『傍観者』







 何か、目の端を黒いものがよぎった気がして、ルダートは足を止めた。
 青々とした緑の上、一筋の黒い川。
 なんとなく興味を引かれて方向転換してみると、木々の向こうに一人の少女がいるのが見て取れた。アルダ・ココという、巷で噂の神秘の占い師。今はルダートたちの客分として招かれている。かくまっている、と言えば通りはいいが、軟禁している、とも言える。だが、アルダ・ココたちの立場は今現在非常によろしくない。
 彼女の占いは、自分達やアナンシアの兄王子の庇護する者たちを敵に回した。

 何をしているのかと、茂みをかき分けて見れば、黒髪が広々と散っていた。
 まるで胎児のように丸くなって眠っているのだ。小さな寝息がルダートの耳に届く。
 その、姿を見下ろして、ルダートは小さく笑った。小さく、小さく、ほんの少し、嘲りを込めて。

「馬鹿な子だ」

 あまりにも真っ直ぐで、素直で、だからこそその占いの結果は信じられる。アルダ・ココがそう占ったのなら、アナンシアは龍を手に入れるために旅立つのだろう。それがいつになるのかは全く分かったものじゃないが。
 あの場でなんと言えばよかったのか、なんて誰も知らない。
 けれど、恐らくアルダ・ココの占いの結果は最悪のものだった。
 ほんの少しの嘘をつくだけで、今のこの状況はなかっただろう。もう少しマシな事態にもなっただろう。
 アルダ・ココがアナンシアを選んだから、この状況がある。あの場で占いをする愚かさをわきまえもしなかった。占いの結果を曲げようともしなかった。たとえその結果が、どんな事態を生むとしても…この子供はそんなことを分かっていたとは思えない。

 ―――そう、子供だ。

 夢を追いかけ、追いつくだけの力を持った、小さな子供。
 それがルダートがアルダ・ココに抱いた感想。
 逆に言えば、大きな力を持っているからこそ、夢を持てる。力を持たぬものは夢すらも持てない。
 愚か、としかいいようのない行為。そうとしか映らない。もっとも、彼女と旅を共にしてきた者達や、彼女に好意を抱く者ならそうは思わないのかもしれないが。

 けれど、愚かだから。
 自分の母親は動いた。

「気に入ったんだよ。僕も、母さんも。君のことを…ね」

 もっとも、自分は面白そうだから受け入れた部分も大きいが。
 くすくすと笑って、ルダートはアルダ・ココの髪をすいた。
 そのまま髪に指を絡め、軽く引っ張る。

「……っぅ」

 眠りから覚醒する小さな子供。

「おはよう。アルダ・ココ」
「…ぁ……ぉはようございます……!?る、ルダート王子!?」

 ぼう、とした瞳が急速に光を取り戻し、ルダートの顔を認めると、慌てて身体を起こす。と、同時に、髪を引っ張られる感覚に頭を押さえた。

「あ、あまり動くと痛いよ」
「え?あっ!あの…?」

 不思議そうに自分の髪に絡むルダートの指を見て、ようやくという風にアルダ・ココは顔を赤らめた。

「そろそろ日が沈むから、部屋に戻った方がいいんじゃないかな?」
「は、はい」

 くすくすと笑いながら、アルダ・ココの髪をもてあそぶ。最初のうちは首を傾げてそれを眺めていたアルダ・ココだったが、いつまでたっても終わる事のない小さな戯れに、僅かに眉を潜めて軽くルダートを睨む。

「睨まれてしまった」

 笑いながら肩をすくめたルダートに、アルダ・ココは目を丸くした。この王子様の行動はよく分からない。くすくすと、楽しそうに笑いながらルダートはアルダ・ココの髪であそぶ。量の多い、豊かな漆黒の髪がルダートの指に巻きついては解放される。

