「ひとりひとつ、何かお手伝いをすること!」

 働かざるもの食うべからず。

 それが、御使い達が居候をすることになったとき、宿屋の主人が彼らに出した条件だった。





 御使いの(家事)能力




 しかし。

「いったい、何をすればいいんだ…?」

 居候させてもらう以上、フェアの言うことももっともだと思った3人は自分が出来る家事を探そうとして途方にくれた。
 そもそも3人とも、家事というものをまともにやったことがない。
 リビエルは本ばかり読んで生活していたし、セイロンはいいとこのお坊ちゃんだったから上げ膳据え膳で暮らしてきた。アロエリは主に野外生活だったため狩りの腕はずば抜けていたが、掃除洗濯は兄任せ。

 ちなみに3人とも、料理はしたことがあるがそれは完璧にフェアの独壇場であった。





「じゃ、まずは掃除からね」

 結局、御使い達のお手伝いはまず手伝えるものを探すことから始まった。
 フェアを先頭に、一行がぞろぞろ向かったのはそれぞれが泊っている宿屋の一室。
 まずは自分の部屋で様子を見ようというわけである。

「んじゃ、やってみてね」

 3人にそれぞれ箒とちりとり、雑巾を渡し、そう言い置いてフェアは自分の仕事をやるためにその場を離れた。
 1人で切り盛りしている宿屋だけに、その主人は3人の仕事を付きっ切りで見ていられるほど暇じゃないのである。

「15分くらいでまた見に来るからね」

 さほど大きくない部屋だし、それくらいで終わるだろう。
 フェアはその時、楽観的にそう思っていた。





 さて、そろそろ掃除は終わっただろうか。

 御使い達の部屋にむかったフェアは、一番手前にある部屋のドアをノックした。

「リビエル、終わったー?」

「ま、まだですわ!」

 やっぱりそうかと思いつつ、フェアはドアを開ける。
 リビエルは天井を拭いていた。

「…なにやってるの?」

「なにって、天井を拭いてますのよ!天井のこのシミがなかなかとれなくて…」

 かなり凝り性な性格なだけに、取れなくてむきになっているらしい。

「じゃなくて。ずっとそれやってたの?」

「失礼ですわ!さすがにそこまでのろまじゃありませんわ!ちゃんと床の掃き掃除も終わってます」

「………」

 ……床、先にやっちゃったんだ。
 掃除の基本は上から下へ、である。リビエルはまさに真逆をやっていた。





 次は、セイロンの部屋。

「セイロン、終わったー?」

「む、店主殿良いところへ。教えて欲しいことがある」

「ん?なに?」

 セイロンは箒とちりとりを前にしてなにやら考え込んでいた。
 腕組みをして、ひどく真剣な表情である。
 彼はその真剣な表情でひた、とフェアを見つめ、言った。

「店主殿、”箒”と”ちりとり”とは何ぞや?」

「……そっからですか」

 セイロン、問題外。





 最後は、アロエリの部屋。

「アロエリ、終わった…?」

「うむ、入れ」

 相変わらず偉そうな口調に自信のようなものを感じて、フェアはほのかな希望を抱いた。
 もしかしたら、ちゃんとやってるかもしれない。
 そう思いつつ、フェアはドアを押し開けた。

「掃除とは不思議なものだな。やってもやっても終わらないのだ」

 フェアを見るなりそう言ったアロエリは忙しそうに箒を動かしていた。

「集めても集めてもゴミが落ちているのだ」

 彼女の言葉通り、部屋の一角には集められた塵がすでに小さな山を作っていた。
 そして、そうなってもアロエリは掃き集めているもの。

 ……それは彼女の翼から抜け落ちていく羽根であった。

「………」
 同じような翼をもつリビエルはそんなに抜け落ちていなかったような。性質が違うのだろうか?

