過去の拍手から、浅羽が書いたちょっと黒いアティさんの小話を集めましたww
楽しんでいただけるとうれしいです♪

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2008年
6月 スカーレルのおひげ
7月 ファリエルと釣り
8月 ヤッファとお人形
8月 続・ヤッファとお人形
10月 カイルとアティ
11月 アリーゼとアティ
12月 海賊一家とアティ


6月
 スカーレルのおひげ



「きゃっ、スカーレルおヒゲが痛い〜」

 スカレールに頬ずりされた女の子が楽しそうに笑っている。
 ああ、平和だなぁ。なんてほのぼのしちゃう光景を、アティは木陰で本を読みながら眺めていた。
 …が、なんだか様子がおかしい。

(スカーレル、何で動かないんだろ?)

 スカーレルと遊んでいた子供達は、スカーレルのもとからとっくに離れて、森のそばでなにやらわぁわぁ言っている。
 アティは、先ほど聞こえた会話を思い返してみた。……そして、納得した。
 先ほどの少女は自分がどれほどの衝撃をスカーレルに与えたのか自覚していないのだろう。動かないスカーレルを不思議そうに見つめた後、遠くで遊ぶ仲間達のもとへ走っていった。

「…スカーレル?」

 硬直しているスカーレル。そろそろと近づいたアティが声をかけても、ぴくりともしない。
 目の前で手を振ってみたが、目の焦点があっていなかった。

 ここはしばらくそっとしておいたほうがいいだろう。
 ショックをうけているスカーレルをおいて、アティはまたさっきの木陰に戻って本を開いた。



 その後。
 カミソリを持ち歩き、3時間おきに必ずヒゲを剃るスカーレルの姿が度々目撃されるようになったという。
7月
 ファリエルと釣り



「ファリエル!すみませんね、夜遅くに呼び出してしまって」

「構いませんよアティ。でも個人的な用事って何なんです?」

「ふっふっふ…これです!」

 そう言ってアティが取り出したのは、一本の釣竿だった。




「私が釣竿を握りますから、ファリエルは釣り糸が海に入る付近で浮かんでいてくださいねー」

「ええ……でも、浮かんで何をすれば?」

 物に触れられない自分に魚を捕まえられる訳もなく、ファリエルは困惑顔だ。
 そんなファリエルに、アティは満面の笑みを向けた。

「いいんですよ、いるだけで!ファリエルは光ってるからそれだけで、魚が寄ってきますから」

「え……。じゃぁ呼び出した用事って…」

 衝撃を受けているファリエルをよそ目に、アティはうきうきと釣竿を構えた。 




 その夜、一晩中海の上にいたファリエルは、自分の存在意義についてじっくりと考えることができたという。
8月
 ヤッファとお人形



どすっ、どすっ…

「ん?」

 獣も寝静まった深夜、島の見回りをしていたヤッファは聞きなれない物音に足を止めた。

どすっ、どすっ…

 音は海岸近くの森の中から聞こえてくる。

 警戒しながら近づくと、森の中に立っているアティの姿が見える。

「お、アティ…」

 思わず声を掛けようとしたヤッファは、アティがしていることを見て凍りついた。

 アティは樹に人形を貼り付けて、何かを呟きながらそれを殴っていた。

「どいつも…」

どすっ…

「こいつも…」

どすっ…

「まったく……」

どすっ、どすっ、どすっ…



 見てはいけないものを見てしまった。
 そう悟ったヤッファは、アティに見つからないようにそっとその場から逃げ出した。



 その後。

 アティを見る度に怯えたり、ユクレスの大樹に泣きながら「見つかっていませんように…」と願う彼の姿が目撃されたという。
8月
 続・ヤッファとお人形



 最近、メイトルパの守人ヤッファには新しい習慣ができた。

 毎朝、メイトルパの集落では真剣すぎるほど真剣にユクレスの大樹に祈る彼の姿をみることができた。

 そんな、ある朝のこと。


「見つかっていませんように、見つかっていませんように……」

 今日も今日とて、以前見てしまった悪夢を忘れ去ろうと祈る彼の肩に、ぽん、と白い女の手がおかれた。

「おはようございます、ヤッファさん」

 アティである。
 そして彼女は現在、彼が最も恐れる存在でもあった。

「お、お、おはよう、アティ」

 どもったり後ずさりしたりしながらなんとか返事をしたヤッファに、アティは満面の笑みを浮かべた。

「見ましたね?」
「な、なな、なんのことだ?」

 以前はほがらかで明るく見えたその笑顔が、今の彼には黒いオーラを発しているように見えた。

「見たんですよね?」

 満面の笑顔なのに目が笑っていない彼女が一歩、近づくとヤッファは三歩後ずさる。

「見たんですよね…?ほら、これですよ」

 そう言って取り出したのは、深夜アティが殴っていたあの、人形だった。
 その人形の目はなぜか悲しそうな目をしているように見えて、ヤッファはぶんぶんと首を横に振った。

