『荒廃した大地で願う』
あたしには捨てるものなんて何もなかった。
自分の手で持っているものなんて何にもなくて、いつも両手は宙ぶらりん。
自分の周りにはまぁるい円があって、誰もそこには入ってこない。
誰もいない。
だから必死になって手に入れようとした。
親の愛情、とか。
兄弟って絆とか。
ねぇお願い。
心なんてなくっていい。
だから、手、握ってよ。
たとえ握ってくれたその手が私を殺そうとするのだとしても。
あたしは構わないから。
全然、構わないんだよ?
だから、ねぇ、お願い。
一人は寂しいんだよ。
一人は悲しいんだよ。
すがってすがって、手に入れた、ちょっとだけえらい立場。
ちょっとだけえらい道具。
他の人より使い勝手がよくて、力の強い便利な道具。
それでもよかった。
―――それでもよかったんだ。
それなのに、どうして迷ってしまうの?
もう少しなのに。もう少しで私のすることは終わるのに。
終わったら、そう…認めてもらえるはずなのに―――っっ。
―――たすけて。
お願い。
お願い。
誰か、
誰だっていい、
助けてください。
だって、
このままだと…
壊れてしまう…
何もかも…
消えてしまう…
―――あたし、は、本当にそれを望んでいるの…
消えちゃって、消しちゃって、それで…いいの…?
分からない
分からないよっ
分からない
助けて
この世界を、
私を、
誰か、
助けて―――。
轟音、衝撃、爆発、暴走。
手が、震えた。
全身が、震えた。
何、これ?
―――何、これ。
音が聞こえない。
視界が白い。
ここは、どこ。
霧が晴れる。
視界が晴れる。
晴れない方が、ずっとよかったのに。
荒野。
魔王を召喚するために万全の状態で望んだはずの、召喚陣。
護衛と、足りない穴を補うための召喚師達。
丁度、カシスの足の先からぽっかりと大穴が開いていた。
なんという惨状だろう。
なんという腐臭だろう。
あれは、血。
あれは、躯。
ここに人間はいない。
魔王も、いない。
五体満足、体は何も変わってない。
失敗?
ぐるぐると視界が回る。
吐き気がした。
一度こらえ、こらえきれずに吐いた。
そうして急に現実味が増す。
失敗、その2文字が頭の中を駆け巡った。
与えられた部下の全てをなくした。
サプレスのエルゴもなくした。
この召喚は失敗したのだ。
誰が死んだという事実よりも。
この召喚が失敗したのだという事実よりも。
あの人に、失望されるのが怖い。
冷たい氷のような瞳で疎ましげに命じられるのは辛い。
(何人も何人もそんな人を見てきた)
感情のないような平坦な声音で報告を命じられるのが怖い。
(知っている。本当に見下げ果てた時の声だ)
利用価値がない存在なのだと、そう思われるのが何よりも、苦しい。
(ああ、利用価値がない人間なんて、ただ朽ち果てるだけなのに)
どんな顔を下げて帰れというのだろう。
初めての失敗。
けれど、あの派閥においての失敗は、失墜。
全てを失うことと同義。
「なっ…なんなんだよこれはっっ!!」
(―ーーっっ!!)
とっさに、身を隠す。
隠す場所なんてないけれど、身を低くして、声を伺う。
とんでもなく場違いな声だった。
濃い茶色の髪と瞳、見たこともないような服装をした少年。
…魔力を帯びている。
(なに、もの…?)
死体の一つに触れ、その死を確認すると同時に後ずさり、走り出す。
恐慌を起こした叫び声だけが、後に残った。
「………どう、しよう」
何が起こっているのかわからない。
思考が麻痺しているのだろう。
ぼんやりとした視界で、ぼんやりとした思考で、カシスはふらりと立ち上がり、少年の走り去った方を見つめた。
あの少年は何者だろうか。
あの少年は何だろうか。
「……報告…」
あの少年のことを。
目的を持ってしまえば早かった。
どの道帰る場所なんてあそこ以外にない。
たとえ自分が用済みの道具だったとしても、他に行く場所がないのなら…。
「帰ろう…"家"に…」
響いた声は、ただ、ただ、虚しかった。
2007年10月15日
主人公はハヤトで。
カシス好きなんです。