2008年8月
 クロノトリガー クロルカ




「ここは涼しいのね」

 後ろから聞こえた声に、クロノは破顔して振り向いた。
 予想と一寸違わぬ相手がそこにいた。
 紫の髪を揺らして、幼馴染の少女は眼鏡を外す。
 視力の補強には随分と助けられる存在だが、長いことかけていれば眼が疲れる事も事実だ。

 ガルディア王国へと続く森の一箇所に2人はいた。
 ルッカの普段さらされる事のない白い二の腕に、クロノは視線を逸らす。
 この暑い暑い気温の中では2人とも薄着だ。
 お互い武器こそ手放す事はないが、出来る限りの装備を剥ぎ取っている。
 慣れた土地で、どんな魔物が出現するのかすら把握しているからこその行為だ。

「クマの奴がさ、お気に入りの場所なんだよ」

 クマはクロノの家にいる猫だ。クロノの家の猫にしては珍しく黒の毛皮を持つメス猫。ルッカにもクロノにも良く懐いている。
 クロノの言葉を肯定するかのように、にゃーおと猫の鳴き声が聞こえた。
 視線を逸らせば、ゆったりと身体を伸ばす黒猫の姿があった。
 その黒の毛皮が森の中で保護色となって気付かなかったのだ。

 いつもよりはぼんやりした視界のその姿に癒されて笑う。

「それで、どうしたの? ルッカ。わざわざこんな所まできて…」
「あんたを探していたのよ」

 呑気な幼馴染の声にルッカは深く嘆息して、肩をすくめる。

「僕?」
「そっ。何でだと思う?」

 意地悪そうに笑ったルッカに、クロノは考え込む。
 ルッカと約束していたわけではないし、マールとも母親とも特に用事はなかったはずだ。
 何か他にあっただろうか、と考えをひたすら巡らし続け…。

「あー、わかんない! 一体なんだよ!」

 降参、と両手を挙げたクロノに笑い崩れてルッカは告げた。

「あんたに会いたかったからよ」
2008年10月
 クロノトリガー オールキャラ




 ルッカは瞠目してから、深々と、ゆっくりとため息を吐いた。
 長い、長い、ため息に、自分で乾いた笑いをもらす。

 目の前にはありえない光景。
 普通、ありえない。
 かなりありえない。

 自分の本や機械だらけの狭い部屋の中に広がる惨状。
 クロノがいて、マールがいて、魔王がいて、カエルがいて、ロボがいて、エイラがいる。
 それは一緒に旅をする仲間であるから、確かによくある光景ではあるのだが…。
 狭い部屋で折り重なるようにして爆睡しているのは、あきらかに変な光景だった。
 しかもよく見ればクロノの家の猫がこっそり混じってる。
 考えてみれば人間と魔族?とカエルとロボットと猫が一緒にいるなんて、その時点で異常だ。なんで今まで疑問に思わなかったのだろうか。
 第一、マールはこの国の王女様であって、魔王は名前からして魔王であって、カエルはカエルだけど中世の勇者様で、ロボは未来のロボットで、エイラは大分昔の祖先。
 恐ろしくバラエティにとんだ集団である。
 誓ってもいい。
 こんな集団、他にはない。

 ロボは調整中で座り込んだ状態。
 クロノは人のベッドの上に大の字で寝ていて。
 何故かカエルがクロノとは逆さまになった状態で横向きで寝ていて。
 魔王はその端で座った状態で寝ていて。
 マールはロボの隣で窮屈そうに身を縮こませながら寝ていて。
 エイラは散らばった本を更に散らかすようにして床一杯に両手足を広げている。

 誰もが窮屈そうで、変な格好をしているというのに、全然…本当にぜんっぜん起きる気配がない。

 ある意味、すごい。
 いろんな意味で、すごい。
 ありえないくらいすごい。

 ロボの調整に必要になりそうなものを見繕って、未来からもって来た資材を漁っている間にこんな状況。
 全員そろってルッカの部屋に集まらなくても良いだろうに。
 ………というかなんで男がベッドで寝てて、女が床で寝ているんだ。レディファートはどうした男共。

「………」

 急いでロボを調整して、すぐに旅を再開しようと思っていたのに、この状況を見たら頭の中が真っ白になって、急に気が抜けた。
 扉を閉めて、両腕に抱えた部品を持ったまま居間へと戻る。

「お母さん、お茶飲まない? ジナおばさんに貰ったクッキー、いっしょに食べよう」

 滅多にない娘からのお茶の誘いに、ララはパチパチと驚きに目を瞬かせた。
 勿論、断るなんて勿体無い事はしなかったのだけど。
2009年5月
 クロノトリガー クロノ→ルッカ




「はい! 先生!!」
「んーなんでしょうかクロノ君」
「暑いです! 窓を開けてもいいですか!?」
「絶対駄目」

 素晴らしいまでの即答、気持ちがいいほどの即答、分かっていたこととはいえ、こうまで予想通りだといっそ清清しい。
 視線を微塵も動かさずに、作業をまるで中断せずに、ルッカは言い切ったので、クロノは深々とため息をついて、その姿を眺める。
 機械に向かっているときのルッカの集中力は凄い。全く相手にされないのは結構空しいのだが、まぁそれも慣れたと言えば慣れた。

「あーー…暑い」

 ばったりと本をよけて横になる。ルッカの家は本当に暑い。しみじみと暑い。何故なら機械と言う機械が絶え間なく動き続けているから。
 これだけ暑いって言うのに、この家の住民は絶対に窓を開けようとはしない。
 ―――風で紙が飛ぶから。
 本気でそれだけの理由。
 だから何日かに一度、おばさんの一斉掃除が行われる。埃がたまっては機械も壊れやすくなるので、ルッカたちも無理に抵抗はしない。もっとも本当に熱中しているときは最早機械しか見えていないのだが。
 それにしても、これだけ暑いのによくもあれだけ集中力を発揮できるものだ。
 猫だって逃げ出す暑さだっていうのに。

「ルッカー暑いんだけどー」
「馬鹿ね。当たり前じゃない」
「…だよなぁ」

 至極当然の事を今更何を言っているんだ、と、正しくそんな風に返される。矢張り視線はこちらを向かない。
 手うちわで風を自分に送りながら、勝手知ったる他人の家というやつで、よく冷えた麦茶を失敬する。並々とグラスについで一気飲み。至福の瞬間だ。

「クロノー」

 こっちを見ていないって言うのに、なんで行動が分かるんだろうか、と思いながらも、クロノはルッカの呼び声の意図を正確に把握して、もう一杯麦茶を注ぐ。
 ほら、と差し出せば、ようやく視線を寄越して、「ん、ありがと」と小さく聞こえた。

「っていうか、さ」

 ごくり、と麦茶を一口。不思議そうにルッカは首をかしげる。

「暑いなら来なきゃいいじゃない」

 なんて言って、一気にグラスを傾けた。気持ちよさそうに笑う。
 その笑顔に、沈んだ気持ちも浮上するってもんだ。
 わざわざ毎日のように顔を見に来る理由なんて、一つしかないのだからいい加減に気づいて欲しいものだ。…と言うか、気づけよルッカ。

 ため息一つ付きながら、そうしてクロノは曖昧な笑顔をルッカに向けるのだった。