『大丈夫』






「ルッカ…起きてる?」

 火の燃える音がする中、小さく小さくクロノが呟いた。

「…何よ」

 同じようにしてルッカが応える。
 焚き火の爆ぜる音がやけに大きく響き渡る。

「明日…だね」
「………そうね」
「大丈夫…だよね」
「…何弱気になってんのよ。私もマールも、カエルも、ロボも、エイラも、魔王も、あんたといるからここまで来たのよ?あんたが引っ張っていかないとどうするのよ」
「…うん」

 静かな静かなやり取りに沈黙が落ちて、長いような短いような時間の後に、ルッカが起き上がった。
 静かに気配を殺して、クロノの背中の後ろに歩み寄る。
 クロノは気付いているだろうが、ぴくりとも動かない。
 けれどその神経はルッカの動きに向けられている。

 昔、クロノの父親がいなくなった頃もこんなだったな…と思う。
 急にいなくなった存在が不安で、何かが違ってしまう事が怖くて、恐ろしくて、自分から何も見ようとしない。
 この、長い旅の間に、どれだけこの動作を見ただろうか?
 その回数は段々と減って、強くなったのだと、安堵した。

 それから、気付いた。
 彼がこの動作を見せるのは自分にだけなのだと。
 他の仲間には決して見せぬのだと。

 ………彼が弱音を吐けるのは…私しかいないのだと…。

 ならば、私は彼の弱さを支えよう。
 彼が崩れ落ちてしまう前に。

「クロノ」
「………うん」
「私が、あんたと共に歩くから。どこにでも一緒に行くから、さ」

 結構すごいセリフ口走ってるなーとか自分でも思いつつ、言葉を止める事はない。

「最後まであんたは前を見て歩けばいいの。私が後ろは見てあげるから…大丈夫よ」

 大丈夫だから。
 何も考えないで。
 貴方は前を見て。
 私は後ろを見るから。

 大丈夫。
 大丈夫…だから。

 ―――もう、2度といなくならないで―――

 気がつけばはたはたと涙か零れ。
 気がつけばクロノが真剣な顔で。


 気がついた瞬間には暖かな腕の中にいた。

「ごめん。ルッカ」

 何が?と、思ったけれど言わなかった。
 腕の中がただただ温かったから。

 大丈夫。

 きっと大丈夫。




「行こう!!ラヴォスを倒しに!!」




 ………うん。大丈夫だよ。

 ―――クロノ。
 2005年5月3日
ラヴォス決戦前。