あたしとハールーンがバッソラーに着いてはじめての夜。

 宿の部屋でくつろぎながら、いろいろな話をした。





  盗みの極意




「ここって、お金をじっと見てると捕まるもんなの?」

 あたしがふと疑問に思ったことを言うと、ハールーンはなんだそれは、という顔をした。

 市場で銀貨を勉強してる時に、店のおじさんが『まぎらわしいことをすると、捕まるぞ、坊主』って言ったんだよね。その時は男の子って思われたショックでそんなこと考えなかった。
 けど、よく考えれば、お金をじっと見てるだけで捕まって牢屋行きなんて理不尽だよね?

「そりゃ、じっと見てれば盗もうと狙ってるんだと思われてもしょうがないな」

 当たり前だろうというようなハールーンの口調に、あたしの疑問はますます深まる。
 ここの人達ってば、盗む前にはターゲットをじっくりまじまじと見るもんなの?今どき、素人でもそんなことしてたら警戒されるって知ってるのに。あ、そっか、だから捕まるのね。

 1人で納得すると同時に、なんだかむずむずしてくる。盗みの技術が発達してないことはいいことよ、もちろん。
 だって、それだけ人のものを盗ろうという人間が少ないってことだもの。
 でもね、高い技術を持ったすりやらが現れた時、その手口を知らないでどうやって盗みを防ぐというの!?

「盗み方がなってないわ!!」

 思わずそうつぶやいていたらしい。
 ハールーンは「はぁ?」と呆れたように言ったあと、興味がわいたようで身を乗り出してきた。

「なら、あんたの言ううまい盗み方ってのはどんなのなのさ?」

 目の前にあるのは興味津々、きらきらと輝く瞳。
 いつも偉そうな(いや、本当に王子様で偉い人だったんだけど)ハールーンに何かを教えることができるのが嬉しくて、あたしはなんとなく胸を張った。


「まず、1度標的を決めたらそれ以上はじろじろ見ないことね。
いつまでも見ていたら怪しまれるもの。別のものを身ながら、視界の端でとらえるの。
店員の様子にも注意するんだけど、そのときにまっすぐ見てはダメ。
『盗もうとする人間は品物ではなく店員を見る』という言葉があるように、店員は品物を見ていない客は怪しむわ。あくまで品物を見ている振りをして、店員の注意がそれたときに盗って隠す!
それだけよ。」


 もちろん、標的の選び方とか、死角となる場所とか、細かいことはいっぱいあるんだけど。
 あんまり長くするとハールーンがあきるかもしれないからかなり端折って説明した。
盗みの手口とかは雑誌とかテレビで研究してきたもの。今じゃ私、ピッキングの方法まで知っているほど。
こういうことを知るのって結構楽しいんだ。自分だけの秘密を持っているみたいで。

 ……まぁ、実際にやるかどうかは別として。

 さすがのハールーンもピッキングの方法までは知らないでしょう。ちょっと得意になったあたしを見て、ハールーンはなぜかにやにやした。

「おまえ、ジンになる前は盗賊か何かだったのか?」

「失礼な!」

 からかってくるハールーンの失礼な言葉の数々を、あたしは彼の頬をつまんでひねってやるだけで勘弁してやることにした。

 なめらかに見える浅黒い頬は意外にも、ひげでざらざらしていた。
2005年9月21日

ジャニの趣味、捏造しちゃった…(苦笑)
市場でのおじさんの台詞にひっかかったので書いてみました。
2人がくつろいでのんびりと会話できたのってこの夜だけじゃないかと思ってます。
ハールーンはジャニをからかって遊ぶのが好きだったりすると楽しい(笑)

文中でジャニが語っている盗み方は浅羽が適当に考えたものですw
信じて実行しちゃいけませんよ(いないって・笑)

浅羽翠