『いつの間にかそうなりました』











「えーちょっとそれマジでー?」

 愕然、という表現が良く似合う顔で、やたらと体格のいいマッチョな大男は冷や汗を流した。
 それはもうだらだらと。

 挙動不審な大男に対して、男の半分ほどしか幅のない少女は非常に重々しくうなずいて見せた。
 三つ編にした長い黒髪が軽く揺れる。

「えーだって、一回だよ? 一回。一回こっきり」
「その通り。ナハトール、貴方がここを逃げ出す前の一度きりだ」
「ほんっっっっとうに? ま、間違いじゃなくて?」
「間違いであってほしいと聞こえるが、残念ながらこれが事実だ」

 重々しく、けれどもどこか面白そうに鉄面皮と誉れ高い楽園の魔術師はゆっくりとうなずく。
 ガーンと効果音を背負った大男は、珍しいことに本気で動揺していた。彼をここまで動揺させられる人間も少ないだろう。
 それほどまでに衝撃的な内容だったのだ。

「…ほんっとうに、子供?」
「そう、ナハトール。貴方と私の子だ」
「……………………………………………………………………あちゃー」

 青ざめて冷や汗を流す大男に、サラはひどく珍しい微笑というものを披露した。
 それが怖いという感情、彼女の人となりを知っている者なら誰だって分かってくれるだろう。

「さて、ナハトール。この責任をいかに?」
「え〜〜〜〜〜………っと」

 どうしようもない、と、泣きそうになりながら視線をそらす。

「ところでナハトール。貴方の逃げ口上はそろそろ聞き飽きた。ここらで一つ違うバリエーションを増やしてみたらどうだろうか?」

 ここに『ナハトール逃げ口上全集』があるのだが、とサラが懐から取り出したノートを見てナハトールはますます冷や汗を増やした。

「な、なんでそんなものが」
「もちろん、愛ゆえに」

 貴方の言動は全て把握している、と大真面目に言い切ったサラは、『ナハトール逃げ口上全集』と題されたノートを広げてみせた。

「で、バリエーションを増やしてはくれないのか?」
「例えば、どんな?」
「その一、責任を取らせてください。その二、ここに居させてください、その三、親にならせてください」
「…………サラちゃん、オレまだ死にたくないのよー」
「自殺を推奨した記憶は無いが」
「その選択肢、どれをとっても君のパパに殺されちゃうって」
「ふむ、それもそうだな。しかしナハトール、安心していい。もう手遅れだ」

 断言した少女に、ナハトールはがっくしと肩を落とした。
 エイザードの大事な大事な娘達の一人に手をつけた挙句、子供を作ってしまったのだ。そりゃあ手遅れに決まっている。

「手に手を取り合って愛の逃避行とでもいこうか」
「や、絶対すぐ見つかるから、死ぬから」
「それもそうだな」

 あっさりと宣言したサラの表情はいつもとまるで代わりのない鉄面皮。
 全く変わることの無い表情のサラに、ナハトールはじわじわと追い詰められる。
 だらだらと汗を流したまま壁際に追い詰められた大男は、押し問答を何度も繰り返した挙句、実力行使をもってしてようやく降参と両手を挙げたのだった。


 ただ、その両手が上がるまでにどれだけの攻防がなされたかは、大男がやけに小さく見えてしまうほどの憔悴ぶりが全てを語っていた。
2008年2月3日

ナハサラvvv
実は大好きなもので(汗)
楽魔女で一押しカプですvv
でも難しすぎるのでもう書けないと思います(汗)
逃げるナハさんをサラがとことん追い詰めてればいいと思うのです。
『ナハトール逃げ口上全集』の下りは相棒が付け加えてくれました(笑)


空空汐