うりふたつ
ある日、扉を開けるとそこには女の姿をした兄が立っていた。
「うふ♪似合う?」
嬉しそうに扇で顔を隠しながらしなを作ってみせる兄、フレッドを見てミレーユは体中の力が抜けていく感じがした。
「似合いすぎて逆に怖いわ…」
へたり込みながらミレーユがそう答えると、フレッドは嬉しそうに笑った。
男がドレス姿を褒められて喜ぶなんて、わが兄ながらどうかしている。
兄の異常性についてミレーユが悩んでいると、フレッドは悪巧みをしている黒い笑顔でのたまった。
「じゃあさ、ミレーユも同じの着ようよ!きっと似合うよ、同じ顔なんだし!」
「ほら、うりふたつ♪」
着替えと化粧を終えたミレーユを大きな姿見の前に立たせて、フレッドはまぶしい笑顔を見せた。
フレッドと同じドレス、同じウィッグに同じ化粧。
頭の先から足のつま先まで同じものを身につけた2人は背の高ささえ除けば双子の姉妹のようだった。
近くで見ている状態でこれなのだから、少し離れてみればきっと同じ人が2人いるように見えることだろう。
同じ顔なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、まさかここまでとは。
「なんだか騙し絵でも見てる気分…」
「やっぱり可愛い!さすがは僕の妹」
困惑気味の妹に抱きついたフレッドは嬉しそうにしている。
同じ顔で同じ格好をしているのだから、ミレーユを可愛いと褒めることは自分も可愛いと言っているようなものなのだが、ミレーユはつっこむ気にもなれなかった。
「さ、みんなが広間で待ってるよ。お披露目にいこうねー」
「え、みんなって…」
しかもこの格好を見せるのか。
嫌がる妹をずるずるひきずって、フレッドは意気揚々と広間へ向かった。
「―――すばらしいっ!」
フレッドに連れて行かれた広間にはエドゥアルトがすでにいて、2人を待っていた。
どうやら事前にフレッドに話を聞いていたらしい。
フレッドの女装姿にも驚くことなく感涙にむせんでいる。
「2人ともジュリアにそっくりで綺麗だよ!さすがは私の子供達だ!!」
「ふふ、父上様ありがとう♪」
げんなりしているミレーユに反して、フレッドはのりのりだ。
ドレスの裾をつまんでくるりと回ったり、淑女のお辞儀をしてみせたりとサービス満点である。
「なんてすばらしい日だ!そうだ、今日の記念に画家を呼んで2人を描いてもらおう」
そう叫ぶとエドゥアルトは画家を呼ぶために部屋を走り出ていった。
「……ふふ、お父上ったらあんなに喜んで。女装のしがいがあるってもんだよねー」
「…ほんとにあんた達って、変な親子よね。あたしが来る前もこんなだったの?」
「そうだよ。まぁ、今日ほどはっちゃけてはいなかったけどね」
「そうなの……」
ミレーユはエドゥアルトに会う前に想像していた理想の父親像が、音を立てて崩れていくのを感じながらため息をついた。
コンコン、とノックの音がしてミレーユは顔を上げた。
目の前にはティーセット。
画家が来るまで一休みしようとフレッドとお茶をしていたのだ。
「はい、どうぞ」
ちょっとぼうっとしてしまっていたらしいミレーユに代わって、フレッドが応えた。
扉が開いて、リヒャルトが顔を出した。
「リ、リヒャルト!」
びっくりして思わず立ち上がったミレーユをよそに、フレッドはにっこり微笑みながらリヒャルトに近づいた。
そのままぎゅっと抱きつく。
(ぎゃーー!)
