下を向いて歩こう





 港町バッソラーに向けての旅、おれには妙な連れができた。

 ジャニと名づけた、生まれたての魔神族。
 チグリス川の河口で網にかかった壷のなかに入っていた、何も知らない魔神だ。



 彼女―――そう、彼女と呼ぶべきなんだろう、女の姿をしているのだから―――は、今も黙々と地面を歩いているおれの頭上で「きゃー」とか言いながら空を飛ぶ練習をしている。

 ふと見上げると、ぱっと消えたり現れたりを繰り返しているジャニが見えた。
 ぱっと消えて、「きゃー」とか「わー」とか声が聞こえた後、風下の方で体勢がめちゃくちゃになってるジャニが現れる。
 髪なんてここ数分でぐちゃぐちゃだ。

 面白いが、見てはいけない。
 否、見上げてはいけない。

 ジャニが着ている真っ黒な服は腰巻に似た形状をしていて、襞をよせてあるためか、風でふわりと動く。

 地面を歩いているときはまだいい。
 空を飛んでいるときはだめだ。特に、おれの頭より上を飛んでいる時は。

「ねぇねぇハールーン!村みたいなのが見えるよ!」
 はしゃいだ声につられて、ふと声がしたほうを見てしまう。


 ………しまった。


 うっかり見てしまい、即座に顔を前にもどす。

「ああ、村か。そろそろ地面にもどれ」
 おれがそう言うとジャニは素直におれの隣にもどってきた。
 知らず、ほっと息が漏れる。





 地面をあるいているときはまだいい。

 空を飛んでいるときはジャニを見上げてはだめだ。

 ……ふとした瞬間に、腰巻で隠されている足が見えるのだ。
 父上の後宮で露出の多い女たちを見たことがあるが、こんなに恥ずかしい思いはしなかった。
 たぶん、本人に見せている自覚がないからだろう。

 ひょいひょい跳ねるように歩いているジャニの後を歩きながら、ハールーンはどうやってさりげなくこの無邪気な魔神に忠告すべきかと思い悩むのであった。
2006年12月3日

ジャニが空を飛んでる場面を読む度に、「あれって絶対見えてるよな…」とか思いますww
ハールーンがうっかり見ちゃって一人で照れてたり恥ずかしがってるといいと思う(笑)
そんなバカ話でしたww

浅羽翠