...ヤードとオリキャラ。無色時代。




「今更同情でもしてんのかよ」
「…まさか」

血に濡れたものを見下ろしたまま、同僚の言葉に冷たく返した。目の前の小さなもの。霊界、サプレスから呼び出された…―呼び出した―召喚獣。毎日、毎日、どれだけの召喚獣を呼び出しているのか。どれだけの召喚獣が無駄に命を散らしているのか。
目の前の存在は使い捨ての道具だ。
使い捨ての道具をときに哀れと、急に降って沸いたように思う。それは異端の考え。

「無色の派閥に逆らうものの排除。それが俺たちの役目だろう?」
「…そうですね」

紅く染まったそれらは、決して召喚獣のものだけではない。今はもう何も言わぬただの肉の槐。そうしたのはこの自分。それを疑問に思う時期も、逆らって反発する時期ももう過ぎた。今あるのは、『無色の派閥』という組織に対する忠誠と、諦めにも似た感情。どこかに置き忘れた感情は、こうしてたまにひょっこりと顔を出す。だが、その感情もまた過ぎる時の流れの中置き去りにされるのだ。
一つ、息をついて、言いにくい…―言いたくない―言葉を吐き出す。

「……でも貴方は…それに疑問を抱いている」
「………」

同僚は、何も言わなかった。焦げ茶色の瞳を僅かに見開き、感情を忘れた低い声に耳を傾け、小さく眉を動かした。それが彼の感情の動きを示す全てだった。
自分の目の前の存在は、幼馴染とも言える存在。無色の派閥に連れてこられて以来、同じ部屋で育ち、学び、互いの腕を磨き合った人間だ。その存在が、こんなにも遠く思える日が来るなんて、思いもしなかった。

「………ヤード。俺たちの仕事は終わりだ。帰るぞ」
「……ええ、そうですね」

血に濡れた体を厭うこともせず、無色の召喚士達は死者に背を向けた。2度と、振り返ることはなかった。

...モドル?














...イオスとルウ




 ひどく緊張した面持ちで、机をはさんで男女は向き合っていた。
 じっと見守るのは黒い肌の少女。その顔は真剣そのもの。
 熱い視線が注がれるのは男の顔。―――もとい、口元だ。
 やけに整った顔の男は慎重に目の前のものを切り分ける。
 やわらかいスポンジ生地にたっぷり挟まれた白いクリーム。
 白い肌の男はゆっくりと腕を動して、少女の視線に答えるように、それを口元へと運ぶ。
 男の細い顎が動いて、ゆっくりと飲み込まれた。

「美味しい…」

 心底驚いたと言いたげな表情に、少女の表情が一気に明るくなった。

「本当!? 本当に美味しい!?」
「ああ。すごく美味しいよ」
「ありがとうイオス! それじゃあ皆にも見せてくるね!」
「行ってらっしゃい」

 静かな微笑と共に、イオスは少女の後姿を見送った。
 少女、ルウがケーキ屋でお菓子作りを習い始めたのを知っているのは、結構数少ない。イオスが知ったのもそんなに昔ではない話だ。
 それで、いつの間にかルウの作ったお菓子の採点係みたいになっている。
 彼女いわく、ギブソンは甘党過ぎて信用できず、パッフェルは案外味に大雑把で信用できず、ミモザにいたっては口にしてもくれないらしい。
 それなら他の仲間は、と言えば、未だ習っていることを教えてないのだという。意外に凝り性の彼女としては、ちゃんと上手に出来るようになってから皆に見せたいのだそうだ。
 イオスが知っているのは完全に偶然の賜物であるから、仕方ないとの事。
 そして今日がようやくそのお披露目の日になる。

 本当にそれだけの話。
 それだけだったりするのだが、イオスはその状況を結構気に入っていた。
 甘い物は好きでも嫌いでもないが、ルウのお菓子作りの腕はどんどん上達しているし、それを実感できるのは自分のことの様に嬉しい。
 まぁそれも今日までと思えば残念な事なのだが。

