『最後の嘘』






「ノーマ」
「ひょえっっ」

 誰もいないはずの場所から響いた声に、呼ばれた少女は奇妙な声を漏らして飛び上がった。
 びくびくしながらノーマが振り向くとそこに立っていたのは銀髪の青年。見慣れた仲間の姿に一応ほっとして、ふくれっ面になる。

「ちょっとセネセネー驚かさないでよね!」
「ああ、悪いな。邪魔をして」
「おやぁ。素直じゃないの」
「悪いか」
「ちょっと気持ち悪いかな〜」

 あんまりな言い様にセネルは苦笑する。
 とはいえ、謝罪は本心だった。
 この場所は、ノーマにとって特別であることを知っているから。
 エバーライトを彼女の師匠が見つけ、メッセージを残し―――そして、力尽きた、であろう場所。
 たまにノーマがここに来ることを知っていたから、彼女が街にいないのに気が付いてここに来た。
 街にいなかったのは、正直都合が良かった。
 多分、ここなら誰も来ないから。
 そう思いながらセネルはノーマの横をすり抜けて、エバーライトのあった場所を見上げる。

 心の中で、もう一度謝罪する。
 これから彼女に言うことに対して、いなくなった彼女の師匠に謝罪する。

「それで、何しにきたのー? 今日は何かあったっけ?」
「ああ、ノーマに言う事があってな」
「ふーん? なになにー?」
「付き合ってくれ」
「―――…………………………はぁ?」

 実に楽しそうに輝いていた瞳が一転して混乱に曇る。
 心底意味が分からないとその顔が言っている。

「セネセネ………頭大丈夫ー?」
「お前…っ。言うことはそれだけか!」

 思わず頭を抱えたセネルに、ノーマは「だってさー」と唇を尖らせる。

「セネセネー、それってずるいよ。なんであたしかなー。セネセネにはりっちゃんもクーもいるのにさー」

 確信をついた、仲間の知る"鈍感なセネル"なら決して分からない筈の台詞に、セネルは首を振る。分かるだろう? まるでそう言うかのように。
 事実、セネルはそう思っているし、ノーマだってそれが分かっている。
 ―――分かってしまった。

「だからだよ。…俺は、2人が向けてくれるものと同じものは返せないから。・・・だから、一緒にいるとけっこーキツイ」
「だからってさー、2人に恨まれるのあたしじゃん。大体、セネセネあたしの事好きじゃない癖にさー」
「好きだよ。ノーマが俺をそう思っている程度には」
「…それって仲間に対する好きじゃんか」
「そうだよ。やっぱノーマは鋭いよな」
「あ・ん・た・ねー!」

 むっきーと腕を振り上げるノーマにセネルは朗らかに笑った。
 初めて出会った頃にはありえないような、笑顔。
 何もかもを吹っ切ったような、清清しいそれは、滅多に見れるものではなくて。
 きっと彼の事が大好きな仲間の2人なら、顔を真っ赤にしてしまうのだろう。

「俺は、多分一生ステラ以上に人を好きになることはないよ」

 笑顔で、そんな寂しいことを言うから、ノーマは腕を下ろして、唇を尖らせる。

「…あたしだって、ししょーを超える人なんていないもん」

 ふくれっつらで、ノーマは言って。
 セネルは頷く。
 お互いに、多分、それを知っていた。
 だからセネルはノーマを選ぶ。

「そういうわけだから、お互いここらへんで手を打たないか、と」
「うーーーでもなーーーー。あたし、クーにもりっちゃんにも恨まれるのやだよー」
「………俺だって、モーゼスとジェイに恨まれるんだ。おあいこだろ」
「…っっ!!! ………セネセネ、気付いてたの?」

 呆然と呟くノーマに、セネルは静かに頷く。当たり前だ、と、ただ頷く。

「…気付くだろ、普通」
「普通、気付かないよ。皆気付いてないよ!」

 そう、まだ誰も気付いていない。
 モーゼスが、ジェイが、ノーマに惹かれていること。
 彼ら本人すら、それを自覚していない。
 あるいは、ウィルは気付いているのかもしれないが、その他の者は気がついていないだろう。

