『口の中で消えた言葉』
伸ばした腕は、一瞬躊躇するように宙を彷徨い、結局目的の場所へたどり着く。
「アルダ・ココ」
小さく小さく呟いて、己と同じ、その黒い髪を撫ぜる。
自分よりも硬質で、少しだけ癖のある豊かな髪は、長い旅に傷んでいる。
苦しげに吐かれる息は薄く、今にも消えてしまいそう。その顔色は明らかに悪く、前よりも幾分か痩せた頬が痛々しかった。
「アルダ…ココ…」
うつ伏せに倒れていたアルダ・ココの身体を、軽く持ち上げて仰向けにし、楽な体勢になるように動かす。
カタ…
ほんの僅かな音に、不自然なまでにルダートは反応する。
その音が人の立てたものではないらしいと分かると、あからさまにほっとした。
自分の連れでもある魔法使いに、こんなところを見られるわけには行かない。そもそも彼と共にいるとはいえ、ここに自分が来た事を彼は知らないのだから。
ラダがアルダ・ココに何をしたのか、ルダートは知らない。
それを聞くことすらせず、ルダートはラダの言葉に頷いた。
確かにアルダ・ココの力は邪魔だった。
本当なら、こんな風にして彼女に触れる資格など、自分には、ない。
彼女をこんな目に合わせているのは、ラダであり、自分だ。
だが、それでも。
「ねぇ、アルダ・ココ…僕は…」
その先は続けられることはなかった。
ルダートの視界に、先ほど音を立てた物が入る。
繊細な銀細工は、見る人が見れば高級な物だと分かる代物で、アルダ・ココの黒髪に良く映える髪飾りだった。
ルダートがアルダ・ココの身体を動かした時、懐からこぼれ落ちたのであろう。
その髪飾りは、ルダートにはよく見覚えがあった。なぜなら彼自身がアルダ・ココに贈った物であったからだ。
今となってしまっては、大分前、アルダ・ココたちがデムナ夫人の荘園に居た頃のことだ。ルダートはアルダ・ココに一つの占いを頼んだ。
その占いの報酬…というか前払いとしてその髪飾りを贈ったのだ。
「………………」
髪飾りを拾い上げて、ルダートは己の服の中にしまう。
わずかに迷って、自分の指輪を外して、アルダ・ココの服のポケットの中に入れた。
「さようなら、アルダ・ココ…もう会わないことを願っておくよ」
自分たちは敵同士でしかないのだから。
そうしてルダートはスナインと呼ばれる男の小屋を後にした。
龍を得る旅を続けるために。
2006年2月3日
最新刊ネタバレ失礼。
ウルアル巻でルダアルのことしか考えてなくてすみません。
浅羽のルダアルと微妙にリンクしてます。
空空汐