『占いの報酬』
「ねぇ、アルダ・ココ。占いを頼んでもいいかい?」
ひょい、と現れた顔にアルダ・ココは驚く。
目の前に立っているくせ毛の黒髪を持つ青年は、この国の王子。
大分慣れてきたとはいえ、いつも唐突な出現をするルダートにアルダ・ココはいつも驚いてしまう。
いつものルダートは「ちょっと近くまで来たから」などと言ってアルダ・ココにいろいろな事を話して帰っていく。
ルダートの話はいつも面白くて、アルダ・ココは毎日ひそかに楽しみにしていた。
だから今日、彼が来た用事が占いということを知って、アルダ・ココは自分でも吃驚するほどがっかりしてしまった。どうしてかは分からないけれど。
今日のルダートは、アルダ・ココの占いに用があるだけであって、アルダ・ココ自身に用はないのだ。
占い師である事、それは占いをする道具のようなもの。
それは、既に慣れきったことだったのに、このときに限って何処か重かった。
……アルダ・ココは知らない。
アルダ・ココに興味があるから、ルダートは今日会う口実に占いを用いたことを。
「皆が口を揃えて言うんだ。"アルダ・ココがいるのだから折角だから占ってもらいなさい"ってね。だから占ってもらおうかなって思ったんだど…忙しかったかな?」
傍目にも沈んでしまったアルダ・ココに、ルダートは首を傾げてそう尋ねた。
「都合が悪いっていうんなら出直すけれど…気分でも悪いの?大丈夫?」
慌てて首を振って、アルダ・ココは息を吸いこむ。がっかりしてしまった理由なんて、自分でも説明できない。
それになんだか、ルダートには言いたくないような気がした。…恥ずかしくて。
「いえ…大丈夫ですよ。それで、何の占いですか?」
「恋占いだよ」
「恋占い、ですか?」
「うん。気になっている相手がいるんだけどね、うまくいくかどうか占ってもらおうと思って?」
アルダ・ココはあまり恋占いが好きではない。感情的になる客が多いからだ。
ほんの小さなため息は、しっかりルダートに聞き取られていたらしい。
「アルダ・ココ?」
「あ、いえ、なんでもありません。ええと、それでは…!」
慌ててカードを取り出すと、ルダートはそれを見てピクリと片眉を上げた。
「折角だから石占いが見てみたいな。本当は石で占うと聞いたよ?」
期待する子供のような目で、アルダ・ココを見つめる。
とても楽しそうなその瞳を、アルダ・ココはきょとんと見つめ返す。と、悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「…高くつきますよ?」
アルダ・ココはルダートを見上げて、上目遣いでにっこりと笑いかける。
ちょっとでも困ればいい。よくよく驚かされるお返しだ。
もちろん、アルダ・ココは無料で占いをしてあげるつもりでいた。カード占いでも、石占いでも。
ルダートは、困ったように、うーん、と手を顎に当てて考える。
王子だからと言っても自由に出来るお金はそんなに多くないし、アルダ・ココの石占いは普通の占いに比べて膨大な値段だ。とても今の自分には払えるとは思えない。
「……出世払いでは駄目かな?」
「まぁ、いいでしょう」
至極真面目な顔でルダートは尋ね、アルダ・ココは少し残念そうに頬を膨らませた。
困らせたかっただけだったのだが、あまりにも真面目に返されて多少消化不良な感じだ。
当てが外れて唇を尖らせたアルダ・ココを見て、今度はルダートが悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「ああ、そうだ。出世払いするから、実家の場所を教えてもらえると嬉しいな」
「ええっ?おばあちゃんの家ですか?
東の果て半島で遠いし…場所を教えてもたぶん、分かりませんよ?
