2010年12月
カツン、と雑踏の中聞き慣れた音がした。
意識すらせずにその音を追いかける。
音は真後ろまで近づき、一拍。
さて、何がくるのかな、なんて余裕を持って考える。
名前を呼ぶ?
肩をたたく?
手をにぎる?
前にまわる?
何にしても振り向いた先には、あの捉えようの無い穏やかな笑顔が広がっているのだ。
顔には出さずに笑う。
自分の歩く速度は変えない。
彼女はそれを追いかける。
自分はその足音を追いかける。
いつまで続くのか分からない螺旋構造。
けれど、不意に音が止まる。
崩れた螺旋に思わず立ち止まる。
「ジュディ?」
不思議に振り返れば、矢張りあの、捉えようの無い笑顔。
一瞬で彼女の香りが広がる。
唇に当たる柔らかな感触。
胸元に当たる彼女の身体。
「―――悪い人ね」
くすりと笑って、すれ違いざまに呟いた彼女はまたも歩き出す。
街のど真ん中で、あまりにも堂々とした一瞬の触れ合い。
あまりにも堂々と、そしてさり気なく、誰一人と気付かなかったであろう触れ合い。
それは幻だったのではないかというくらいの一瞬。
「―――やられた…」
雑踏の中でカツンとヒールがなる。
追いかける聞き慣れた自分の足音。
彼女は速度を変えない。
自分は彼女を追いかける。
さぁ、何を仕掛けようか。
...モドル?
2011年4月
「あ、あの、ユーリ!」
「エステル? どうした?」
「あのっ、私! 好きです! 大好きです! 愛してるんです!!!」
「はぁっ!? ………ちょ、落ち着けエステル!」
まっすぐに詰め寄ったきたエステルに気圧されて、ユーリは後退する。
勢いがありすぎるエステルの肩を押して、動きを止める。
「だから、あのっ、お願いです、一日でもいいんです!」
「いや、何がっ」
「お願いします! ラピード貸して下さいっ!!!!!!」
は? とユーリの思考が停止した瞬間、エステルの力がユーリの力を超えて、二人は綺麗にぶっ倒れた。
「で、貸してあげたの?」
「いや、貸したっつーか、見かねたラピードが付き合ってくれてる」
「まぁ。素敵」
くすくすと笑うジュディスに、ユーリは深い深いため息を吐いた。
一日中戦っていた時より消耗している気がする。
「貴方は、あの子に振り回されてばかりね。とても楽しそうだわ」
「冗談。さすがに焦ったっての」
「あら、光栄なことじゃない。女の子にあそこまで言ってもらえるなんて凄いことだわ」
「…ラピードがな」
というか、聞いてたんなら助けてくれ。今更といえば今更なことを考えて尚も息を吐く。
エステルに押し倒された後、どこかでか見ていたらしいジュディスが助けてくれた。主にエステルを。前から思っていたことだが、ジュディスはエステルとリタにはとても甘い。女の子相手だからかと思えばパティにはそうでもないから、あの2人が放っておけないだけだろう。
その気持ちは分からないでもない。
どこか強かでちゃっかりしているパティの方が、エステルやリタより余程安心してみていられるのだ。
2人、大木にもたれて、エステルとラピードを眺める。
エステルは一生懸命ラピードに話しかけて、幸せそうに笑っている。ラピードも諦めたのか、エステルの好きにさせている。
その光景は一面の花畑の中にいることもあって、とてもよくできた一枚の絵画のようだ。
「残念だったわね、貴方のことじゃなくて」
くすり、と笑う女の声に、ユーリの口がへの字を描く。
だが、それもつかの間だった。
ユーリの体が反転し、大木と伸ばした腕の中にジュディスを閉じ込める。
「ユーリ?」
あまりみられない、ジュディスの少し驚いた顔に気をよくして、ユーリは笑う。
「ジュディ、焼いてるだろ」
「………」
何を言われたのか分からない、という顔から、じわりと驚愕が広がり、白い頬に朱が走る。戸惑う瞳が珍しいし可愛らしくて、ユーリは尚も笑った。
2人の距離が0になるまであと少し。
...モドル?
2011年5月
仲間と歩いている時、一瞬だけ目が合った。
ほんの一瞬の交差。
その交差が全て。
視線がさ迷う。
周囲をぐるりと回って。
手と手が合わさる。
絡み合った指と指が次の瞬間には解けて。
ほんの少しだけ傾いた彼女と
ほんの少しだけ傾いた彼と
その影が交じり合って。
唇が重なる。
仲間達は会話に夢中で気付かない。
ラピードとパティが真横を走り抜ける。
カロルとリタとレイヴンがどつきあう。
フレンとエステルが本の話で盛り上がる。
背中に走る緊張。
身体を巡る快感。
既に離れた身体。
再び指が重なる。
目が合う。
―――もう一度
言霊の無い欲望に唇が重なる。
歩く速度は変わらない。
器用に歩幅を合わせて、器用に唇を合わせて。
その目は快楽に溺れながらも、前を歩くメンバーを警戒している。
ひとしきりお互いを味わって、指を離す。
くすくすと笑うジュディスからユーリは視線を逸らし、気だるそうに頭をかいた。
仲間には気付かれないように、というのが中々に緊張感があって。
楽しくて。
後ろめたくて。
でも気持ちよくて。
「癖になっちゃうわ」
「こっちの台詞だ」
全くいつもの調子で2人はそんなことを呟いた。
...モドル?
2011年6月
「へぇ」
不躾な声にジュディスは動きを止める。ほつれた髪をもう一度結い上げるために解いたところだった。腰まで落ちた長い髪だけが揺れる。
その髪を手櫛で整えながら振り返ると、面白そうに輝く紫水晶の瞳がジュディスを見ていた。
ジュディスを見ていて、ジュディスではないものを見ている。
「何かしら?」
視線の行方に疑問を感じて問いかければ、男は静かに笑いながら答えを明かす。
「髪、思ったより長いんだな」
予想外の答えにジュディスは三度目を瞬かせて、いつもの微笑にて答える。
「そうかしら?」
「ああ、俺より長いんじゃねぇの?」
そうして男は自分の髪をつまみながらジュディスの隣に並ぶ。
常に踵の高い靴を履くジュディスと男の身長差はほんの僅かだ。
並んで、同じように首をひねって髪の行く先を見守る。
「ほら」
「そうね。…長さなんて気にしたことなかったわ」
「そうなのか?」
「ええ。纏めてしまえば同じだもの」
「纏めるのが面倒だろ」
そうかしら? ともう一度呟いたジュディスの髪を男はすくい上げ、指に絡める。
そのさわり心地が極上で、男は満足げに息を吐いた。
「ユーリ?」
ジュディスの声に、なんでもないと男は手を開く。
さらさらと零れ落ちる長い髪を無言で二人は見つめて。
未練のようにもう一度手を伸ばした男をあざ笑うかのように、ジュディスは髪を持ち上げる。
「ジュディ」
「あら、なにかしら?」
「……」
中途半端に伸ばされた手をそのままに、男はつまらなそうに口を閉じ。
実に愉快そうにジュディスは笑う。
「続きはまた後で、ね」
その言葉が本当になったのかどうかは二人だけの知る秘密。
...モドル?