「イオス!」
「え?」

 他の場所に一時置いておいたケーキを取りにいったはずのルウが、いつの間にか目の前に戻ってきていた。
 輝くような笑顔に、ほんの少しのわだかまりが綺麗に消える。
 珍しく少女は口にする言葉を悩んで、少しだけまごついてから口を開く

「あっ、あのね、ルウはね、君とこうしてる時間がすごく好きだったの。だからね…その、これからも一番に味見してもらってもいいかな?」
「………」

 早口の言葉と照れた表情に、イオスの脳内が出来事を処理するのにひどく時間がかかった。
 完全にイオスの動きが止まって、分かりにくいが少し赤くなった少女につられる様に頬が赤く染まる。ひどく白い頬が驚くほど鮮やかに薔薇色に染まった。
 完全に時間が硬直した。
 赤く染まった男女の見つめあいは奇妙な緊張を保っていて、イオスが口を開いたことでようやくそれは霧散した。

「あ、ああ、僕でいいなら」
「本当!? 良かったぁ…。ルウね、少しだけ不安だったの。もしかしたら君は断れなかっただけで本当は嫌なんじゃないかな、って」
「っ! そんなことはない! 僕も好きだった」
「え?」
「君と過ごす時間は楽しくて、今日で終わるのは残念だと思っていたんだ」
「あ…うっ、うん。あっありがとうイオスっ。もう行くね!」
「ルウ?」

 言うが早いが猛ダッシュで走り出した少女の姿に、しばし呆気にとられた。
 呆然と立ち尽くすイオスが、自分の言った台詞に気が付いてへたり込む事になるのはもう少し先の話だ。

...モドル?


















...ライとリシェル




「ライの料理の腕って本当最高よね」

 しみじみとスプーンを加えて幸せそうにプリンを堪能する幼馴染に、ライと呼ばれた少年は苦笑した。
 珍しい事にこの宿の居候たちは思い思いの場所にいて、周囲にはいない。唯一リュームが竜のままの姿で気持ちよさそうに寝ている。
 さっきまでそれを楽しそうに見守っていた彼女は、ライが出してきたプリンに夢中だ。
 このプリンは甘いもの好きのリビエルに作った余りだ。
 幸せそのものといった幼馴染の顔に苦笑する。

「お前さ、ほんと美味そうに食うよな」
「当ったり前じゃない! 美味しいものを美味しい顔して食べないでどうすんのよ!」
「うーん。それは確かに」

 それでも、やっぱり幸せそうに食べてもらえるのが作った人間としては一番嬉しい。
 最近にしては心底珍しく周囲も静かで、やたらのどかで、やたら平和で、いつも通り幼馴染がそこにいる。
 そんな小さな幸せに、ライもまた心から笑った。

...モドル?


















...ディランとエルナディータ




「ディラン様。そろそろ休憩をいたしませんか? わたくしお茶をいれて参りますわ!」

 突然がばりと立ち上がって言い放ったエルナディータに、ディランは呆気に取られて書類を整理する手を止めた。
 エルナディータは、つい先ほどまでディランのベッドの上にちょこんと座って、セレスティアの歴史書を読んでいたのだが、どうやらそれにも飽いたようだ。歴史書はベッドの上に栞を挟んで置かれている。

 国王代理になってから、ディランの部屋は急遽執務室へと様変わりしていた。
 執務室となったディランの部屋への出入りは非常に激しくて、その中でも入ったまま出ていかないのがエルナディータだ。
 さすがに最初のころは仕事中だし出て行くように促していたのだが、いつもエルナディータの強引さに負けてしまい、最後には結局諦めてしまった。
 エルナディータも何かと仕事を手伝ってくれるし、ディランが書類を片付けている間は静かにしてくれている。
 つまらないだろうし、外に行くことを進めたこともあるのだが、エルナディータは笑って取り合わなかった。