「み、見てねぇ!俺は何も見てねぇよ!」
「そうですかぁ?……まぁ、何も見ていないっておっしゃるんでしたらいいんですけどね」

 ふふふ、と笑って人形をしまったアティは自分の背後を指差した。その先を目で追ったヤッファは、木々に隠れるようにこちらを窺っているマルルゥを見つける。

「マルルゥがね、この頃ヤッファさんの元気がないって心配していましたよ。だから私でよければ、相談にのれないかなって思って」
「な、ない!です!悩み事なんて全然ないです!」
「そうですか?体調が優れないとか…」
「元気です!これ以上ないほど絶好調!」

 直立不動で答えるヤッファに、再びにっこりと笑ってアティは念を押した。

「じゃぁマルルゥが心配するようなことは何もないんですよね?ヤッファさんは大事なみんなの守人なんですから、今までどおり元気でいてくださいよ?」
「はい!」
「じゃあ私はこれで」

 マルルゥを呼びながら去っていくアティを見送りながら、ヤッファは心の中で泣きつづけた。
10月
 カイルとアティ



「お肉が食べたいです!」

 突然のアティのその言葉に、カイルは目を丸くした。

「なにを突然…」

「だって、毎日毎日魚と野菜ばかり。海の男であるカイルさんは魚だけでも気にならないんでしょうけど、陸の人間である私やウィル君には結構つらいものがあるわけです。ウィル君はいい子だから何にも言いませんけど、きっとそう思ってるはず!それに、育ち盛りの彼には魚や野菜だけじゃなくお肉も食べさせてあげないと、栄養が偏っちゃいます。…私だってお魚ばかりは飽きました。お肉が食べたいです!!」

 理由は生徒思いの先生そのものだったが、カイルには最後の一言しか本音に聞こえなかった。

「そ、そうか…」

「カイルさん!釣りだけじゃなくて、たまには狩りに行きましょう」

「狩り、ねぇ…」

 カイルは森で獲物を追いかけている自分を想像してみた。
 自分は武器とか使えないから、狩りは素手で行なうしかない。となると、獲物が死ぬまで殴り続けなくてはならないのか…?いや、それぐらいだったら首とかを狙って締め技で仕留めるほうがいいかもしれない。だが、森の動物はすばしっこい。移動力があまり大きくない自分が追いつけるのか…?

 カイルには、獲物を汗だくになって追いかけてその末逃げられる自分が簡単に想像できた。

「俺には無理かもしれない…。狩りなら、ソノラを誘うほうがいいんじゃないか?」

 直接攻撃主体の自分よりも、拳銃や投げナイフが使える遠距離攻撃型のソノラの方が向いているかもしれない。
 ヤードの存在も考えたが、たかが狩りに召還術を使うのはやりすぎだろう。スカーレルは自分と同じ理由で却下。…いや、移動力が高いから自分よりかはましかもしれないが。

 そう言ったカイルを、アティはしばらく不満気な顔で見つめていたが、やがてあきらめたようにため息をついた。

「そうですか…じゃぁ、ソノラを誘ってみることにします」

 残念そうに踵を返したアティをしばらく見送っていたカイルは、彼女の呟きを聞き取ってしまった。

「こういうことには真っ先に協力してくれると思ったんですけど…案外、カイルさんって役立たずだったんですね」

 海の男は耳がいいのだ。
 そしてその後、カイルが前言を撤回して狩りに協力したのは言うまでもない。
11月
 アティとアリーゼ



 「アティ先生、畑のお手伝いしたらリンゴ貰いました」

 そう言ってアティのもとへやって来たアリーゼの手には籠いっぱいのリンゴ。
「生で食べるのもいいですけど、これじゃ食べ切れませんね…」

 と、考え込んだアティの手を、アリーゼはがしっ!と掴んだ。

「先生!お菓子作りしましょう!」
 一度先生とお菓子作りしたかったんです、と言われてはアティにも断る理由などなく。
 数分後、アティとアリーゼは2人仲良く台所に立っていた。



 アリーゼはリンゴケーキ、アティは焼きリンゴ。
 アリーゼがケーキの生地を用意している間にアティは手際よくリンゴの皮を剥き、先にバターと干しぶどうをリンゴとあわせたものを竈に入れた。

「アリーゼはすごいですね、ケーキまで作れちゃうんですか」
「先生こそ、リンゴ剥くのすごく早かったですね」

 ふふふ、と笑いあったその瞬間、竈からバン!と破裂音がした。
 アリーゼはびっくりして持っていた泡だて器を取り落とす。

「な、なに?」

 驚いて竈をうかがうアリーゼとは対照的に、アティはいつものにこにこ笑顔だった。驚いている様子もない。

「アリーゼ、大丈夫ですよ、焼きリンゴを作っているだけです」
「焼きリンゴって、あんな音しました!?」
「焼きリンゴですから」
「何つくってるんですか先生!!」
「焼きリンゴですよ?」

