『再会の日』






 舞台は既に整っていた。
 王座から立ち上がり、ナタリアを見据えるインゴベルト六世。
 その下にはモース。仕えるはディストとラルゴ。
 まさかとは思っていたが、今更判明した。モースはラルゴがバダックであることをしらないのだろう。そうでなければ、こんな状況でラルゴを連れてくるはずがない。
 なんとも複雑な表情の大男と、すべてを愉しむように笑う道化のような男。

 逆賊め!
 と口汚く罵ってくるモースを、ナタリアは冷めた眼で見据えた。
 どうやら本格的に彼は私を見捨てたらしい。自分が計画したくせに随分と薄情なことだ。

 モースのしてやったりな顔が可笑しくて笑ってしまう。

 世界の預言を守りとおすことに拘り続けてきた彼が、自分の行動を翻したのでは、預言を否定しているようなものではないか。
 いや、それとも、これすら預言に詠まれた事だというのだろうか?
そっちの方が可能性は高いかもしれない。

 どうでもいいことに対する思考を打ち切って、ナタリアはモースの近くに立つラルゴを見上げる。揺らぎそうになる感情。あの広い腕の中に飛び込めば楽になれそうだ。

 それもいいだろう。
 偽者は偽者らしく城を追われラルゴと逃げ出す。
 昔みたいに二人で旅をして、砂漠の日を浴びて、夕日を仰ぐ。メリルの作った料理に悶絶して、一緒に笑う。
 考えただけで幸せで満たされた、いつかの遠い思い出。

 だが。
 ―――だが。

 目が、あった。
 真っ直ぐに貫いてくる鋭い瞳。
 ルークについてきて漸く会えた。やっと話せた。
 どれだけ嬉しかったか。
 どれだけ望んでいたか。

 それでも、もう、ナタリアは気付いてしまった。

 過去は二度と返らない。

 時間が経った。
 長い長い時間が流れた。

 バダックとメリルはもういない。

 思想は既に違えてしまった。
 スコアを憎む気持ちは同じ。けれども歩む道は違うのだ。

「お父様」

 だから、そう。
 今すべきことは父にすがることではない。ラルゴから意識を外して、ナタリアは一歩、足を進める。
 きっと無意識だろう。
 彼女をかばうようにして立ちふさがっていてくれたルークに礼を告げて、ナタリアは歩く。

「ナタリア!」
「ナタリア、待ってっ。危険だわ」
「一体どうなってるの〜!?」
「………ふむ」
「ナタリア?」

 仲間の声を背に受けながら、ナタリアの足は止まらない。
 彼らとてどうすればいいのか分からないのだろう。なぜなら、彼らは真実を知らない。この場所で正しく真実を知るのは、ナタリア自身とモース、そしてインゴベルト六世にラルゴ。
 謁見の間の、王と謁見者の丁度真ん中で彼女は足を止めた。
 その強い眼差しがとらえるのはただ一人。

「ナタリア」
「お父様」

 久しぶりの対峙。視線が交差する。
 その意図を探り合う。決してただの親子ではあり得ぬ、視線の意味。
 インゴベルド六世の瞳は正しく苦渋に満ちていた。何に、と、思考を巡らせる。答えは幾らでもある。一番の憂慮は、キムラスカ・ランバアルディアのとるべき道だろう。
 それに比べれば、ナタリア個人のことなど些末事。
 彼はこの国の王者なのだから。

 間は、一瞬。
 交差した視線はそのままに、インゴベルト六世は語る。

「ナタリア…いや、メリルよ。初めて私と会ったときのことを憶えているか?」

 穏やかな声だった。
 だから、ナタリアも静かに答える。
 もう、外野の声は聞こえなかった。

「ええ。はっきりと」
「そなたは言ったな。自分の親は一人で十分だと。父と娘の関係はこれ以上いらない、と」
「…ええ。そう、言いましたわ」
「だから、同じ秘密を持つ者同士、友人になりましょう、と」
「―――陛下は、出来ないとおっしゃいました…」
「無理だと思った。こんな子供相手に友人などと…。そして、事実無理だった」
「………」

 深く、深く、王は嘆息する。
 ただ、空気は重く。ルーク達は訳も分からずに戸惑う。
 この会話は、おかしい。
 偽姫と呼ばれた王女の事を、否定もせずに王は淡々と話を進めている。とんでもない事態のはずなのに、誰も口をはさめない。
 モースですら、何故か躊躇い。
 結果、時間だけが流れる。

 痛々しい程の沈黙の中、ナタリアは思い返していた。
 はっきりと脳裏に刻まれた、彼と自分の出会いを。

『だから、友人になりましょう? 同じ秘密を持つ友人に』
『友人だと!? 何を馬鹿なことを…っ! 第一これだけ年の差があって、友情など築けるものか!』
『それでも、仲良くすべきでしょう? わたくし達は』
『ふざけるな…っ』
『ふざけてなんていませんわ。わたくし達、これから毎日一緒ですのよ? そんな方と険悪になるのは嫌ですわ。
 ―――それに、陛下、友情に年齢は関係ありませんわ。
 大事なのは、相手を受け入れることと認めること。それだけですわ』

