『宴の後で』





「あーあ…全く飲み散らかしてくれちゃって…」

 大きなため息をついて、ルッカは首を振る。
 目の前には死屍累々と横たわる仲間たち。
 クリスマスだーと宴をルッカの家で始め、騒ぐだけ騒いでアルコールによって沈没していった者たちだ。
 はたして彼らはクリスマスがなんたるかを知っていたのだろうか?
 ララが用意してくれた毛布を一人一人かけていきながら、その無防備な顔に笑ってしまう。
 これがあのラヴォスを討ち果たした者達の寝顔だろうか?
 でも、倒したからこそ、今自分がここにいて、彼らがここにいて、幸せを感じているのだ。
 こうして馬鹿みたいに騒いでいるのも、いずれ訪れる別れの辛さを誤魔化すため。
 正直その理由なんて何でもいいのだ。

「最後の晩餐、か」

 寂しいけど、自分達の生きる時間はそれぞれ別だ。本当の居場所に戻らなければならない。
 マールに毛布をかけると、彼女は無意識に暖を求めてくるりと毛布に丸まった。
 その動作が可愛らしくて、ついつい笑ってしまう。
 クリスマスというだけで何となく幸せな気持ちになってしまうのは、自分だけではないだろう。

「お休み、マール」

 まだ年若い王女に祝福を。



 ルッカの声に、後ろからもぞもぞと音がして、「ルッカ?」と呼んだ。
 ぼんやりとした、半覚醒の声に毛布を抱えて振り返る。
 想像通りぼさぼさの髪の毛と半眼の眠たげな眼差し。

「おはようクロノ。まだ朝には早いわよ」

 毛布を一枚クロノに投げかけて、小さく笑う。
 ぼーーーっとしているクロノは幼くて、まるで小さな頃に戻ったかのよう。
 2・3、眼をしばたいて、クロノはルッカを見上げて首を傾げる。ようやく頭は覚醒してきた模様。

「あれ?ルッカ、メガネは?」

 無邪気な問いに、途端にルッカは眉を吊り上げる。

「…覚えていないわけ…?」
「は?」
「マールが奪って、あんたが割っちゃったじゃない」

 マールがルッカの素顔が見たい!と嫌がるルッカから無理やり奪い取り、勢い余って放り投げてしまったのだ。
 それは綺麗に宙を描いて飛び、地に落ちたが、下は柔らかな絨毯で被害はなかった。ほっとして取りに行こうとしたが、カエルとじゃれるようにして騒いでいたクロノが思いっきり踏みつけてしまったのだ。
 アルコールの所為か、本当に覚えていないのだろう。きょとん、とした顔が腹立たしい。

「……俺が!?」
「そうよ。弁償しなさいよね!」
「…えっ!いや、覚えてない…んだけど…」
「だから何よ!全く、責任取りなさいって!」
「…でも」
「何よ」

 ムッ、と目を細め、眉間に皺を寄せたルッカの顔に、ひょいとクロノの顔が近づく。 

「メガネがない方がキスしやすい」
「なっ…!!」

 叫ぶよりも早く、唇を奪われ、息を奪われる。
 深く、呼吸を許さないように口付けを繰り返し、勢いのままルッカは仰向けに倒れた。

「ちょっ!クロノっっ!まだ酔っているわね!!」
「酔ってないって」
「こんなところで何する気よ!」
「何して欲しい?」

 にっこりと首を傾げられて、ルッカは絶句した。
 まだ互いの熱が残っている。
 何よりも、クロノのその鮮やかな蒼を写した瞳が、本気を示していた。
 冗談じゃない、と思うのに、その瞳に射抜かれて瞬きすら間々ならない。

「ルッカ…好き…だ…」

 普段は口にする事なんてない言葉を、クロノは口にして、ばたりと力尽きたかのようにルッカの上に覆いかぶさった。
 …いや、事実力尽きていた。
 呼吸すら止めてクロノに見入っていたルッカは、健やかな寝息が聞こえてきた時点で硬直をとく。

「重…」

 必死になってクロノを横に転がして、真っ赤になった顔で毛布をばふりとかぶせる。
 その寝顔を涙目で睨みつけて、額をぺちりと叩いた。

「馬鹿」

 くすくすと笑いながら、後から顔に落書きをしようと決意する。
 クロノの所為で止まっていた毛布かけを再開した。
 カエルにかけて、エイラにかけて、ロボにも一応かけて、魔王の元へと向かった。
 大きく出た彼の額にも後で落書きしようかと考える。

「落書きするなら…猫好き、かしら…」

 首を傾げなて呟きながら、座ったままの体勢で器用に眠る魔王に毛布をかけ、その耳元で小さく囁く。
 魔王の瞼がピクリと動いて、けれども身体は全く動かない。
 毛布をかけ終わったルッカは、嬉しそうに笑いながら部屋から姿を消した。
 自身は自分の部屋に戻るのだろう。
 それを見送って、ようやく魔王の瞳が開く。

「…ふん」

 無愛想に、足音が消えたのまで確認してから、小さく鼻を鳴らした。



 ルッカは笑う。
 宴の後で、とても珍しいことが2つも起きた。

 一つは肝心要な絶対に言わないクロノから、本音を聞けた事。
 一つは素直でない魔王に助けられた事。

 ルッカはクロノが眠りにつく前に感じた魔力の気配に気付いていた。
 クロノを眠らしたのは確実に魔王だ。
 あれには心底助かった。
 クロノは真っ直ぐで意見を曲げないのはいいことだけど、要するに一度走り出したら止まらないから。下手をすると、本気であそこで襲われかねない。
 しかし酔いの勢いがなければ最後まで行き着くこともなさそう、と思わなくもないので、それを考えると悲しいものがある。まだまだ先は長そうだ。



 そんな、宴の後で起こった嬉しい出来事はルッカだけのもの。
 宴はもうおしまい。
 最後にもう一度、メリークリスマス。
2005年12月30日
襲っちまえ、とか思ったのは私(笑)
でも理性が止めましたさ。わーわーわーuu
初めてこんな仲の良い2人を書いたよ!一応恋人同士のつもりなんだけど…。どうよ?
何気にクロルカ←魔王っぽいのかな?聞くなよuu