それに、こちらにはお邪魔している身ですから、無料でも別に構いませんし…」
「いや、払うべきものは払うよ。アルダ・ココの占いに相応しい額をね」
真面目な顔で言うものだから、アルダ・ココは後に引けなくなってしまった。
自分のちょっとした悪戯心を恨む。
「それじゃあ…後で紙に書いておきますね」
アルダ・ココはテーブルの上に占いの石を出して並べると、ルダートをまっすぐに見つめた。
「ええと、恋占いですね?では相手の方の特徴をお願いします!」
張り切ってそう言うと、ルダートはなぜか困ったように微笑んだ。
「う〜ん、絶対に特徴を言わなきゃだめ?」
「大丈夫ですよ。かなり抽象的な占いになりますけど…
相手の方を言いたくない方もいらっしゃいますから」
にっこり微笑んでそう言うと、アルダ・ココはテーブルの上の『導きの石』を指差した。
「じゃあ、この導きの石の上に手を置いてください」
ルダートが言うとおりにすると、アルダ・ココはルダートの手の上からさらに手を置いた。
どきっとしたルダートが手を動かしても、アルダ・ココは動揺することなく彼の手を石に押し付ける。
「じゃあ、この石に伝わるように相手の方のことを考えてくださいね。私がいいと言うまでやめちゃだめですよ。集中して」
そう言って目を閉じたアルダ・ココをルダートは真正面から見つめる。
長い黒髪、目を閉じているせいでくっきりと見える長いまつげ。意志が強く、東の果て半島という辺境からはるばる旅をしてきた謎めいた少女。
ルダートの手の下の『導きの石』がほんのりと熱を持ったような気がしてきた時、アルダ・ココが目を開けた。
「はい、もういいですよ。じゃ、占いますね」
石を並べるアルダ・ココの手元をルダートは見つめる。母やアナンシアの手のように、なめらかで美しい手ではないけれど、暖かい手だとルダートは思う。
「ええと、相性は良いとでてますね。相手の方には、今は決まった人はいないみたいですけれど、気になる人はいるみたいです」
「へぇ…」
ルダートはテーブルに頬杖をついて面白そうに、占いをするアルダ・ココを見つめる。占いに集中している彼女は気づかない。
「そして、たくさんの人に守られている…遊びで手を出すと痛い目にあうみたいですね。彼女の庇護者たちだけではなく、彼女自身にも」
「ふーん。そうなんだ」
その自分の言葉がルダートを本気にさせただなんて、勿論アルダ=ココが気付くわけもなく。
占いが終わって。
ふぅ、と肩の力を抜いたアルダ・ココにルダートは満面の笑みを向けた。
「ありがとうアルダ・ココ。なんだかちょっと勇気が出たよ。彼女が僕に振り向いてくれるよう、頑張る」
「お役に立ててよかった。占いの結果だって、ルダート王子の行動で変わってきますからね。ルダート王子の気持ちが大事ですよ」
気を抜いた時にいきなり向けられたルダートの綺麗な笑みに、つい赤面しながらアルダ・ココは釘をさした。
「肝に銘じておくよ。さて、アルダ・ココ、これからちょっと僕に付き合ってくれるかな?」
「はい?」
突然の頼みに、アルダ・ココは目を丸くして首を傾げた。
アルダ・ココが連れてこられたのは大通りから1本入った薄暗い通りだった。
「こっちだよ」
躊躇するアルダ・ココの手を引いて、ルダートはどんどん通りを奥へと進む。と、1軒の小さな店に入っていく。
「こんにちは」
「おや、いらっしゃいませ」
奥から出てきた店主は穏やかそうなおじいさんで、内心どきどきしていたアルダ・ココはほっとする。店も明るく、清潔だけれど何を売っている店なのか分からない。奥は、何かの工房なのだろうか。
「頼んでいたやつ、できたかな」
「はい、昨日できあがりましたよ」
店主が奥から出してきた品物を見てルダートは満足げに頷くと、店内を見て回っていたアルダ・ココを手招きした。
「アルダ・ココにプレゼント。とりあえず、これは今日の占いの前払いということで」
差し出したのは繊細な銀細工の髪飾り。派手なものではないが、それはアルダ=ココの黒髪にとてもよく映えた。
「いいんですか?」
「君のためのものだからね。つけてあげるよ、後ろを向いて」
言われたとおりに後ろを向くとルダートは手慣れた様子でアルダ・ココの髪を結い上げた。
「うん、思ったとおりだ。とてもよく似合う」
「あ、ありがとうございます」
知らず知らずのうちに赤くなった頬を緩め、しどろもどろでアルダ・ココは礼を言う。なぜだろう、指が髪を梳く感触がとても鮮明で緊張した。
「ああ、そうだ。アルダ・ココ」
「はい?」
「無防備に男に髪を触らせるものじゃないと思うよ」
そう、ルダートは悪戯っぽく笑って、
「こんな事されてしまうかもしれないから」
自らが編んだ髪をひとすじ持ち上げて、ふわりと口付けた。
2006年2月3日
初のルダアル。相方に影響されてしまいました(笑)
ルダートさん、セクハラですよ!とか思いながら書きましたwwスキンシップ過多(笑)
まぁ、王子だからゆるされるでしょ(笑)
可哀そうなのは銀細工の店のおじいさんでしょうか。ラブラブっぷりを見せ付けられて…
ちなみに、ルダートさんは銀細工の店にあらかじめ行って、アルダ・ココに似合いそうな髪飾りをオーダーメイドしてもらっていたのです。全ては計算ずくw
浅羽翠