『宴を抜けて』






「クリスマス!?くだらん!実にくだらん!我々はそんな事をしている場合じゃないだろう!」

 そう気炎を散らす白髪の魔法使いの言葉ももっともで、けれどもルダートはにっこりと笑って答えた。

「どちらにしろ、今日はここで足止めだよ。クリスマスは村の外に出るのも禁止されているんだ。余計な騒動を起こす趣味はないよ」
「今更騒動の1つや2つ、一緒だろう!」
「でもここには彼らもいる。こんなところで見つかって騒ぎになるのはごめんだね」

 その意見はもっともで、白髪の魔法使いは口をつぐむ。
 旅を始めた頃は読めなかった白髪の魔法使いの表情も、今では大分容易に想像がつく。
 足止めは望むところではないが、騒ぎを起こして見つかるのも望むところではない。
 彼らは追う立場ではなく追われる立場なのだから。

「…勝手にしろ」
「分かった」

 白髪の魔法使いの憮然とした言葉に、真面目にルダートは答えて、くすりと笑った。




 宴を抜け出してきたアルダ・ココは、はぁ、と息を吐いた。
 吐いた息はあっという間に白くなって周囲に散る。
 宿の中の惨状を思い出して、くすくすと笑った。
 中は今もの凄い状況だ。宿に止まっているものみんながクリスマスだと祝い、騒いでいるのだから。しかも、アルコールが入っている分、騒ぎは凄まじい。
 その騒音を少し避けて、アルダ・ココは外の空気を吸いにきたのだ。
 冷たい空気に身を縮ませながら、町の様子にぐるりと首を巡らせ…硬直した。

「…アルダ・ココ…?」
「ルダート王子…」

 互いにあってはならない再会だった。
 硬直から解き放たれたアルダ・ココは、迷わずに身体を反転させ、一歩宿に向かって踏み出す。

「ああ、待って、アルダ・ココ。私は何もしない」

 そう呼び止められて、本当に止まるような人間はごく僅かだろう。
 勿論、アルダ・ココも止まるつもりなんてなかった。
 彼がここにいることをウルファ達に伝えるのが一番だと思ったし、そうするつもりだった。
 それでも何故か、ルダートの困ったような途方にくれたような声に、ついつい足を止めてしまっていた。
 さりげなく手助けしてくれたときや、ヨールの釣った魚を見てにこにこと笑っていたとき。
 そんな小さな小さな彼にまつわる思い出が、少しだけ、アルダ・ココの気持ちを鈍らせた。
 何よりも、アルダ・ココ自身には彼がそんなにも悪い人には見えなかった。
 おずおずと振り返ると、彼はとても嬉しそうに笑う。
 屋敷にいたころと何も変わらないように見えた。

「ねぇ、アルダ・ココ。君たちの旅は順調かい?」

 その言葉に一欠けらの悪意でもあれば、アルダ・ココはすぐさまきびすを返してウルファ達の下へ舞い戻っただろう。
 けれど、ルダートの言葉に棘はなかった。むしろ思いやりすら感じる温かい口調に、アルダ・ココは戸惑いつつも頷く。
 それに彼は屈託なく微笑んで、ますますアルダ・ココは戸惑う。
 彼と自分達の関係はこんなにも和やかな関係ではないはずなのだが、すっかりルダートのペースに巻き込まれていた。

「ルダート王子は、順調ですか?」

 ほんわかとした空気に、ついついアルダ・ココはそんな事を聞いてしまい、慌てて口を塞いだ。コーサ国から追われている罪人に言うような言葉ではない。
 彼もちょっと呆気にとられたのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返して、答えた。

「…そうだね。順調だよ。…残念ながらここで足止めをくらってしまったけどね」

 その、全然残念そうでない口ぶりに、ほっとして、アルダ・ココは町に目を向ける。
 きらびやかに装飾を施された町の姿。
 思わぬ祭りに巻き込まれ、気がついたら町から出ることが出来なくなっていた。

「クリスマスですから」
「うん。クリスマスだからね」

 敵対関係、と言っても差し支えないはずの彼らだが、穏やかに言葉を交わす。
 さすがに全ての警戒心を失くしたわけではないが、アルダ・ココには、大丈夫だという確信が何故かあった。

「ああ、そうだ。アルダ・ココ」

 ちょいちょい、と手招きされたが、さすがに易々とは近づかない。
 そうするとルダートは少しだけ困ったように笑って、宿の横手に回り、その角で座る。

「占ってくれてもいい。私は君にも、君の仲間たちにも危害を加えないよ」

 そうまで言われると、アルダ・ココとしても困ってしまって、躊躇しつつも少しだけ距離を近づける。
 宿の手前の壁に背をあずけて、占い石を取り出した。確かに占っていた方が確実である。
 きっと大丈夫だろうとは思ったが、していた方がいいのは間違いない。
 石占の結果は予想通りのものだった。
 しかもこの再会は、むしろ良い方向と出ていた。
 少しだけ距離を詰めて、宿の角と角で同じようにして座る。

