『心地よい光の中で』







　木の上で大きなあくびを一つ洩らして、バルレルは横になる。
　木の上、と言ったところで地上までは大した距離ではないし、見事な大樹はバルレルの小さな身体を落とすようなこともない。そもそも落ちたとしても、バルレルには飛ぶことの出来る羽がある。
　そんなわけで木の上でバルレルはくつろぎきっていた。
　さんさんと熱を送る太陽は大樹のさざめく葉によって緩和され、心地よい温度となってバルレルに降り注ぐ。すっかりいい気持ちになって、寝ることを選んだバルレルは、あっさりとそれを妨害されることになる。

　一人の少女の呼び声によって。

「バルレル！トリスが呼んでるよー！」

　遠く響いた高くも低くもない、澄んだ声に、バルレルの微睡みは破られた。
　聞き慣れた声に、一つ悪態をついて、やり過ごそうと瞼を下ろしてことさらに気配を隠す。
　バルレルを呼ぶ声は次第に遠ざかり、完全に聞こえなくなる。
　くぁ、と大きなあくびをもう一つ。
　今度こそバルレルは眠りについた。





　大きな大きな樹の上に上る。
　なんとなくここかな、と思いついたのはついさっきのことだ。
　木登りは得意だ。なんせずっと森の中に一人住んでいたのだから。

「よ、いしょ…っと」

　ふんわりとした袖が、枝に引っかかる。長い髪も絡まりそうになるのを引き止める。
　少し、樹に登るには不適当な格好だった。
　そう後悔するが、すでに後の祭りだ。身体を休めることなく上を目指して上っていく。

　視線の先に、ちらりと赤が見えた。
　予想通りだったようだ。

「バルレルはっけーん♪」

　子供のように無邪気に笑って、ルウはバルレルの顔を覗き込んだ。

「………って、あれ？」

　まるで本当の子供のようにあどけない表情がそこにあった。
　すっかり熟睡しているその様に、思わず笑って隣に座る。

「ふふ。かっわいーーー」

　あんまり無邪気な寝顔に、そのふっくらとした子供特有の頬を突っつく。
　バルレルをトリスの元へ引っ張り出すのがルウの役目だが、この子悪魔の寝顔を見ていたら、どうにもそれが申し訳なく思えてきた。
　どうしようかな、と考えて、後１０分だけ、と結論を出す。
　後１０分。後１０分だけしたらバルレルを連れて行くからごめんね。と、心の中でトリスに謝って、ルウもまた、瞳を閉じる。さんさんと降り注ぐ太陽は、あまりにも気持ちよくて。葉っぱが太陽の光に反射してきらきらと輝く。

　ああ、気持ちが良い。
　目を閉じていると、そのままとろとろと睡魔に襲われて、やばいやばいと思うのに、意識が引きずり込まれる。
　ふわりと、唇に熱が灯った。軟らかくて、温かくて、すごく、ふわふわした…。

　なんだろうと、思うよりも先に、意識が遠ざかって―――。



「人の寝込み襲ってるんじゃねーよ」



　夢の中で、そんな声を聞いた気がした。