 もっとも、こういった突然の彼女の行動にはいつも驚かされてしまうのだが。
 気合十分今にも走り出しそうなエルナディータにデュランは笑う。

「そういえば、エルナディータはお茶が得意なんだっけ?」
「はい! 帝国淑女の嗜みとしてお茶もお花もナイフ投げもマスターしましたわ!」
「なんでそこにナイフ投げが入るのかが分からないけど…」

 まぁディランとて帝国の全てを知っているわけでもないし、花嫁修業の内容なんて知るはずもない。
 そういうこともあるのだろう。

「それじゃ期待しようかな」
「ええ、どうぞ期待していてくださいな!」

 実に嬉しそうにエルナディータは笑って、ぱたぱたと軽い足音を立てて部屋を出て行く。
 一気に静かになった部屋の中で、ディランは書類の整理を再開する。
 だが、静寂は長くは続かない。

「ディラン、入るぞ」
「ああ、ありがとうファング」

 声とともに開かれた扉から現れたランカスタの青年の持つ書類を受け取る。
 用は済んだはずなのに全く動く気配のないファングに、思わず首を傾げたが、何かを探すように首を巡らしているのを見て、納得する。

「エルナディータならお茶を入れに行ったけど」
「ああ。成る程な。嬢ちゃんがいないなんて珍しいと思ったんだ」
「はは…」

 いつの間にか、エルナディータがここにいるのが当たり前になっていたから、姿が見えないことを疑問に思っただろう。

「…で、なんかあったのか?」
「え?」
「なんかすげー楽しそうだぞお前」

 指摘されて、手が止まる。
 心底不思議そうにファングを見上げると、彼は苦笑してひらひらと手を振りながら出て行った。

「…楽しそう?」

 どこが?
 書類を睨みつけてから、ファングの出て行った扉を睨みつける。
 次にあの扉が開いたときに現れるのは、きっとお茶を二人分持ったエルナディータだろう。

 と、そうなんとはなしに考えて。

 自分が案外それを待ち遠しく思っていることにようやく気が付いた。

...モドル?


















...ディランとエルナディータ




 落ち着かない。
 そわそわとしながらディランは手に持った印を置いた。
 目の前で散々積み上がっている書類の束にため息を吐く。
 処理した後の書類と処理する前の書類が大体同じくらいだ。
 まだ半分しか終わってないのだと思えばため息だって自然とでる。

 代理の王に過ぎないとは言え、しなければならない事は幾らでもある。
 ファラたちも手伝ってくれてはいるのだが、何分ディランたちは城にいないことが多い。その間は兵士達が国を守ってくれてはいるのだが、こういった事務処理となるとどうしても滞ることになる。

 ただ、その速度が今日はいつもより遥かに遅い。
 それを自覚しているからため息も深くなる。

 部屋の中の静寂が落ち着かなくて、ディランはわけもなく腕を回す。
 軽い柔軟で体中の固まった筋肉をほぐしながら、部屋にぽつんと置かれた机の上を睨みつける。睨んだところで書類が減るわけもないのだが、なんとなく。

 簡素な部屋だった。
 無駄なものなんて何もない。
 ベッドがあって机があって書棚がある。
 ただそれだけの部屋。

「物足りない…」

 その、今や国王代理でもある人間にしては、あまりに質素簡潔な部屋の中で、今まで思ったことのないことを思う。 理由はとっくに分かっていた。

 分かっていたからどこか複雑な気分になりながら、ディランは渋々と立ち上がった。





「嬢ちゃん? いや、今日は見てねーな」

 最初にファングに宣言されてから、何人かの兵士達に聞いてみても反応は同じだった。
 ディランは僅かに気難しげな表情…というよりはどこか不貞腐れたような顔で同じことを繰り返し聞いて回る。あまりにも不審なその姿が仲間に見つかるのは仕方のないことだった。