「アルダ・ココ、ヨールは元気?」
「ヨール?元気ですよ」
「そう。良かった。これを渡しておいてくれるかい?」

 先程手招きしたのは、これが理由なのだと分かった。あのように距離が離れていたのでは渡すものも渡せない。
 何かを包んだハンカチ。アルダ・ココは首を傾げる。

「何が入っているんですか?」
「ひ・み・つ」

 その言い方で、かつて王宮でヨールに渡された小さな袋と同じ中身に違いないと確信する。

「ヨールがお好きなんですね」
「うん。そうだね」

 くすくすと笑う声に耳を傾けながら、アルダ・ココは膝を抱えた。
 目の前に広がる光景もまた、宿の中と同じお祭り騒ぎ。
 宴の真っ最中という雰囲気が大気を震わせ、気持ちを高揚させる。
 宴を抜け出して、取り残されたアルダ・ココには少し遠い光景だ。

「クリスマス、って不思議ですね」
「何故?」
「みんな一緒になって、知らない人と笑って、食べて飾り付けして、たった1日だけの奇跡みたい」
「う〜ん。それじゃあアルダ・ココと出会えたのも奇跡かな」

 次会う時は、きっと敵同士だけどね。
 そう呟いたのは、アルダ・ココの耳には届かなかった。
 少女の視線は目の前を踊る華やかな光景に、すっかり釘付けになっていたから。
 ぼんやりとしているアルダ・ココに気付いて、ルダートは無警戒だなぁ、と呟いた。
 自分が言うのもなんだが、もう少し警戒心は強くもつべきだと思う。
 もっとも、この占い師のそういう真っ直ぐな気性や素直なところが好ましいのだが。

「ねぇ、アルダ・ココ。キスをしてもいいかい?」
「は……え!?」

 ぼんやりとしていたアルダ・ココは、ついうっかり「はい」と頷きかけて、慌てて振り返った。
 すると、ルダートの顔が至近距離に現れて、固まってしまう。
 身体中を物凄い勢いで血が巡り、顔が真っ赤に染まった。
 ばくばくと破裂しそうな心臓に手を当てて、アルダ・ココは身をすくめる。
 跳ね除けよう、という考えは浮かばなかった。
 突然の事態に、思考は完全に麻痺していた。
 それとは別に、アルダ・ココは自分の中で嫌だという感情が全くないのに気付かなかった。

「え、あ、あのルダート王子!?」

 こんな間近で見るルダートの顔は初めてで、アルダ・ココは彼が恐ろしく端整な顔立ちをしているのを改めて知った。
 次第に距離が縮まってきているのに気付いて、息を呑んだ。その吐息すら相手に届いてしまいそうな気がした。
 気がつけば、ゆっくりと瞳を閉じてしまった自分に、アルダ・ココは驚いた。
 これではまるで彼を待っているみたいではないか。
 瞳を閉じると、ルダートの密やかな息遣いを感じて、けれどもそれが不快ではなかった。
 やがて唇に降るかと思われたやんわりとした間隔は、アルダ・ココの瞼の上に降ってきた。
 アルダ・ココは驚いて、目を開いてしばたかせる。
 ほんの一瞬の間に、ルダートの顔は離れていた。

「やめた。アルダ・ココの合意も貰えてないしね」

 キスだけじゃすまなくなりそうだから、とは言わずに、ルダートは笑った。彼女がここまで無防備だったとはさすがに思わなかった。

「ねぇアルダ・ココ。アルダ・ココは守護剣士ともこんなことしたりするのかな?」
「ウルファ!?ウルファと私が!?どうして!?」

 照れと何故だか残念に思っている自分がいるのと、よく分からない感情がごっちゃになって、アルダ・ココは頬を両手で挟んで叫んだ。
 ウルファはアルダ・ココの助け手で用心棒で旅の仲間だ。こんなことをするような間柄じゃない。 けれども同時にルダートともそんな間柄ではないのに、何故自分は彼を受け入れようとしたのか。

「そう。良かった。ねぇ、アルダ・ココ。幾らなんでもそう易々と男を近づけちゃダメだよ?」
「分かってます!」

 恥ずかしさからか後悔からか、自分でも整理がつかないままにアルダ・ココは悲鳴のように叫ぶ。
 瞳を潤ませて、顔を真っ赤に染めて叫ぶ少女は、非常に可愛らしい。

「ああ。でも、アルダ・ココ、今度は合意を頂けると嬉しいな」
「〜〜〜〜っっ!」

 そのときは遠慮なく奪うから、と断言されて、アルダ・ココはこれ以上ないというほど真っ赤になった。

「わっ、私!もどります!!」
「またね。アルダ・ココ」

 ばたばたと、必死で宿の中に戻っていったアルダ・ココの背に声をかけて、ルダートはくすくすと笑う。

「どうやら私は思ったより脈ありみたいだね」

 クリスマスの小さな奇跡。
 敵対する王子と占い師は出会い、そして別れる。
 またいつか、出会う時のために。


 宴を抜けた先の小さな奇跡。
 そんなクリスマスの夜にメリークリスマス!
2005年12月25日

やってしまった…。ありえんカップル。
ルダアル…ルダート×アルダ・ココ。
邪道ですみません。もういっそののしってください。
私はこれでもウルアル好きな人間です。
ただ問題はそれ以上にルダートが好きだってだけでuu
でも何が楽しかったか、というと無駄に怒り散らす白髪赤目の魔法使い。
あははははuu
ウルファもこれくらいあけすけに言ったら通じると思う。
それはそうとルダートの挿絵ってえらいかっこよくありません!?
広がれルダアルの輪〜〜〜!

空空汐