 にっこり、微笑むアティはそれ以上のことを語ろうとはしなかった。
 恐れおののくアリーゼを尻目に、彼女が竈から取り出したものは見た目も味も普通の焼きリンゴで。
 涙目で試食したアリーゼは後に、とても美味しかったです、とカイル達に語ったという。
12月
 海賊一家とアティ



「今日はお鍋にしましょう!」

 食事当番がアティだった日。
 とても寒い日だったので、夕食は鍋になった。

「なんのお鍋にするんですか?」
 
 もつ鍋、水炊き、寄せ鍋。そんな鍋を想像していたヤードは、アティの答えを聞いて目をみはった。

「この前教えてもらった、無色の鍋です♪」
「無色!?」
「はい!あ、調達したい材料があるのでちょっと今から出かけてきますね!」
「ああ、それだったら私も一緒に…」
「私にまかせて!ヤードさんはゆっくりしていてください」



 そんな会話があったのが昼過ぎのこと。

 アティが帰ってきたのに気付いたヤードが、支度を手伝おうと台所にやって来た時、すでに鍋は火にかけられていた。
 昼、アティが外出してまで調達した『材料』らしきものはその鍋の周りには影も形もない。
 きっと、もう鍋の中にいれてしまったのだろう。
 そして彼女は、台所に入ってきたヤードに気付く様子もなく、野菜を切っていた。
 ザシュ、ザシュッ!と野菜ではありえない音が響き渡る。

「……豪快ですね」

「あ、ヤードさん」

 いささか気圧されて後ろに引いたヤードに、気付いたアティが振り返って微笑んだ。

「こちらの準備は私に任せてください。ヤードさんはテーブルの準備をしてくれませんか?無色の鍋の中身は食べるまでのおたのしみです♪」

 やけに楽しそうなアティに、台所から追い出されたヤードは『無色』たる鍋の中身を確かめることも出来ず、悩んだ。
 火にかけられている鍋は普通の土鍋に見えた。4人用の、人の肩幅ほどの直径がある大きな土鍋。
 中身は、フタが閉められていたので窺うことができなかった。

「無色…無色の派閥の人間があの中に入っているというのか?いや、彼女はそんなことをする人間ではない…。では何を?無職?無食?ムショク…」

 いったい彼女は何を調達してきたのだろうか。
 こんなことなら、無理やりにでもついて行けばよかった。
 ぶつぶつ呟きながらアティに言われたとおりテーブルの準備をするヤード。
 そんな彼を夕食がそろそろだと思って食堂に集まってきたカイル達が訝しげに見る。

「どうしたんだ?ヤード」
「どうもこうも、アティさんが『今日は無色の鍋ですよ』と言っていたのです。どんな鍋だか気になって気になって……」

「無色の鍋?いったいどんな鍋なんだ…」
「想像もつかないわね…」
「なんか怖いよー」

 扉が閉められ、野菜を切っているのであろうザシュ、ザシュという音がかすかに聞こえる台所を遠巻きにして、海賊一家は顔を見あわせた。



 しばらくして。

「みなさん、お待たせしました〜」

 アティがにこにこしながら鍋を持ってきたその瞬間、海賊一家に緊張がはしった。

「無色の鍋…!?」

 思わず声がハモる。

「あら、皆さんもうご存知だったんですか?さてはヤードさん、話しましたね」

 お楽しみだったのに、と言いながらアティが鍋のフタを開けたとき、彼らの緊張は驚きへと変わった。

「…お湯じゃねーか!」

 4人の思いを代表してカイルが叫ぶ。
 鍋になみなみと満ちていたのは、匂いも見た目も、湯気でさえも、どこからどう見てもお湯だった。
 ただ、手のひらほどの大きさの四角い黒い板のようなものが鍋の底に沈んでいる。そしてその上に、四角いサイコロのような形をした白い物体が入っていた。

「湯豆腐、っていうんですよ。ゲンジさんに教えてもらいました!」

 この黒いのがおだし用の昆布、白いのがお豆腐で、これがメインなんですよー。とか言いながらアティは次々と他の具材を鍋に入れていく。
 これにつけて食べてくださいね、とポン酢が入った小鉢を渡されて、驚愕で固まっていたヤードは我に返った。

「どうして無色の鍋、だなんて言ったのです。いらぬ誤解をしてしまったじゃないですか」

 もしや人食い鍋なのだろうかとか、無色の派閥の伝統料理なのだろうかとか。
 色々、言いたいことがあったヤードだったが。

「どうして、って無色透明だからですよ」

 なんて、何の疑問もないような顔で笑うアティに、無色は無色でも豆腐と昆布入れた時点で無色じゃないとか、そもそもなんでそんな料理を教えたんだゲンジさんだとか、はじめっから湯豆腐って言えよとか、豆腐を水から煮たのかよ煮過ぎじゃねぇかとか、そんな色々な思いと、『無色の鍋』から想像してしまった色々な鍋のことを、彼らは記憶の底に封印した。
 もう二度と食べたくはない、無色の鍋。それがアティ以外全員共通の思いであった。