声にならない悲鳴をミレーユはあげた。
フレッドとリヒャルトは男同士なのに何をやっているのか。
そんなミレーユに気付かない様子でリヒャルトは女装したフレッドに微笑んだ。
「珍しくおめかししていますね、ミレーユ。よく似合ってますよ」
「ち、違う!あたしはここよ、リヒャルト。それフレッド!」
いくら女の格好をしているからって、フレッドとミレーユを間違えるだなんてひどすぎる。
思わず涙目になりながら、慌ててリヒャルトに駆け寄ると彼はにっこり笑ってミレーユを抱きとめた。
「ははは、冗談ですよ」
「そうそう、他の人ならともかくリヒャルトがミレーユと僕を間違えるわけないじゃないか」
2人に笑われてミレーユは自分がからかわれていたことを知った。
打ち合わせなしでこれだけのことをするだなんて、リヒャルトも相当フレッドに毒されているに違いない。
「あ、あんたたち悪趣味よ!人をからかって遊ぶだなんて」
「そうやってむきになって怒るあなたがかわいいものだから」
リヒャルトが微笑んでミレーユの腰にまわした腕に力を込めたことで、ミレーユは自分の置かれた状況に気がついた。
リヒャルトに抱きしめられてる自分と、リヒャルトに抱きついたままの女装したフレッド。
「何よこれはー!」
ミレーユの叫び声が屋敷中に響き渡った。
「あはは、いいじゃない面白くて」
小さい頃やった汽車ぽっぽを思い出すねぇと笑いながら言うフレッドを睨んで、ミレーユはリヒャルトの手を掴んだ。
今は汽車ぽっぽなんてやっている状況じゃない。嫌なわけではないが、動悸が激しくなって心臓が壊れないうちに離れて欲しかった。
「き、汽車ぽっぽはもう少し離れてするものよ!」
「やったことがないので分かりませんが、このままじゃけないのですか?」
微笑みながらわざとらしく首を傾げるリヒャルトを見て、ミレーユはまたからかわれているのだと思った。
「す、少なくとも向かい合ってするものじゃないわ。ともかく離して!」
「嫌です」
「ははは、じゃあ僕が離れるよ」
言ってあっさりリヒャルトから離れたフレッドは、にやりと笑ってミレーユに言った。
「後で3人で出かけようね」
「ちょ、ちょっと待って」
出かけるってフレッドも自分もこのままの格好でということだろうか。
どれだけ女装した姿を見せびらかしたいのか、この兄は。
「それじゃあ準備しておくからお2人はごゆっくり」
ウインクをして去っていくフレッドをとっさに追いかけようとしたミレーユを、リヒャルトの腕が止めた。
「は、離して。追いかけないと」
「嫌です」
先ほどの冗談交じりの拒否とは打って変わって真面目な声音に、びっくりしてリヒャルトを振り返ると、彼は哀しそうに微笑んだ。
「珍しいお菓子が手に入ったんですよ。一緒にお茶をしたいと思って来たのに、放っていかないでください」
「ご、ごめんなさい」
慌てて謝ると、哀しそうな顔はふりだったのか、リヒャルトはすぐにいつもの微笑みを浮かべる。
その表情の変化の早さにミレーユは愕然とした。
今のも演技だったのだろうか。善人のリヒャルトが兄に毒されていくようで、ミレーユはいたたまれなくなった。
「ど、どうしたの?なんかいつもと雰囲気が違うような」
雰囲気が違うというか態度が違うというか。いつもは優しいリヒャルトが少しだけ強引なように思えてミレーユは落ち着かない。
せっかくいい人なのに、このままフレッドに毒されていけば悪人になってしまうかもしれない。それだけは断固阻止しなければ。
見当違いの決意を固めたミレーユは真剣な目でリヒャルトを見上げた。
「あ、あんまりフレッドの真似ばかりしちゃ駄目よ?リヒャルトにはリヒャルトの良さがあるんだから」
「俺の良さってなんですか?」
「ええっと…優しいところ、かな」
間髪いれず聞き返され、しどろもどろになりながら答える。だがその答えにリヒャルトが納得した様子はなかった。
「他には?」
「え、ええと…いい人なところとか穏やかなところとか?と、ともかく!人をからかって遊ぶような事はしちゃいけないわ。フレッドみたいになっちゃうんだから」
「あなたにだけですよ、からかうのは」
もちろん半分本気ですが、という言葉は飲み込んでリヒャルトは微笑んだ。
困ったように視線を逸らすミレーユに、懐から出したお菓子の袋を渡す。
「お茶を淹れてもらえますか?一緒に食べましょう」
「え、ええ」
(助かった…)
ほっとしながら袋を受け取ってテーブルに向かう。意味深な言葉を言われて心臓はばくばくだ。本当に彼は天然だとミレーユは思った。
お茶の準備に集中しているふりをして、リヒャルトを視界にいれないようにする。
きっと彼はいつもの表情で微笑んでミレーユを見ているだろうから。そんな光景をみたら今度こそ心臓が壊れてしまう。
落ち着け自分、落ち着け自分。
必死になっていたミレーユは、自分が大切な事を忘れていることも、それに対する用心も忘れ去っていた。
画家を連れたエドゥアルトが乱入してくるのは、この10分後のこと。
2005年5月5日
リヒャルト×ミレーユ。略してリヒャミレ(っていうのかどうかは知らないけど)です。
…ただたんに、フレッドとミレーユに同じ格好させて「鏡〜」とかさせてみたかっただけ(笑)
エドゥアルトとリヒャルトはおまけですw(おい)
浅羽翠