『夢』
ぼう、っとしていた。多分。
それは普段の彼女からしてみれば、有り得ないと言い切ってしまえるような事。
けれど、その時の彼女は、どう見ても呆けているように見えた。
こっそりと、仲間内で視線を交わす。
なんだ。これは。
一体どういう異常気象だというのだ。
彼女は、ふと、考えるように首を傾げる。
童顔をしかめて、小さい身体を動かし始めた。
何だかそれを、全員で見守ってしまう。
かなり様子がおかしい。
「ねぇ、アトワイト」
「…なぁに?ハロルド」
アトワイトは、警戒するように、けれどいつもの優しい完璧な笑みをもって答える。
「貴女、誰かに攫われたかしら?」
何故か、時間が止まったような気がした。
それは、いつもの彼女とは思えないような言葉で。
確かに彼女はその頭の良さから意味の分からないことを、常日ごろ口にしているわけだが…今回のこれは、最上級に意味が分からなかった。
「え、えぇ?」
「ハロルド?」
混乱の渦の真ん中で、ハロルドの顔は真剣さを保っていた。
そう。珍しいことに。
「ええと、私は攫われていないと思うんだけど…」
「そうよね。じゃあディムロス」
「はっ!?」
あっさり頷いたハロルドは、今度はディムロスに向き直る。
突然の事態に顔を引きつらせた中将閣下は、小さい身体で距離を詰めてくる科学者に恐れをなしたようにじわりと後ずさる。
「貴方、確かにバルバトスの止めは刺したわよね?」
「え、あ、ああ?」
ぽかん、として、頷いたディムロスに、他のメンバーも一斉に頷いた。ハロルドもディムロスとバルバトスの決着は目にしているはずだ。
一体彼女はどうしたというのだろうか?
「それから…兄貴」
「ん?」
「………」
カーレル=ベルセリウスの胸にハロルドは手を当てて、その鼓動を確かめる。
疑問符を浮かべたまま、カーレルはハロルドの頭をくしゃくしゃと撫ぜた。
珍しくハロルドはそれに文句を言いはしなかった。
「…私たちは、邪魔のようですね」
「…そうですね」
唖然としたまま、固まって動けないディムロスとシャルティエをそれぞれ引きずりながら、イクティノスとアトワイトはその場を後にした。
部屋に入り、小さい子供のような姿の主を探す。紫色の癖っ毛が落ち着きなく動き回っていた。
それを何とはなしに見守る。聞きたいのは、昼間の出来事。
「今日のあれは一体なんだ?」
「あーーーあれ?」
何故か勝手に部屋の中にいる男を見ることもせず、ハロルドは手に持っていた書類に目を通す。
書類をさばく速さは、相変わらず驚異的なもの。誰もが始めて彼女のこれを見るとちゃんと目を通しているのか、と憤る。結局はハロルドの天才的な記憶能力と事務処理能力に圧倒されて引き下がるのだが。
「嫌な夢、見たの」
「嫌な夢?」
「ええ、アトワイトが死んだはずのバルバトスに攫われて、あんたが助けに行くの」
「ふーん。俺が…?」
「行くのよ。夢の中のアンタは、アトワイトの恋人だもの」
「…は?」
「だから、アトワイトがアンタの恋人なの」
「…なんで?」
「知らないわよ。そうなんだから」
「………」
夢の中までなんて責任もてないわよ。そう言って肩をすくめるハロルドを見て、憮然とする。なんの予備動作もなく、ディムロスはハロルドの腕を掴んで、思いっきり引っ張った。
小さなハロルドの身体は軽々と浮いて、すっぽりとディムロスの腕の中に納まった。遅れて、ハロルドの持っていた紙束がひらひらと舞う。
「い、きなり、何するのよ!」
「……俺の恋人は、アンタだけだ」
無愛想に呟かれて、ハロルドはきょとんとしてディムロスを見上げた。
赤く染まった顔が可愛らしい。ハロルドが見ているのに気付くと、自分の胸にハロルドの顔を押し付ける。鍛えられた胸に押し付けられ、一瞬息が詰まった。
この馬鹿力。
「あんた…アホね。そんなの知っているわよ」
「夢の中では違ったんだろ?」
「夢は夢だもの。それに、あたしは…」
言いかけて、止める。なんだかとんでもないことを言いそうだった。もしかして自分は一応動揺しているのだろうか、と考えて、落ち着かなくなる。
この男と一緒に居ると自分のペースをかき乱されて、腹が立つ。
別に、ディムロスとアトワイトと恋人同士だったからなんだというのだ。所詮それは夢の中の話だ。それに動揺するなんてあり得ない。
急に静かになった腕の中を疑問に思ったのか、ディムロスが首をかしげる。
「…なんだ?」
「なんでもないわ」
「……なんだ?」
「…あんたしっつこいわねー…。しつこいアホは女にもてないわよ〜」
「お前に愛されていれば十分だ」
「………」
この天然たらし中将は一体何を言い出すのか。全く頭が痛い。眉間を押さえて、大きくため息をつく。
無言の動作に、ディムロスはたじろいだ。
ディムロスの腕の中、もぞもぞと動いて、楽な体制にする。いつでも逃げられる体制。
すぅ、と息を吸う。
「…あたしは夢の中でもあんたに惚れていたわよ!!」
言い切って、ディムロスの腕を振り解いた。するりと猫のように素早い動作でドアの前まで逃げて、笑う。
「ディムロス〜、私が帰ってくるまでにちゃんとその書類なおしておくのよ〜。じゃないと……ぐふふふふ♪」
実に、楽しそうに。実に、よろしくない笑顔で。ハロルドは去っていった。
ぽかんとしたまま、床に散らばった書類を見る。見て、ハロルドの去ったドアを見て、また視線を戻す。
「…………………………………っっ!!!!!!!」
一瞬で、全身の体温が上昇した気がする。慌てて書類を拾い集め、また、取りこぼした。実はドアが思いっきり開けっ放しで、その様子を一部の兵士が見て動揺のあまり他の兵士に伝えて、それが次々と広まっていくのはまた別の話だった。
2006年11月5日
だ、誰だこいつら…。
難しい。難しいよ…っっ。
でも愛してる!すっごい勢いで愛してる!!
TOD2の中で一番愛してる!!ハロルド好きすぎて…っっ。
夢で平行世界(エルレイン介入世界)見ちゃった感じ。