『3月14日』








「…寝てんのか?」

 眉間に皺を一つ。小さく呟いた小さな子悪魔は不機嫌なため息をつく。バルレルの居る場所は大きな木の上。彼の探していた人物も大きな木の上。
 太い幹の上に身体を預けて眠っているのは、蒼の派閥にも金の派閥にもはたまた無色の派閥にも在籍しない召喚士だ。肌の色は褐色で、瞳も、髪も、ダークブラウンのチョコレート色。ほとんど一人で生計を立てていた為か、人間を相手にすることがなかったが為か、落ちついており、冷静で、大人びた風に見えるが、口を開けばどんどんそれは崩れてしまう。初対面の時もあっという間に第一印象は消え去り、落ち着きのない、子供っぽい、無茶苦茶、と塗り替えられた。もっとも、それがこのルウ・アフラーンの魅力となっているのだろう。

 バルレルはがしがしと己の頭をかきむしって、平和な寝顔を見せているルウの隣に座る。
 起こすべきか、起こさないべきか。これが自分の召喚主である寝癖男だったなら、蹴飛ばすなりなんなりして起こすのだが、人間の女はうっかりすると死んでしまいそうで結構扱いに困る。
 なんとも呑気で、なんとも間抜けで、なんとも平和な寝顔だった。よくよく見ればよだれまで垂れている。
 あんまり見事な熟睡ぷりはマグナに通じるところもある気がする。まじまじと観察していると、ルウの目が少し開いたので、とりあえず、しっかり覚醒する前に唇を奪い、よだれを舐め取っておいた。

「………ふぇ…?」
「起きたかよ」

 目の前で聞こえた声に、ルウは意識を引っ張られ、ようやっと覚醒する。瞬きを2回繰り返して、近すぎてぼやけるバルレルを確認。

「―――っっ!?!?」

 驚愕のあまりのけぞって、バルレルの腕に支えられた。ここは木の上だと言う事、木の上で日の光を浴びていたらついつい気持ちよくなってしまって寝てしまった事、一気に思い出して、青ざめる。

「わ…あ、ありがと…」
「おうよ」
「………って! な、なんでバルレルが居るの!?」

 全く持って今更の台詞にバルレルはため息をついて、持っていた紙袋をルウの前に差し出す。実に勢いよく差し出された紙袋に、ルウは全ての台詞を奪われ、瞬きを繰り返した。

「…えっ。…な、何」
「やる」

 単刀直入な言葉に、ルウはよく分からないままにその包みを受け取り、中を開いた。
 途端に広がる、甘い甘い香り。

「うわぁ…っっ!!!」

 香りがたちのぼったと同時、ルウの目が輝く。甘い、甘い、チョコレートの香りのよう。中から出てきたのは、四角く切られた黒い生地に真っ白な粉砂糖がふりかけられたお菓子。

「ブラウニーだとよ」
「ブラウニー?」
「どっか、他の地域の特産品らしーぜ?」

 適当なバルレルの言葉に、ルウはよく分からないながらブラウニーブラウニーと呪文のように呟く。散々ブラウニーを見つめて、その甘い香りを堪能して、ふと、我に返ったかのようにバルレルを見上げた。ここまで目で物を言う人間も珍しい、とバルレルは思った。餌を目の前につるされた子犬のようだ、とも思う。

「てめーにやったんだから、とっとと食え」

 妙に自分らしくないような、そんな不可思議な気分に駆られ、そっぽを向いて表情を隠した。もっとも、ルウはお菓子に夢中でバルレルのことなんて最早眼中にないのだけど。
 バルレルの許しが出た瞬間、目を輝かせてブラウニーにかぶりつく少女。
 スポンジケーキというには硬くて、クッキーというには柔らかい。口内中に広がるのは、濃厚なチョコレートの味。噛むと中に入っているナッツが砕けて、それがまた堪らなく美味しい。

 満面の笑顔でブラウニーを食べるルウに、バルレルは苦笑した。甘い甘いブラウニーと、この褐色の肌のチョコレートなら、後者の方がより甘い。

 彼女は今日が何の日か、なんて知らないのだろうけど。
 あの元敵の黒騎士とか、そのお付の金髪優男とか、彼女と同じ甘党の屋敷主とか、彼らよりも先にお菓子を上げる事が出来た事に満足して、バルレルは笑った。
2007年3月14日
バルレル、たまに襲います。
………勝手に動きやがって…orz
というわけで、2月14日という日のホワイトデー版。
多分バルレルはルウに自覚出てきたのいい事にちょこちょこ手を出していると思いますよ。
はたから見ても分かるレベルになってきましたよ。

関係ないけど、『無色の派閥』が『無職の派閥』ってでてなんか面白かったです。
そうか…みんな無職なのか…。可哀想に…。

後先何も考えずにぽーんと書けてなんか楽しかったです。