『過去の英雄』







「私のことはいいから、貴方は早く逃げて!」

 目の前に飛び出した少女に、フィリアは叫んだ。
 いきなり目の前に現れた褐色の肌を持つ男。
 見ただけで分かる。そこに居るだけで漂うこの緊張感。
 同じ空間にいるというだけで押しつぶされてしまうようなこの気迫。
 この男は、強い。
 法衣の中を探りながら、男を睨みつける。

「っっ!!!!」

 ぐん、と、距離を縮めた褐色の男に、反射的に身体を反らした。
 ふわりと舞った髪を幾筋か奪って、幅広の両刃が通り抜ける。

「フィリアさん!」
「ほう、避けたか。一応は四英雄ということか」

 男の声に、フィリアは汗を流す。
 今の攻撃は避ける事が出来たが、ほとんどまぐれに近い。
 フィリアボムを全て廃棄したことを悔やむが、今更だ。
 剣すらない状態では絶望的。小さなレンズの一つも持っていない現状では晶術の一つも使えない。
 法衣に隠してあった短刀を見えないように引き抜く。
 聖職者が刃を持つなどとあってはいけない事かもしれないが、18年前からその癖が抜けることはなかった。幸いにもこの18年間使う機会はなかったが…。
 後ろに少女を庇い、腰を落とした。

 遠すぎる。
 息が詰まる。自然、酸素を求めて、薄く呼吸を繰り返す。
 法衣のすそを引いて、動きやすいように調節。

 …けれど、そこに。

「フィリアさん!」

 何故かいきなり2人の少年が現れた。
 突然現れたことよりも何よりも、フィリアの瞳は少年の手にある剣に釘付けになった。
 澄み渡った青空のような瞳を持つ少年は、銀の髪の少年と共に、褐色の男に飛び掛る。

「無理です!その人はっっ…!!!」

 思わず出した声は、彼らには届かなかった。金色の残像がふわりと舞い、フィリアの後ろで少女が息を呑む。
 やはり、あの男は強い。新たに現われたあの少年らの敵ではない。
 決着は早かった。あの男が、少年の剣を弾き飛ばしたのだ。無防備になった少年を銀髪の少年が庇うようにして前に出る。

 フィリアの決断は早かった。
 気配を消して、会話に集中している彼らに気付かれぬように、じわり、じわりと少年の剣に近づく。
 目を見開く少女に、静かに、と目で合図して、フィリアは剣を掴んだ。

 そして、丁度そのとき、新たな乱入者が現れる。

「カイル!受け取れ!」

 ひゅん、と投げられた剣は、くるくると回って少年の手に収められ、その瞬間にフィリアは走り出していた。

「なに!?」

 足音にか、気配にか、フィリアに気付いた男は、繰り出した剣を間一髪で受け止める。
 同様に、少年も男に切りかかった。
 ぐ、と男が剣とずらして何とかそれも受け止める。

(…甘い、ですわ)

 少年のなんとも悔しそうな顔を見て、そちらのやり取りに男が気を取られているのを確認し、フィリアは法衣の下から短剣を繰り出した。
 ぐ、と肉に刃の埋まる感覚。
 18年間という長い長い年月避け続けてきたこと。
 白い法衣が赤く染まっていく。
 信じられない、という顔の男。

「な…んだ…と?」
「私は、"英雄"ですから」

 何故か、少年が目が見開くのが見えた。
 別に、"英雄"だということを誇りたいわけではない。
 余りにも自分にそぐわないその呼び名は、むしろ疎ましい。

 けれど、確かに長い旅をした。
 神に仕える身でありながら、この手を赤く染め、獣を、魔物を、人を、殺した。
 それが"英雄"だと人が言うのなら、その人の英雄は確かに私であるのだろう。

 けれど…私にとっての"英雄"はいつだって―――…。

 男は眉をひそめ、わずかに笑ったようだった。
 それから、消えた。
 両の手に残ったのは、男の背を刺した短剣と赤。

「フィリア…さん?」
「………」

 少年の瞳は、とても青くて純粋で、一瞬フィリアは過去に舞い戻ったような気持ちにおちいる。

『フィリア』

 かつての仲間。
 スタン・エルロン。

 私の、英雄―――。

「フィリア!!」

 どうやら立ちくらみを起こしてしまったようで、気がつけば誰かの腕の中にいた。

「…スタンさん…」

 自分で呟いて、わずかに首を振った。
 そんなことはあるはずがないから。

「ありがとうございます。もう大丈夫ですから…」

 お礼を言って、腕から抜け出した。そうやって、顔を下げてあげて、思わず目を見開いた。
 黒い髪のつややかな、大きなアメジストの瞳が印象的な…。

「りお…ん…さん…?」
「っっ!!!!!」
「いえ…まさか。すみません…どうやら人違いをしてしまったようですわ」
「…ああ」

 血を流して、落ち着いた場所へ移動して話を聞くと、彼らは、少女の知り合いだったらしい。
 泣きそうな少女に私は言う。

「貴女に今必要なものは、仲間、ですよ」

 私がそうであったように。
 少女は仲間を連れて強くなる。戸惑うように揺れた濃茶の瞳がふんわりとゆるんで、花のほころぶような微笑を見せた。
 それをただ見届けて、フィリアは日常へと戻る。
 何かが起こる、それを確かな予感として身に抱きながら。
2006年8月6日

TOD2で、強フィリア。
スタルー←フィリアになるのかな?公式だね。
フィリアさん大好きです。
ふわふわと現実離れした彼女も大好きですが、どこかで旅をしていたことの癖をちゃんと残していて欲しいです。

っていうかTOD2の彼女とか4英雄とか弱過ぎっしょ。
敵を凄い強く設定してある割に、強く感じません。
だって若干15歳の子供と互角の勝負になるってどうよ。いくら23の男とセットでぼこられたからって…あんた…。

まぁ、そこらが色々納得出来なかったりするんですが、ゲーム自体は好きですよv