「アルダ・ココの髪は少し癖があるね」
「…はい」

 悪気のない言い方だったが、それはほんの少しアルダ・ココのコンプレックスをくすぐった。量も多く、癖があるアルダ・ココの髪はまとめるのに一苦労だ。幼い頃から真っ直ぐな髪に憧れていた。

「ほら、アルダ・ココ」

 ルダートはそう言って、自分の頭の後ろで結ばれた髪を引っ張り出す。
 傍目からもよく分かる、ふわふわの猫っ毛。

「お揃いだね」

 言われて、きょとんと目を瞬いた。
 そう言われれば、確かに自分の癖毛とルダートの猫っ毛はすこし似ているように思う。同じ黒髪の所為もあるだろう。もっとも、栄養状態も悪かった村の生活や、旅の疲れで、アルダ・ココの髪の方が傷んでいる。ルダートの髪はアルダ・ココの髪よりもずっと滑らかで上質だ。
 それでも。なんの屈託もなくルダートが笑うものだから、アルダ・ココはつられるようにして笑ってしまった。

「…そうですね」
「アルダ・ココの髪は多いんだね。羨ましい」
「う…らやましいですか?」
「うん。僕の髪は少ないからね、いつかなくなってしまうかも」
「な、なくなるって…」

 ルダートの笑顔をマジマジと見ながら、頭の中で彼のはげ頭を想像してみる。…想像できないくらいに恐ろしく似合わなかった。

「なくなったりしませんよ!」
「そうだといいね」

 やっぱり笑顔のルダートに、アルダ・ココはそれが本気なのか冗談だったのか判断できなかった。呆れたようにルダートの笑顔を凝視するアルダ・ココに、彼はふと、顔を上げる。

「…アルダ・ココの騎士が来たようだね」
「えっ?」
「それじゃあアルダ・ココ。僕はこれで失礼するね」
「えっ…?えええっ!?」

 彼の行動は素早かった。あっという間に身を翻し、唖然としたままのアルダ・ココを残してルダートは元の道へ戻った。

「ギリギリセーフかな?」

 後ろの方からアルダ・ココとその守護剣士の声が聞こえてきて、ルダートは笑った。
 別にウルファを嫌っているわけではないが、彼はアルダ・ココにご執心で、彼女に近付く男をけん制するものだから、気分がよくない。一々睨まれるのは全く持って不愉快だ。
 大体、奪われたくないのならその手でいつまでも握っていればいいのだ。アルダ・ココに近寄る男を睨んでいることは、いつかアルダ・ココにとっても不利益になるだろう。誰だって敵意を持って接されれば敵意を抱きたくなるものなのだから。

「人の恋路を邪魔するつもりはさらさらないけどね。少し、鬱陶しいと思わないかい?」

 音もなく、静かに目の前に現れた狼の姿に、ルダートは驚くこともなく話しかけた。ウルファが現れたならヨールも来ているだろうと、何の疑いもなく思ったから。もっとも相手は首を傾げただけであったが。

「好きなら好きで早いとこ行動に移した方が合理的だと思うんだけどね」

 そうは思わないかな?と、問いかけると、相手はまるでそれが分かったかのように軽く頷いて見せた。分かりにくい狼の顔は軽く歪んでいる。笑ってるのかもしれない、とちらりと思った。全く持って賢い狼だ。
 人の恋路はどうでもいいけど、この屋敷に彼らがいる間はそれを見守ってみるのもまた一興かな、と、笑った。
2006年7月9日

ウルとアルとルダとヨール。
アルダ←ウルファを面白く温かく見守るルダ。
私的にはこんなよく分かんない面白がりのルダが理想です。
だから新刊とかでルダの内面が出るたびに困ります。ああもう人間臭くなっちゃったーって感じがして。

ルダとアルダの髪の毛お揃いネタはずっとしたかったので、出来て本望です。
そんで、ルダの髪の方がアルダよりもつやつやキューティクル全開で、ショックを受けて、嫉妬したりしたら良かったけど、っていうかそうするつもりだったはずなんだけど………ルダが変なこと口走り始めたので没(笑)

空空汐