『終末の日』
それは、綿密に、そして密やかに立てられた計画。
世界の理を外れた間違いを正すための、崇高な計画。
「これで、新しいルーク・フォン・ファブレと、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアの出来上がりだ」
そう、男は愉快そうに笑った。
10才僅かしか生きていない少女は、跪いた男を見下ろして、言った。
つまり、と。
「…私が、ナタリア様になればいいのですね」
「その通りでございます」
少女の従順な態度に、男は自分の足のつま先を見ながらゆっくりと微笑む。
計画は順調だ。これで世界はあるべき姿に戻るのだ。
金の髪を持つ少女はキムラスカ・ランバルディアの礎となり、繁栄をもたらす。
その未来を知る人間は限られており、その限られた人間である事実が恍惚とさせる。
自分の手が正しい未来を形作る喜びは他の何者にも変えられない。
少女が軽く視線をずらすと、そこには倒れた祖母がいて、その後ろには目の前の男と同じ服を着た者達が控えていた。
分かりやすすぎる構図だった。
たった10の小娘でも理解できる図だった。
「…一つ、約束をしていただけますか?」
「なんなりと」
「家族の命と自由の保障を」
「おおせのままに」
もしも、だ。
もしも、この約束が破られたのならば、自分はこの男を許さないだろう。そんな予感を抱きながら、少女は息を吐いた。
自分の奪われた人生と喪ったものの多さに泣きたくなる。
「…これは、預言に詠まれたことなのですか?」
こんな大事、そうでなければありえないと知りえながら、聞かずにはいられなかった。突然降りかかった災害は、預言という変えようのないことだったのか。
「勿論ですとも。秘預言(クローズドスコア)に記されております」
「秘預言…」
そうですか、とうわ言のように少女は呟いて、静かに頭を振った。このとき少女の胸に去来した思いを、男は知るよしもなかっただろう。
冷たく冷え切った、そのくせ熱く滾る憎悪を。
震える声からは想像も出来ないようなしっかりした口調で、少女は顔を上げる。
「…私の名前はナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。王女ならばわたくし、と申すべきかしら?」
「ナタリア様はそうしておられました」
「わたくしの名前はナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。キムラスカ・ランバルディアの王女…」
自分に言い聞かせるように少女は何度か呟いて。
「それではナタリア王女」
男は手を差し伸べる。
少女は最早ためらうことなくその手をとった。
そして歩き出す。
完全に閉じられた空間から光の当たる世界へ。
乱雑に切りっぱなしだった金色の髪を肩先で綺麗に揃える。
これまで見たこともないような油がすりこまれ、砂漠の強い日差しで焼けた髪はみるみるうちに輝きを取り戻した。青い薔薇と小さな宝石のついたカチューシャがその髪を飾る。
恐ろしく柔らかく肌触りのいいドレスを着せられ、少女は王女へと変わっていく。
「お綺麗ですわ」
心から、と分かる賛辞は少女に何の感慨ももたらさなかった。見た目など、今の少女にとっては何一つ価値のないものだ。
冷たい目で、ドレスを着せたメイドを見据える。
黒髪を後ろで一つに結んでいる。それなりに美しい容姿をしているが、それ以上に地味だった。堅実で忠実で真面目。見るからにそうだろうと思える女。
そして、恐らくは弱い女。
「貴女は、以前のナタリア王女を知っているのですか?」
「っっ」
びくり、と分かりやすく震えたメイドに、少女は笑む。
優しく、優しく。
傷口に薬を塗りこむ看護婦のように。転んだ子供に手を差し伸べるように。
「いいのです。教えてください。わたくしは以前のナタリア王女を知らないので何一つ分からないのですから」
だから、貴女が教えてください、と静かに重ねる。
恐らくこのメイドの役目の一つはそれなのだろうと考えながら。
「…はい。ナタリア様。まだ、ちゃんと挨拶をしておりませんでしたね。私は貴女の教育係としてモース様に命令を受けたものです。ミィアと申します」
「貴女はわたくしの教育係になるためにナタリア様に仕えていたのですか? それとも…わたくしの教育係にされた、のですか?」
「………私は…」
びくり、と目を大きくして少女を凝視したミィアという女。
震える唇をようやく開いて、―――私は、と言葉を捜すメイドは哀れだった。
だから少女は知る。
彼女もまた犠牲者なのだと。自分と同じ、人生を奪われた者なのだと。
―――敵ではないのだと。
少女はさらに微笑む。
「ねぇ、ミィア」
「えっ? あ、はいっ」
「わたしの名前はメリル・オークランドです」
「…え?」
「わたしも、ちゃんと挨拶をしてなかったから」
悲しげに、心細そうに微笑んだ少女に、ミィアはさっきとは違う意味で息を呑んだ。
そう。
そうだ。
ようやく思い至る。
目の前にいる少女はたった10しか生きていない子供なのだ。
いきなり家族を奪われ、名前を奪われ、生きる場所を奪われた。
これからこの少女は今まで生きてきた世界とはまるで違う世界で、たった一人で"ナタリア王女"として生きなければならないのだ。
その孤独は、その心細さは、その不安はいかなるものだろう。
胸を突いた想いに、ミィアは胸を押さえる。息が苦しい。
―――自分の、ことしか考えていなかった。
奪われた愛すべき主人。人質にとられた家族。背負わなければならない使命と重圧。
それは、自分ひとりにもたらされた運命ではなかった。
そんなことに気がついて。ミィアは、メリル・オークランドと名乗った少女の両手を握る。"ナタリア王女"に対しては決して許されぬ不敬を。
「…よろしく、ね。メリル」
「…はい」
偽りの主従は、そうして初めて心から微笑んだ。
これが、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアの始まりの日で、メリル・オークランドが生きた最後の日だった。
2011年7月31日
ずっと前からしてみたかった今更のTOA捏造(笑)
ナタリアが好きですww