『勝負!』
「リューグは居るかい!?」
「あ?何だ?」
まるで決闘をするかのごとく、パァン―――と、勢いよく扉が開け放たれる。
そのあまりに突然のことに、刃を合わせていたロッカとリューグはぴたりと止まった。
2対の瞳を受けると、モーリンはさっきの勢いが嘘のように、微かに視線を泳がせた。
珍しくも言葉を選ぶ風のモーリンに、リューグは首を傾げる。
「あ。そうか…」
その隣の言葉に、リューグは眉間に皺を寄せる。
「なんだよ…兄貴」
「いや。なんか用があるみたいだから行ってきたらどうだい?」
「………ちっ。兄貴、勝負の続きはまた今度な」
「ああ」
武器をしまって背中を向けた弟の背に、聞こえないように、頑張れよ、と呟いた。
リューグを待つモーリンの顔は微かに赤い。もっとも、自分の弟はそんなことには気付かなかったようだが。
2人のこれからを考えながら、苦笑した。
「んで、何だよ」
「………」
「……モーリン?」
「……これ。やるよ」
声と同時に、がっ!と何かを押し付けられて、慌ててそれを受け止めた。
何だ?と思ってそれを見ると、少し形の変形したラッピングされた四角い箱。
シンプルな飾り紙に、申し訳程度にリボンが飾る。
「………モーリン?」
と言った時、既に彼女の姿はそこにはない。
ひどく遠くに後ろ姿が見えた。
とりあえずラッピングされたそれを開いて、目を見開く。
思い出したのはチョコレートを好きな男に渡すとかいう馬鹿げた習慣と、からかうような兄の笑い顔。
「………あの、馬鹿」
そう呟くリューグの頬もまた赤く。
ひたすらに逃げて、ようやくモーリンは一息ついた。
「はぁ〜〜〜〜〜。何やってんだい。あたいは…」
果てしなく広がる海を見て、大きく息をつく。
銀砂の浜。
初めてトリス達と会ったところ。
それから、アイツに会った場所。
会ったその時はなんとも思わなかった。
変な集団の変なやつらのうちの1人。
アメルアメルとひどく一生懸命な割に、足りないものは多かった。
だんだんとそれがなくなっていったのはいつからだろう。
とげとげしていたものが消えていったのはいつからだろう。
答えは知らない。
自分がいつから彼を見始めたのか知らない。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
ため息はとめどなく流れる。
明らかに他の人間を見ている人間に、想いを寄せたところでどうなるのだと、そう思った。
柔らかな砂の上に仰向けに寝転がって、気持ちいいくらいに晴れ渡った空を眺める。
昼から夜への移り目。
世界がじわじわと赤く染まっていく。
なんとなく、涙が出た。
自然に自然に。
「…おい」
ひどくぶっきら棒な声が、静かな世界を破った。
びくりとして、モーリンは起き上がる。
人が近づいてくる気配にも気付かなかったなんて、かなり間が抜けている。
「あたいも落ちたもんだね」
小さく呟いて、声の主を見上げた。
その瞳にもはや涙の気配はない。
声を聴いた瞬間に吹っ飛んだ。
「何で逃げんだよ」
ひどく不機嫌そうなその顔を、ぽかんとして見上げてしまう。
こうやってモーリンがリューグを見上げることなど、普段なきに等しい。
「…別に何しようとあたいの勝手だろ」
それがどうにもこうにも照れくさくて、モーリンは顔を背ける。
リューグが相変わらずの不機嫌顔で、小さく呟いた。
「………そうだな」
その言葉に、自分から言ったにもかかわらず、突き放されたような感覚を受けて、肩が震えた。
「そんじゃ、これは俺が都合がいいように受け取っていいんだな」
「…!?」
ひらひらとモーリンの渡したチョコを目の前で振りながら、リューグはモーリンの目を覗き込む。
その意味が飲み込めなくて、けれど、そのひどく真剣なまなざしに、声を出すことも、視線を逸らすことも出来なくなった。
痛いほどに視線が強い。
「…どういう…」
意味か、と言葉が続くことはなかった。
驚くほどに大きな腕の中に取り込まれてしまったから。
思ったよりも広い胸板の下で、どくどくと心臓の鼓動が聞こえる。
その音の間隔がびっくりするほど早くて、それに気付いた瞬間にモーリンの鼓動もまた急激に早くなった。
「…期待、してもいいのかい…?」
「ああ?」
ここまでさせといて何を言っているのだ、と言わんばかりのリューグに、力が抜けた。
「…あーあ。あたいの負けだね」
「はぁ!?何の勝負だよ」
「知るもんかい」
結局いつものようにやりあう2人は、自然身体を離して向きあう。
「ま。くれてやるよ。あんたにさ」
「なんだよその言い草は。まぁてめぇの作ったもんだ、食いもんになってりゃいいけどな」
「なんだい?あんた忘れてるね。あんた達が来るまでこっちは自炊してたんだよ」
「…へぇ、よく生きてるな」
しみじみといったリューグに、モーリンは無言でいつものように鉄拳を繰り出した。
それでもどこか空気は温かく。
拳を打ち合わせて、笑ってしまった。
2006年6月30日
すっごい季節外れですよ奥さん!!(笑)
でも本当はかなり昔に書いてそのまま放置だったもの。
今見るとちょっと恥ずかしい。
でも季節なんて気にしてたらもうずっと上げられないもんね!