『熱』
(あーまずい)
荒い息を気づかれないように、慎重に、ゆっくりと息を吐く。目を細めて、ぼやける視界の中で照準を定めようとするが、なかなかうまくいかない。
ただ今、戦闘の真っ最中である。銃を構える腕から力が抜けそうになるのを必死で拒んだ。さすがに、今はやばい。真横にやってきたモンスターを感覚だけで撃ちぬく。視界がぼやける。汗が流れた。
まだ今日は大して動いていないのにも関わらず、だ。
今度は後ろに気配が現れて、心の中で悪態をつくと同時に銃を向けた。―――が、すぐに己の間違いに気づく。
「なんだ、カエル、あんただったの。あっぶないわねーー」
「それはこっちの台詞だっっ!!いきなり味方に銃を向けんじゃねぇっっ!!」
「いきなり後ろに立つあんたが悪いのよ」
「なんだと!?」
いきり立つカエルに、ルッカは高笑いを上げて煙にまいた。そんな光景に、最後の敵に止めをさしたクロノが、小さく眉を寄せる。
「どうしたの?クロノ」
肩で息をしながら、マールが首をかしげた。長い金色の髪が、汗で体に張り付く。
「うん」
視線はそのまま、クロノは生返事を返した。なおも首をかしげるマールに、クロノは無言で走り出す。向かう先はルッカ。
真剣な表情で駆け寄ってきたクロノに、カエルとルッカは眉を寄せ、僅かに全身を緊張させる。何か、起きたのかと。クロノの、真剣な、どこか焦りの含む表情にそう思った。けれど。
「ルッカ、熱、あるだろ」
開口一番そう言ったクロノに、一瞬、虚をつかれた。
瞬きを幾つか繰り返して、ようやくその言葉の意味に気づく。その反応の鈍さ自体が病によるものだとは、まだルッカ自身気づいてはいない。
「えっ!そうなの!?大丈夫ルッカ!?薬あったかなっ!?」
「ちょっとクロノ!何言ってるのよ。熱なんかないわよ。マールもそんな大げさに言わないで」
呆れた、という風に肩をすくめたルッカの左肩を抱え、言葉を挟む隙を与えずに額を右手で押さえる。その温度の高さに、やっぱり、とクロノは一人ごちた。
「熱、高いよ。マール、一番近い宿どこだっけ?」
「えっ…あ!パレポリっ!早く戻ろうっ!」
「クロノ!マール!」
「ルッカ、怒ると熱が上がるよ」
「だから熱なんてないって言ってるでしょう!!」
そう、叫んだ、と同時に、足元が崩れ落ちた。視界が二重にぶれて、均衡を失う。一瞬の浮遊感の後、倒れる直前を抱きとめられた。
「ルッカっ!?」
「おいっ!」
「ほら、熱が上がった」
至極当然の様に言い切ったクロノに言い返せず、ただ、睨み付ける。抱きとめられた腕の中はただ暖かい。そのままひょいと抱き上げられ、一瞬にしてルッカは宙に浮き、慌てて両腕でクロノの服をつかむ。
「な、何するのよっ!」
「病人なんだからさ、大人しくしててよ」
にっ―――と、いたずらに笑ったクロノに、口をぱくぱくと開いて、結局何も言えずに閉じた。
確かに、熱はあるのだろう。
昔からルッカ自身よりもルッカの体調に気づくのが早いクロノだったから。悔しいけど、認めなければいけない。
認めてしまったら、どっと体が重くなった気がして、力を抜いた。
「………ごめん」
小さい謝罪は、クロノにしか聞こえなかっただろう。
くく、とクロノは笑って、呆然としている仲間2人に呼びかける。
「ほら、早く行こうぜ」
「…えっ!?あっ!うん!!」
「あ、ああ…」
呆然としている理由がそのナチュラルな密着度の高さにあるなんて、勿論クロノは気づかないだろう。あのルッカが、他人に身を任せているのもすごく不思議だった。今の今まで、彼女はそういった姿を一度も見せてこなかったから。
けれど。
逆を言えば、それだけルッカはクロノに気を許しているということ。
「あれで、ただの幼馴染だって?」
「嘘だよな。どう見ても」
しみじみと頷きあって、同時に、深い深いため息をついたのだった。
2006年9月3日
く、クロノ…あんたちょっと落ち着きすぎやっ!
最初はルッカよりも先にルッカが体調の悪いことに気付くクロノ、っていうのが書きたかったんだけど、気がついたらナチュナルなくっつきっぷりに脳みそが飛んでた気がします。
背景迷いすぎて全然関係のないのになりましたuu