「だって。白比佐と一緒になんかいられないわっ!」

 今の台詞を白比佐が聞いたら泣くだろう。三江は腕の中の赤子をあやしながらそう思った。





  『変わらないまま』




 六姫が船越へやって来たのは2日前のこと。

 白比佐と六姫の結婚がようやく本決まりになり、顔合わせのためやってきたのだ。
 新しい花嫁の到着に白比佐はもとより船越夫婦はたいそう喜んだ。
 特に喜んだのが船越夫人である。前々から娘を欲しがっていた夫人は、三江とはまた違った魅力を持った六姫をとても可愛がった。
 少しでも時間があれば、六姫を部屋に呼んで夫人の着物で着せかえを楽しみ、2人でお茶をして。片時も離さなかった。

 六姫も、それを嫌がったりはしなかった…いや、むしろ喜んでその誘いに応じた。
 彼女もまた、白比佐にそっくりな優しい夫人をしたっていたのだ。
 それを寂しく思っている男がいることも、知らずに。




 六姫が来てからというもの、1人で庭を散歩する白比佐の姿が良く見られるようになった。
 肩を落とし、悄然とした様子だ。彼がすねるのも無理はなかった。

 夫人が六姫を独り占めしているので、白比佐はこの2日間、彼女とほんの短い時間しか過ごしていないのだ。

 しかし六姫が、彼が自分と一緒にいられないからすねている、なんて気づくはずもない。
 六姫は六姫で、船越での全開のお祝いモードに照れくさくてしょうがないのだ。
 久しぶりに会った彼女の思い人は、以前のどこかなよなよとした印象が消えて、大人の男に成長していた。
 六姫は、なんだか顔を合わせるのが気恥ずかしくて、夫人の誘いをいいことに、彼と二人っきりになるのを避けていたのだ。




「三江姉様、いる?」

 今日は残念ながら夫人の誘いがなかったので、六姫は三江の部屋を訪ねていた。

「六姫?いいわよ、入って」

 なかから応えがあったので、六姫は襖を静かに開ける。
 部屋の中では大好きな姉が、微笑みながらこちらを見ていた。
 三江は六姫の3つ上の姉であり、白比佐の兄、黒波の妻である。彼女は今年、女の子を出産していた。

「赤ちゃん、見せてもらおうかと思って…」

 部屋に入った六姫は三江が抱いている赤子に目を奪われた。赤子は六姫に向かって、楽しそうに笑っていたのだ。

「かわいい…」

 三江に赤子を抱っこさせてもらった六姫の頬が自然とゆるむ。赤子は三江の部屋を訪ねる口実だったが、そんなことは忘れ去っていた。
 自分が白比佐から逃げているということともう1つ、彼女は重要なことを忘れていた。

 三江もまた、白比佐の味方であるということを。




「ごめんください、三江様。六姫はそちらにいませんでしょうか?」

「白比佐だっ!」

 襖越しに聞こえてきた声に、六姫は飛び上がった。
 いやだ、心の準備ができていない今の状態で会えるはずがない。
 声を聞いただけでも心臓が早鐘を打っているのだ、会おうものなら壊れてしまう。

 六姫は三江に、襖を開けてくれるなと目で訴えた。
 そんな必死の訴えもさらりと流して、三江は襖の向こうに声をかける。

「六姫はここにおりますよ。どうぞ、お入り下さい」

「三江姉さま!」

 六姫の願いもむなしく、襖ががらりと開かれる。
 姿の見えない六姫を心配していたのだろう、どこか不安げだったその表情が、六姫を目にした途端、ほころんだ。

 鳥越の次男、白比佐だ。

 白比佐は部屋に一歩入ると、正座して三江に話しかけた。

「三江様、六姫を少々かりていってもよろしいでしょうか。連れて行きたい場所があるもので」

「ええ、いいですよ。…六姫?」

「いやっ!」

 三江の影に隠れて六姫が叫ぶと、にこやかだった姉の表情が少々厳しいものへと変化した。

「六姫。…私はこの子とお昼寝がしたいから、白比佐様と行きなさい」

「…はい」

 三江にそう言われては、六姫に反論する術はない。育児で疲れているだろう三江を疲れさせたくなくて、六姫はしぶしぶながら部屋を出ることにした。
 だから、六姫は気づかなかった。

 部屋を出る白比佐と、三江が目を合わせてニヤリと笑ったことに。




「この後のご予定は?」

 廊下に出てすぐさま立ち去ろうとする六姫の手首をつかんで、白比佐はささやいた。

 心情的には逃がしてなるものか、である。
 せっかく三江がくれたチャンスなのだ。無駄にするつもりはさらさらなかった。
 ようやく自分との結婚を承諾してくれた愛しい少女は、初めて会ったときとは見違えるくらい綺麗になっていた。

 背が伸びて、着物の肩上げもとれた。
 大人とまではいかないまでも、結婚には支障ない年齢である。
 いつ他の男との縁談が持ち上がってもおかしくない。

 他の男にとられてたまるか、と白比佐は必死で六姫を口説き落とし、ここまで縁談を進めてきたのだ。
 六姫の手を握りなおし、白比佐はにっこりと笑った。

「近くに綺麗な池があります。…涼みにいきましょう?」





 今は晩夏。日陰はそうでもなかったが、日差しの下はやっぱり暑い。

「あつ…」

 思わず六姫がそうつぶやくと、「お昼寝しましょうか」という提案が返ってきた。
 嬉しそうな白比佐に、つい六姫は憎まれ口を叩いてしまう。

「なんでお昼寝なのよ」

「暑い中で動き回るとよけい暑いじゃないですか」

 言って白比佐は手ごろな日陰になっている木の根元に座ると、両手を広げて六姫を呼んだ。

「なんでそこなのよ」

「だって、ほら、私は体温がないので触れると冷たくて気持ちいいでしょう?」

 白比佐は蛇のあやかしなので、体温が低い。
 膝に腰掛けて肩に頭をもたせかけると、しゅるりと衣擦れの音がして抱きしめられた。

 六姫は思った。…前と同じ、と。
 暑いのが苦手な六姫を気遣ってくれるその優しさも、六姫を抱きしめる時に浮かべる穏やかな笑みも。

 でも、前と同じように白比佐の腕の中で眠りにつくなんてできそうにない。
 なんだか心臓がどきどきして落ち着かないのだ。
 けれど離れたいとかそういうことではなくて。
 むしろ、居心地が良くてずっとこうしていたいような気持ちになる。

 そんな気持ちになったことが、なんだか恥ずかしくてこそばゆくって、六姫は白比佐の肩に頬を擦り付けた。



 なんだか見ているほうまで幸せになれるような、そんな恋人達の午後。
2005年9月6日

終わった…!!
元ネタは、コバルト文庫で6月に新刊デビューされた足塚鰯さんの小説です。
6月にはすでにネタができてたんですが…終わりませんでした(笑)
なんで3ヶ月もかかっているんだろう…
新刊が出た月のUPをねらってたのに。

内容は、将来こうなったらいいな〜という私の希望です♪
三江姉さまと黒波には(何人目かの)子供がいて、白比佐はようやく六姫を口説き落として、六姫は船越にやってきて船越夫人にかわいがられる、と(笑)
捏造たっぷり(笑)
読んでくださり、ありがとうございました。

浅羽翠