「そしてな、この部屋はよく物が落ちるのだ。ちゃんと物は安定したところに置かないといかんぞ」

 言ったアロエリの翼がばさりと動き、棚の物を叩き落とす。

 ごとん。

「ああ、また……」

 それをかがんで拾うアロエリの翼がまた別のものを落とした。

 がちゃん。

 幸い、まだ何も壊れてはいないが心臓に悪い光景である。










 ……結局、掃除当番はリビエルに決定した。

 リシェルとルシアンも一緒だから、他のところはまぁなんとかなるだろう。
 むしろ飛べるから窓拭きなんかがちょうどいいかもしれない。
 やり方さえちゃんと教えれば、きっと天下無敵のきれい好き、掃除の鬼となってくれる。…かもしれない。

「さて、他の2人はどうしよう…」

 次は洗濯。
 掃除の様子を見ただけに、一抹の不安がよぎるフェアである。










 中庭にて。

「洗濯はね、まず服を水につけて洗剤を入れて、こうやって……」

 さすがに掃除のようにほったらかしにはできないだろうということで、今回はフェアが見本を見せている。

「ふむ、なるほど」

 熱心にフェアの手元を見つめているアロエリとは対照的に、セイロンは浮かない顔だ。

「店主殿、どうしても水に手を入れなければならないか?」

「じゃなきゃ洗濯できないじゃない。どうして?」

 当たり前じゃないかと、手に持った扇子で顔を隠しながら気まずそうな表情をするセイロンを見上げる。

「いや……手が荒れそうでな」

「拒否権はなし」

「……うむ」

 フェアの睨みに、セイロンは渋々長い袖を捲り上げてたらいに向き直った。





「嫌がってた割には、結構上手いじゃない」

「屋敷に居た頃から、着るものには気を配っていたからな」

 そう言うセイロンは危なげなく服の洗濯からすすぎまで進めていく。
 問題は、やる気を見せていたアロエリだった。

「あっ、ちょっと力入れすぎ…!」

「……!!」

 びり。

「あちゃぁ〜」

「…すまん」

 すまなそうなアロエリの手には破けたエプロンが握られていた。これで3枚目だ。
 力加減がうまくいかないらしい。
 汚れを落とそうと真剣になればなるほど、手に力が入る。
 結果、先程のように破れてしまうのだ。





 干すときも、セイロンは皺がつかないように伸ばしながら干すのに対し、アロエリは何を思ったか服にぷすぷす串をとおしはじめた。

「なにやってるの?」

「うん?”干す”のだろう?」

 その時、彼女は保存用の乾燥肉作りと同じ事をしていたのだと、後からフェアは知った。










「うーん、洗濯はセイロンが向いてるかも」

「うむ…気は進まないが余がするのが一番良いだろう」

 嫌がっていたセイロンも、アロエリの現状を見ると拒否もできない。

「では、私は何を手伝えば良いのだ?」

 しょげた表情のアロエリを見ると、『何もしなくていいよ』とは言いづらい。

「う、うーん…」

「狩り、はどうであろう?」
 ぽん、と手を叩いてセイロンが言った。

「衣食住のうち、住がリビエル、衣が余、となれば残っているのは食であろ?調理は店主殿に任せるとしても、材料調達という仕事が残っているではないか」

「あ!それいい考えかも」

「うむ。狩りならば私も自信がある。ついでに食べられる野草なんかも採ってこれるぞ」

「うんうん、助かる!」

 出来ることが見つかったと嬉しそうにするアロエリに、フェアはこっそりと安堵のため息をついた。










 それから。

 リビエルはフェアの思惑どおり、天下無敵のきれい好きになってくれた。
 今ではリシェルとルシアンに指示を出しながら掃除するほどである。

 セイロンは、毎日の洗濯をミョージン達にやらせている。やはり手が荒れるのは嫌だったらしい。
 その代わりミョージン達を厳しく監督し、ミョージン達は洗濯名人へと成長しつつある。
 ……もちろん、干したり畳んだりはセイロンがやっている。

 そしてアロエリ。
 彼女が採ってきてくれる野草や獲物のおかげで、宿屋の経理は非常に助かっていると、リビエルは言う。
 ……そのかわり、大物を追いはじめると夢中になって3日以上帰ってこない。

 緊急の時の連絡をどうやって彼女と取るか。
 現在、フェアはその事に首をひねっている。
2007年8月4日

サモンナイト4。1週目を女主人公でやっています。
でも、宿屋の経営から食堂まで、15歳かそこらの子供1人でやるのは無理だと思うんだ…。
御使い達はなんでもできそうだけど、あえて家事が苦手になってもらいました(笑)
題名の、カッコ書きの中身がメニューにないのは仕様ですww

浅羽翠