 親を奪われ、友を奪われ、名を奪われ、すべてを理不尽に奪われた少女は、それでもその小さな手の平に、何かを掴もうと、まっすぐに立っていた。

 愛しい娘を喪い、妻を病で喪った喪失感に自棄になりかけていたインゴベルト六世の持ち得ぬその強さ。
 頭をハンマーで殴られたような衝撃。
 まだ10にもならぬ少女の、貫くような真っ直ぐな視線に、確かに未来を見た。
 小さな子供の先にある、まばゆく輝く世界を。

「生意気な子供だと思ったものだ。生意気で小癪で、口が達者で、賢しく強い。成る程確かに、キムラスカを繁栄に導く王女だと―――」

 くっ、と瞳を細めて笑った王に、モースが目を剥く。

「なりません、陛下! 偽者を認めるつもりですか!?」
「だまれ! 我が娘を偽者などと愚弄するでない!!」
「な―――っっ」
「―――っっ。お…とう…さま?」
「―――ナタリア。…そなたは父と娘の関係はいらないと、そう言っておった。―――それでも…そなたと過ごした時間、過ごした記憶―――…私にとっては………そなたはもう一人の我が娘なのだ―――」

 偽りと父と娘の距離は、確かに遠く。
 それでも、後一歩ずつ、どちらもが踏み出せば届く距離だろう。 
 震える自分を自覚して、ナタリアは口を手で押さえる。

(どうして―――!?)

 どうして、震えているの?
 思考がまとまらない。感情が散り散りなって、ドクドクと心臓が波打っている。
 どうして?
 もう一度自問する。
 だって、父は2人も要らない。本当にそう思っていたし、インゴベルト六世を父親と認識した覚えもない。所詮は偽りの父娘。表面上はどれだけ演じられても、所詮ナタリアは王族の血など引かない偽者。

 そう、インゴベルト六世の大事な大事な娘の居場所を奪った、憎たらしい仇だった、筈だ。

 だからナタリアはすぐには消されないように味方を増やそうと思ったし、いつだって生き延びる事を前提として自分を作り上げてきた。いつだって利用できるように、自分に有利に物事が進むように、王女らしく、誰よりも誇り高く賢く、狡猾に生きてきた。
 自分の正体を知る人間には常に用心して、立場を明確にして、お互いに表面上だけの関係であると納得していた。利用しあうだけの関係のはずだった。
 それが当たり前で、当然のことで。

 でも―――。
 だったら、偽者、と自殺を強要されたとき、どうしてあんなにも裏切られた気がしたのか。
 悔しかった。
 ただただ悔しかった。

 最後の1歩はインゴベルト六世があっさりと埋めた。
 逃げそうになるナタリアを、彼は本当に簡単に捕まえる。
 大きな手が大事なものを扱うみたいに優しい手つきで肩を包み込む。ほんの少し、彼が力を込めれば、ナタリアの身体はたやすくインゴベルト六世の腕の中に収まった。

 抱きしめられて、ナタリアは感情の波に一気に押し流された。
 胸が熱くなって、震える。

(―――私、嬉しいの…?)

 そっと、視線を上げる。
 インゴベルト六世の肩越しに、優しい目をした、父がいた。
 何もかもを受け入れて、許してくれる、そんな愛情深くて、優しくて、いつも見守ってくれていた視線。素直になっていいのだと、そう告げるかのような、温かな眼差し。
 ―――父は、本当は怒っているんじゃないか、って思っていた。
 だって、たとえどんな事情があったとしても、父を捨て、父のくれた名を捨て、王女を語って生きている。それは言い訳のしようもない事実。どれだけ父が苦しんだのか、想像に難くない。
 かつてのメリルという少女は、父を裏切ったも同然だ。
 だっていうのに、彼の瞳はただただ優しくて、ナタリアもメリルも関係ないというように、暖かく緩やかに包み込んでいて。
 震えるまま視線を隣へ。
 こんな風に、抱きしめたことなど一度もない、遠い利用しあうだけの関係のはずの人が、ひどく優しい顔をしていた。
 
「―――っっ」

 急に、涙が、溢れた。
 こみ上げる想いを、ナタリアは消化しきれずに、変わりに涙がぼろぼろとこぼれる。震える手がインゴベルト六世の背を、その服を、思いっきり握り締めた。
 きつく、思いっきり、抱きつく。

「お、とうさま…っっ!! わたくしも…わたくしもっ、父は二人だと思っていいのですか…っ? わ、わたくしが、わたくしなんかが、娘を名乗っても…いいのですか…っ?」
「ああ…ああ…。いいのだ。勿論だ…」
「わ、わたくし、大好きですっ。父さんも―――お父様も…! 二人とも、本当に愛しているのです―――!」

 インゴベルト六世は何度も、何度もうなずいて、ナタリアの背をなぜた。

「ああ。私も…私も愛している。我が娘よ…」

 この裏切りと偽りに満ちた世界でようやく手に入れた真実だった。











「くっ、ふざけた真似を―――何が、娘だ。私が預言に従って与えたモノじゃないか。その私を虚仮にしやがって」
「あなたも大概往生際が悪いですねぇ」

 ぶつぶつ言いつつ、城を逃げるように去るモースに付き従いながら、六神将一の大男は密やかに笑った。
 気づいたディストが軽く眉を跳ね上げる。

(大きくなったな―――メリル)

 背にした城を振り返ることなく、ただ一つの言葉を交わしあうこともなく、そうしてもう一つの親子の会合も終えたのだ。 
2012年6月24日
ゲームのあのシーンはこんな感じで。
なんってか色々と、妄想過多ですいませんw
もうなんかメリルナタリアが好きすぎて。