※注意!
「キサラ」は浅羽のパソコンでは漢字が出ないのでカタカナで表示しています。
あしからずご了承くださいませ。
暦の上では春になったというのに、キサラ達が住むこの島ではまだまだ寒い日が続いている。
そんなある日、島のパトロールをしていたキサラは森の中であるものを見つけた。
山桜
「散葉、明日ちょっと一緒に行って欲しいところがあるのだけれど」
夜、散葉の部屋を訪ねたキサラはそう言った。
表面上は冷静そのものだが、中身はものすごく緊張している。いつもなら散葉の前では柔らかい笑顔を浮かべているその表情が無表情で動かないのがその証拠だ。
「うん、いいよー。どこに行くん?」
キサラの緊張とは対照的に、いつもどおりのほほん笑顔で答える散葉。キサラが来る前までテレビを見ていたらしい、彼女の背後ではつけっぱなしのテレビがどこぞのドラマを流していた。
「…どこに行くかは、明日」
「あ、お楽しみなんやねー。わかったー」
「そんなに長くはかからないから」
「うん、おべんと用意しとくね」
「じゃ、明日。おやすみ」
「おやすみなさいー」
ぱたん、と襖を閉めて背をむける。うっすら頬が赤くなったキサラの頭の中では、散葉の部屋のテレビで流れていたドラマでもれ聞いた台詞がぐるぐる回っていた。
……デート、という。
昼休み、キサラは散葉とともに近くの森へ出掛けた。
森といってもそんなに深い森ではない。島の住民が普段木の実や薪を採ったり狩りをしたりしている身近な森。 木と木の感覚が広く明るい森だ。
森の入り口が見えなくなった頃、2人は少し開けた場所に出た。
「散葉、小さい頃に花見をしようと言っていただろう?」
「うん、隊長さんが今年は絶対に花見をしようって言っとったねぇ」
まだ街の桜の蕾はほころぶにはまだ程遠いけれど。
気が早いねぇと皆で言って笑ったのは先日のことだ。
「……散葉には一番に桜を見せたいと思って」
キサラが指差した山の斜面に薄いピンクに色づいた桜の木。
緑ばかりの色彩の中でそれは一際鮮やかで。
「あれは山桜。普通の桜よりも早く咲くんだ」
「わぁ…!きれいやねぇ」
近くに行ってみようという散葉の言葉にキサラは嬉しそうに頷いた。
斜面を登って桜の木の根元までたどり着いた2人は、そこでお昼にすることにした。
山桜もさすがに満開とまではいかなかったが、ひらひら舞い落ちてくる花びらがとても綺麗だと散葉が嬉しそうに笑ったので、キサラはそれだけで嬉しかった。
桜の木の下には腰掛けるのにちょうど良さそうな岩が地面から頭を出していて、そこにも花びらがのっていた。
「ここでお昼にしよう」
花びらをはらおうとするキサラの手を止めて、散葉は言う。
「地面もピンク色やねぇ」
このままここに座ればきっと花びらのじゅうたんに座った気持ちになるだろう。それはきっと自分まで桜の色に染まるような、心浮き立つ気持ち。
それはもう嬉しそうに花びらがのったままの岩に腰掛ける散葉がまぶしくて、キサラはそっと地面に目を落とす。
散葉と一緒にいると、自分に散葉の豊かな感情を分けてもらっている気がする。……もし自分ひとりでこの桜を見たとしても、こんな気持ちにはならなかっただろう。
こんな、嬉しくてくすぐったくて踊りだしたくなってしまうような浮き立った気持ちには。
桜の木の下で仲良くお弁当を広げる2人の周りは、少し早い、春の色。
2007年4月10日
dearで桜に関するssを書いたのはこれで2回目です。
書き上げてから気づきました(笑)
でも、以前のお話よりかはちょっと進展してる…はず。
桜が似合うのはこの2人の雰囲気がほのぼのしてるからでしょうか…。
浅羽翠