 ノーマはため息を落として、上目でセネルを睨みつける。

「…セネセネはさ、最初から、クーの気持ちもりっちゃんの気持ちも知ってたんでしょ」

 恨みがましそうな目に、セネルは曖昧に頷いた。

「気付かないフリを、してたんだろうな」

 何も気付かないように、何も分からないように。
 もともとセネルは鈍い方ではないし、彼女達の好意はあまりにも明らかだった。
 それでも向けられる好意の全てを気付かないフリして、彼女達を騙して、自分も、騙して。
 そうして…ここまできた。
 彼女達が自分に向けてくれる気持ちと、自分が彼女達に向ける気持ちは別だと知っていたから。
 分からない方がずっと利口で、波風立たないことを知っていたから。

 そして、それはノーマも同じだった。
 モーゼスに、ジェイに、それまでと違う目で見られていることに気がついても、知らないフリをしていた。全然気がつかないフリをして、見ないようにして。
 彼らの気持ちを無視し続けた。
 それは彼らに対してなんて失礼で、残酷なことなのだろう。

「なんかさ、あたしたちってホントサイテーだよね」
「そうだな…」
「そんで、バカだよ…。ホント、すっごいバカ」
「ああ…」

 堪え切れなかった涙を拭いながら、ノーマはセネルに背を向けた。
 乱暴に目をこすってから、くるりと振り返る。

「うん。いーや。…バカだもんね、あたしたち! ぐだぐだ悩んでも仕方ないや!」

 そう言いきるとノーマはセネルの手を掴んで高く持ち上げる。2人して両手を上げて、笑う。
 同じ気持ちを抱えた共犯者達は笑う。
 全てを吹っ切った、明るい笑顔で。

「今からあたしの一番はセネセネ! OK!?」
「ああ。俺の好きな女はノーマ、だな」

 確認するように頷く。
 セネルが出した提案にノーマは乗る。

「今まで気付かないフリをして騙してきたんだ。最後にもう一度しっかり騙すぞ」
「おーっ! すんごい後味悪いけどしゃーない! このノーマさん、しっかり付き合ってやろーじゃないの!」
「それでこそノーマだな」

 にかりと笑って、2人は話し始める。
 重ねてきた嘘にもう一つの嘘を重ねるために。




 





 クロエがセネルの家に入ると、見慣れた顔が揃いも揃っていた。

「なんじゃ、ワレもセの字に呼ばれたんか」
「ですが、呼んだ本人は不在のようですよ」
「さっきまではいたんだけど…」
「ノーマもまだのようだな。ったく、大事な話があるというから来てみれば…」

 ウィルが吐き捨てた言葉にクロエは頷く。

「私もそう言われて来たんだが…本人がいないとはな!」

 まさか全員それで呼び出されているとは思いもしなかった。
 大事な話がある、と言われて、期待を抱かなかったわけじゃない。
 ほんの少しの落胆を誤魔化すように、肩を怒らせる。

 扉が開いたのはその時。
 入ってきたのは家の主であるセネルではなくてノーマだった。
 その後ろからセネルが顔を覗かせる。
 待たされたメンバーが文句を口にのるよりも早くノーマの呑気な声が響いた。

「おお、みんな揃ってるじゃーん」
「そうみたいだな」
「後はグー姉が揃えば完璧、なんだけどねぇ〜」

 まぁ仕方ない、とノーマは肩を竦める。

「何の話だ?」
「まーまー、座って座ってー」

 クロエの背中を押しながら、セネルに目配せをする。
 セネルは小さく頷く。

「…それで、セネルさん、一体何の話ですか? わざわざ皆を呼び出すなんて」
「ああ。悪かったな、いきなり」
「悪いと思うなら遅れるな馬鹿者」

 全く許しがたい、という顔で腕を組むウィルに頷いて、セネルは全員に向き直る。
 右前からウィル、シャーリィ、ジェイ、モーゼス、クロエと、丸く円陣を組んで、左前にノーマ。
 その顔を頭に焼き付けるかのように、順に眺めて。
 最後にノーマと頷きあった。

