椿→かのこ?



「あれ? 椿、どうしたんだよそれ」

 意味不明に走り出した苗床の背中を追っていた椿は、夏草の声に手元に視線を落とした。
 押し付けられたジュース缶。相も変わらず意味不明の商品名をした炭酸ジュースだ。苗床がこの学校にいるときの昼食時は大抵お決まりでこれだった。椿にとっては未だ飲んだことのないジュースなので、にわかに興味がわく。

「ああ、なんか貰った」

 なんだよそれ、と笑う夏草を放って、一気に飲み干す。

「………」

 感想を言うならば。
 美味しくもなく、不味くもなく、と言ったところだろうか。
 一般的な炭酸、コーラを薄めて何かを混ぜたような中途半端な味の癖して炭酸だけはやたら強い。どう考えても昼食時に飲むものじゃないだろう。

「つっ、椿、お前今…」
「はぁ? なんだよ」

 夏草がたった今飲み干したばかりのジュース缶を指差しているのをみて、ああ、と、椿は思う。

「飲みたかったのかよ。早く言えよな」
「ちっ、ちが」
「なんだよ」
「い、いや、今の間接…」

 真っ赤になった夏草の顔と、その言葉の繋がりから、"間接キス"と言いたいのだと気がついて、椿は思わずぶはっと吹き出して笑った。

「お前小学生かよ! 今時間接キスでそんな動揺してんじゃねーよ!」

 しかも相手が相手だ。
 どう間違っても恋愛対象に陥りそうにない、ある意味小学生にしか見えないような相手だ。何故だか妙にツボに嵌って、爆笑しながらミスコンに向かい、途中の自販機でいちごオレを買って口直しする。

 ミスコンはまぁ当たり前ながら花井桃香の圧勝だ。
 散々宣伝した挙句、大量の食券を苗床が持ってきたので模擬店1位は決定事項だった。
 花井も夏草も苗床の言葉を信じてはいるが、明らかに嘘なのだろう。全くこの食券を得るために何をしたんだか。

 まぁ、とりあえず。

「ほれ」
「…何?」

 意味不明商品名のジュースを渡す。苗床は僅かながら目を見開いて、椿を睨みつけた。あからさまな警戒。
 この珍獣をどうやって恋愛対象にしろと言うんだか。
 どちらかと言えば共犯者のような、そういった関係に違いない。
 そう考えて、それがまた変にツボに嵌って笑う。あからさまに訝しげな視線を誤魔化して一言。

「ごほーび」
「…はぁ!?」
「まぁ飲め飲め」

 呆気に取られて変な顔をする苗床に、まったく見ていて飽きない奴だと、花火を尻目に椿はしみじみと笑った。