「ああ、ぼーや」

 国王になってからも全く変わらずに接してくれるランカスタの友人に、ディランは自然頬を緩める。このなれない肩書きはあまりにも不釣合いで重いが、この仲間達がいる限り大丈夫なのだとディランは思う。

「エルナディータを探し回ってるんだって? 何かあったのかい?」

 当たり前といえば当たり前の質問に、ディランはこれまで聞いてきた相手にしてきたように、首を振って曖昧に笑って誤魔化す。ただし、今回の相手はこれまでのように誤魔化されてはくれなかった。
 ルーガとエルナディータはランカスタと帝国の人間とは思えないほど仲が良い。それに加えて面倒見のいいルーガだからこそ矢張り気になるのだろう。その瞳は気遣わしそうに揺れている。
 エルナディータが仲間になったころは、彼女の育ってきた環境と現状とのあまりの違いにトラブルが絶えなかったから、もしかしたらその類だと思ったのかもしれない。

「エルナディータが何かしたんだったら、あたいも探してくるよ?」
「あ、いや、いいんだ。大したことじゃないし」
「大したことじゃないって…それだけぼーやが探し回ってるんだから、そんな筈ないだろ」

 至極真っ当な意見に、ディランは、う、と喉奥で変な音を飲み込む。
 言われてみればそうなのだ。

「いや、本当たいしたことじゃないから!」

 落ち着きなく首を振りながらディランは逃げ出した。
 ルーガの呼び止める声は聞こえない振りをする。

 はぁ、と息をつく。

「ディラン様?」
「っっ!!!!」

 誰もいない城の廊下に座り込んだ直後に、唐突に声をかけられてディランは身体を強張らせた。
 あまりにも決まり悪い自分の格好に、慌てて立ち上がって何でもなかったように振舞ってしまう。
 振り返ってみると、予想通り至極不思議そうな顔をした少女と目が合った。ついさっきまで探していたその姿。

「エルナディータ…」
「ディラン様。どういたしましたの??」
「いや…」

 別に悪いことをしていたわけでもないのに視線を泳がせて、何やらやたらとカラフルなものに気が付く。
 色とりどりの花だった。
 多くの花々が花瓶に彩られていて、重そうなそれをエルナディータが両手で抱えている。

「その花は…?」
「わたくしとファラさんで朝摘んできましたの! これはディラン様の部屋に飾る分ですわ」
「それで、今日は来なかったのか…」

 つい零れ落ちた言葉はエルナディータに届かなかったようだったが、ディランはなんとなく慌ててしまい、それを誤魔化してエルナディータへ腕を伸ばす。

「持つよ」
「あら、大丈夫ですわ! ディラン様。ちゃんとディラン様のお部屋までお持ちいたしますわ」

 満面の笑顔で言い切られてしまい、その重さを感じさせない足取りでエルナディータは歩き出す。
 置いていかれる格好になったディランは苦笑してその後を追った。



 部屋に入って、机の上を少し片付けると、その上にエルナディータが花瓶を置く。
 それだけで、簡素な部屋は驚くほど鮮やかになった。

 その出来栄えに、少女は腰に手をあてて満足げに頷く

「どうですか? ディラン様!」

 エルナディータはくるりとドレスを翻して、ふんわりと笑った。

 動けなかった。
 少女のその満面の笑顔に、その一挙一動に目を奪われてしまって、思考は完全に停止していた。
 ディランはぽかんとした顔でエルナディータを見ていて、あまりにも長い沈黙とその表情に、少女は不安そうに顔を歪ませる。
 まさか気に入らなかったのだろうか?
 物がとても少なくて、あまりにも寂しい部屋だから、花を置くのは我ながらとてもいい案だと思っていたのだが。

 そこでディランはようやく我にかえる。
 ありがとうと笑って、ようやく気づいた。

 自分はエルナディータがこの部屋で笑っているのがとても好きだということに。

...モドル?