「はーい。はい! 突然なんだけどねーみんなに聞いて欲しいことがあるの」

 口火を切ったのはノーマで、突然の大声に、その隣にいたクロエがびくりと半身引く。
 軽快な動作でノーマは立ち上がり、立ちっぱなしのセネルの横に立つ。
 まだ状況が掴めずにいるメンバーをしっかりと見回して。
 隣のセネルに腕を絡めながら、小突く。
 その行為に反応したメンバーに気付かないふりをして。

「ほら、セネセネっ」
「ん。ああ」

 セネルは静かに笑う。

「みんなに集まってもらったのは、俺とノーマの事なんだ」
「そーそー」

 まだ、メンバーの顔は理解に及ばない。
 だから。

 口にしよう。
 決定的な、言葉を。

「付き合ってるんだ。俺達」

 セネルの言葉に、どこか、空気が、固まった。
 ひどく、重い口を無理やり動かして、クロエは呟く。

「な、何を…言っているんだ? クーリッジ」
「そっ、そうだよお兄ちゃん! なんで!? なんで!? う、嘘、なんでしょう…!?」
「…笑えない冗談ですね。セネルさん」
「そうじゃセの字! 冗談にしても笑えんぞい!?」

 立ち上がった4人に対して、ノーマは不満そうに口を尖らせた。
 セネルの腕を掴む手に力がこもる。それを気付かせないよう手を離したノーマは首の後ろで両手を組んだ。
 意識して、なんでもない声を装う。

「そんなに意外だったかなー。あたしがセネセネが好きなことー」
「っっ」
「ノーマ!? お前、そんなこと一言も…!」
「別に、わざわざ言うようなことでもないしさー。ねぇ、セネセネ」

 セネルは頷く。先程離されたばかりのノーマの手を、今度はセネルからつなぐ。

「付き合い始めたのは結構前だったんだが、言う機会もなかったしな」
「うっ、うそ…っ。嘘だよ、ねぇ、お兄ちゃん!」
「シャーリィ…嘘じゃないんだ。ごめんな、言ってなくて。皆にもすまなかった」
「そういう問題じゃ、ないでしょう」
「そうじゃ! セの字! 嬢ちゃんのことをどう思ってるんじゃい!」

 モーゼスの怒鳴り声に、セネルはシャーリィに顔をむける。
 信じられない、そう、愕然とする妹を見て。
 静かに視線をそらした。

「シャーリィのことは大事に思ってるよ。当たり前だろ? 大事な妹なんだから」
「お…おにい、ちゃん…?」
「クーリッジ!!」

 予想通りの反応と、怒声。
 だからセネルもノーマもそれには揺らがない。
 どうして怒る? そう問いたげな表情で、セネルはクロエを見つめて。

「クロエも、ウィルも、モーゼスも、ジェイも、俺達にとって大事な仲間だ。だから、聞いて欲しかったんだ」
「………それで、今回皆を集めたのはそれを言うだけか?」

 ただ一人、泰然と構えていた男の静かな問いかけに、セネルとノーマは目を合わせて、小さく笑った。

「さっすがウィルっち! お目が高い! それだけじゃないんだなー、実は」
「…どういうこと、ですか?」
「あたしね、決めてることがあるの」
「決めてることじゃと?」

 ノーマはいつものように笑って、セネルの手ごと腕を振る。

「うん、一回ね、大陸に戻ろうと思うんだ。学校卒業するためにもそろそろ戻らないといけないし」

 再び空気は凍り付いて。
 一拍遅れて驚愕の声が幾つも漏れる。

「え…!?」
「かえ…る?」
「大陸…にじゃと!?」

 その全員の表情をセネルは見回して、告げた。 

「俺もそれについていくつもりだ」
「お兄ちゃん!?」
「セネル!?」
「クーリッジ!?」

 重なった声にセネルはひるむこともなく、ノーマと顔を合わせて静かに笑う。
 ひどく穏やかなそれに、全員が息を呑んだ。
 入り込めない空気をそこに感じた。
 例え共犯者同士の繋がりではあっても、それは確かに、仲間たちの知らない2人の絆。
 そんな空気、誰も知らない。

