の未熟なフェルトには、何一つ出来ない。
「…ごめんなさい」
ぽろりと零れ落ちた一粒の涙は、2人の手の上に落ちて、そのまま消えた。