「ノーマと一緒に居たいんだ」

 決して大きくはないその声は全員の耳に届く。
 まるでそれは、最終宣告。

 告げられた言葉に、しん、と部屋が静まり返った。

 セネルが握り締めた手に一瞬力をこめると、それに対する返答のようにノーマの手に一瞬力がこもる。
 密やかな合図は誰にも気付かれない。

「船のチケットは、もう取ってあるんだ」
「え?」
「湿っぽいのって嫌だからさ。明日出発しようってセネセネと決めたの」

 唖然とする仲間をよそに、セネルとノーマは言葉を重ねる。

「一生会えなくなる訳じゃないんだもん。思いたったが吉日って言うしねー」
「早いに越したことはないしな」
「そーそー」
「まぁ、皆に集まってもらったのはこれを言いたかったからなんだ」
「そーいうわけで、今日はもうかいさーん。ありがとね、集まってくれて」

 そう笑うノーマに、誰も言葉を返せなかった。
 頷いたセネルにも、そう。

 呆然とするばかりの仲間を置いて、2人は一番初めに揃って外に出る。

 ゆっくりと、扉を閉めて。
 パタリと扉の閉まる音がして。

 それを合図にするように、猛ダッシュで走り出した。
 庭を出たところで丁度乱暴に扉の開く音がしたので、意識せずに2人息をつく。

「どうする?」
「どうするも何もとりあえず逃げ切るべき、だろ」
「そだね!」
「また後でな!」
「うん。待ってる!」

 短いやり取りを残して、2人は反対方向へと駆け出す。
 後ろで仲間たちの困惑する声。
 ごめん、と心の中で呟く。
 ごめん。本当にごめん。
 気持ちを向けられて返せないのはとても残酷なことで、返されないのはとても辛いことだと知っているから、自分たちは逃げる。
 それはもしかしたらずるい選択かもしれないけど、気持ちを返せないと知っていて、それでも真正面から向き合える程強くないから、セネルとノーマはとにかく逃げた。

 逃げ切らなければならなかった。
 自分のためにも自分達のためにも、仲間のためにも。
 それがどれだけ自己中心的なエゴでしかなくても。









「行こうか、セネセネ」
「ああ。行こう」

 あらかじめ決めてあった合流地点で落ち合ってからは、ひたすら走ってここまできた。隠していた船を引きずり出して、2人で乗り込む。
 明日の船のチケットを取ったのは本当。
 けれども使うことのないチケットだ。

 灯台の街ウェルテスとはまるで違う、自分達だけの港。
 準備は少しずつ少しずつしていて、それを仲間達に悟らせないようにするのはとんでもなく大変なことだったが、お互いにお互いの行動を誤魔化す形でなんとかここまで来た。
 あちらには遺跡船一の情報屋がいるのだから用心に用心を重ねるほかない。
 味方なら心強いが、敵に回すと実に恐ろしい相手だった。

 セネセネの操縦で船に乗り込んで、2人、振り返る。

「あたし達ずるいねー」
「分かってるさ」
「………でもねー幸せになって欲しいのー」
「ああ…分かってる。……だから、泣くな」
「うぅ〜〜〜〜〜」

 俯いて拳を握り締める少女の頭を抱き寄せて、セネルはもう一度遺跡船と向き合う。
 誰よりも大事な"彼女"が眠る場所。
 "彼女"が導いてくれた、大事な仲間の出来た場所。

(さよなら…ステラ)
(バイバイ…ししょー)

 同時にセネルとノーマは心の中で呟いて。

 そして、もう、振り返ることはなかった。
2010年6月19日

TOLってここでは何気に初。100題とか拍手では書いたりしてるのですが。
なんというか、超自分勝手なセネセネとノーマの愛のない逃避行です。
セネセネとノーマには一途に想っててほしいというかなんというか…。や、普通にセネノマも好きなんですが、お互い引きずってていいよ。でもいつかはちゃんとお互いがお互いの2番目になるんだよ。それを認めていちゃついてればいいよ。…セネノマの時点でわりとマイナーだって分かってる、よ…。

セネルはテイルズ主人公の中で一番好きww 数少ない(気がする)突っ込み主人公。
レジェキャラはセネルとステラとノーマとジェイとモーゼスとグー姉贔屓…って多いな(笑)
とにかくレジェは嫌われがちだけど楽しいよ〜。AIのおバカさ加減と一部シナリオと疲れるワールドマップがなければもっと良いと思うww 音楽は神。愛してる。