『つかの間の休息』








 いつ始まったとも知れぬ戦闘がようやく終わり、ユーリは息を付いた。
 全身の熱がじわじわと落ち着いてくる。
 すぐ近くには、今の今まで背中合わせに戦った仲間の姿。
 ジュディスはまるで戦闘などなかったような自然さで佇んでいるが、瞳を閉じて、深い深呼吸をすることで息を整えている。
 他の仲間は、と、視線をめぐらせてみれば、少し離れた場所でレイヴンがリタにどつかれていた。どうせまた何か変なことでも言ったのだろう。
 エステルはフレンの怪我の治療にかかっていて、パティとカロルは座り込んで休憩中。二人を警護するようにラピードが付き添っている。
 さすがに疲れたのだろう。体力のある方だと自覚している、成人男子のユーリですらこの有り様なのだから。
 魔物が強かった訳ではないが、その数がとにかく多かった。自然と戦闘は長引き、疲労も蓄積される。

 ハードな展開ではあったが、仲間の誰もが大きな怪我はないようだ。
 視線をずらして、ユーリはすぐ近くの仲間に呼びかける。

「ジュディ」

 ひょい、と手を挙げたユーリの意図に気がついて、ジュディスもまた手を挙げる。

「お疲れ様」

 パンッ、と、高い位置で鳴り響いた手のひらがぶつかり合う音に、満足気に笑った。
 一旦は離れた手の平を、どちらともなく繋いで、自然身体が寄り添う。
 ジュディスが手を軽く引いて、引かれた分だけユーリは身体を折り曲げる。
 丁度ユーリの耳元でジュディスは囁いた。
 
「お腹の横の方、怪我したでしょ」
「―――…なんでもお見通し、ってか?」
「ふふ。私、目はいいの」
「そうだった、な」

 笑って息をついたユーリに、ジュディスは笑みを消した。
 その視線はユーリの腹部に向いている。服が黒いために目立たないが、良く見れば血の染みが浮き出ている。もっとも魔物の返り値をところどころに浴びているので、誤魔化せる程度ではあるのだが。

 他の仲間たちが、こちらを気にしているようすはない。

「フレン!」

 仲間に向かってゆっくりと歩きだしながら、ユーリはもっとも長い付き合いの友人を呼んだ。
 彼の突然の行動にもジュディスが気にする気配は全くない。むしろ何事もなかったような自然さで、ユーリの横をすり抜けて、休憩中の年少組の元へ向かった。
 それを視界の端に収めて、ユーリは内心苦笑する。フレンに周囲の様子を見てくる、と仕草で伝えると、彼はその意を読み、「なんです?」と問い掛けるエステルに答えながら、分かった、と仕草で示した。
 持つべきものはよく出来た親友である。





 中々に立派な樹木の、張り巡らされた根は自然の椅子だ。ありがたく腰掛けて待つ。
 待ち時間は少なかった。
 ほんの数分だろうか。気配に、伏せていた顔を起こした。
 最初に目に飛び込んできたのは、眩しいほどの白い太もも。仰ぎ見る前に、ジュディスが腰をかがめてユーリと視線を合わせた。

(いい眺めだったのにな)

 しれっとそんなことを考えながら、よぉ、と口の端で笑う。

「待たせちゃったかしら?」
「いんや、そんなに待ってねーよ」

 事実を告げて、もともとはだけていた服に手をかける。血で張り付いた服に、さすがに眉を顰めた。
 辟易して乱暴にはがすと、黒ずんだ傷口が見えてくる。

「かすめただけみたいね」

 そう、手にもっていた水筒から、布に水をこぼして傷口に当てる。
 優しい触り方だったが、水の冷たさに小さく声が漏れた。

「痛かったかしら?」
「いや、冷たかっただけ」
「そう」

 必要最低限の言葉をかわす間にも、ジュディスは次々と処置をすすめていく。一人旅が長かったせいもあってか、ジュディスの応急処置の手際は見事なものだ。医療の知識も深い。多分それは、身に付けなければ生きていけない技術と知識だったのだろう。
 応急処置の道具はちょっとした荷物だった筈だが、仲間にはどう伝えて抜けてきたのだろうか。
 ジュディスの揺れ動くつむじを見ながら、心配はいらないか、と笑う。
 彼女が突然姿を消すのはいつものことだし、そういう時の彼女は本当に気配がない。

「これでおしまい、ね」

 はだけたままでも見えないように、あえて包帯は巻かない。ジュディスは最後に処置した傷の上をひとなでして、手を離した。

「エステルに心配かけたくないのも分かるけど、過ぎると迷惑になるわよ」
「耳に痛いな」

 言いながらも笑って、服を羽織った。
 まったく反省の見られない態度だったが、ジュディスも特には追求しなかった。多分、これから先も同じような事がある、ということを察しているのだろう。ユーリが行動を変えることがないことも。

「あいつは心配症なんだよ」
「あら、貴方も似たようなものでしょう?」

 微笑んで、ユーリが誤魔化した事々受け入れるジュディスに、肩をすくめた。全くもって見抜かれている。
 エステルは他人の傷に敏感だ。人一倍心配症で、小さな傷でも回復しようとする。あれだけの戦闘があったあとでは相当の負担だろう。
 たとえ限界ギリギリでも目の前に傷ついた者がいれば、手を差し伸べずにはいられない性分だ。それで自分が倒れようとも、彼女は構わないだろう。
 構うのはその周囲だ。そんなことになれば、エステルに大して過剰反応するフレンとリタも、同時に使い物にならなくなる。

 などと理由はいくつもあるが、結局のところ、エステルに無理をさせたくはないのだ。

(いちいち自分の方が痛いような顔するからな…)

 そういう顔は、できる限り見たくない。
 それはジュディスにとっても同様なのだろう。

「―――…そろそろ、行きましょうか」
「っと」

 立ち上がりかけていたジュディスの腕を、考えるよりも早く捕まえる。軽く引っ張っただけで、不意をつかれた彼女の身体は倒れ込んできてくれた。
 すとん、とユーリの両足に乗ったジュディスは、突然のことに目を瞬かせる。そういった、まるで無警戒の、驚いている時の顔は、いつもよりずっと幼くて歳相応に見える。

(だから、悪戯したくなる、っていうか)

 自分の思考に、子供か、とツッコミを入れて、ジュディスのなめらかな腰に手を回した。両手をジュディスの後ろで繋げて、その肩口に額をのせる。

「………どうしたの?」
「充填」
「甘えん坊さんね」
「たまには、な」

 ユーリのよく言っている言葉に、ジュディスはくすくす笑いながら、その長いツヤのある髪を撫ぜる。
 長い戦闘で、さすがに汚れがこびついているしほつれている。それを丁寧にほぐして、ジュディスもまたユーリの後ろで両手を重ねる。

「たまには、ね」

 無条件に受け入れてくれたジュディスに感謝。本当は、たまにはどころじゃないのだ。

 昔なら、自分がこんな風にして人に甘えるなんて考えられなかった。
 付き合いの長いフレンに甘えることはあるが、それは信頼をもとにした精神的なものであって、こうして寄り添うようなものではない。というかそうだったら気持ち悪い。
 女と付き合ったことはあるが、深くのめり込む程の恋愛はしたこともない。別にしたくなかった訳でもないが、そう思えるだけの女に出会えなかった。適当に付き合うのも面倒で、ユーリの女性関係は実に淡白なものだ。
 肩肘張って生きてきた所為もあってか、ユーリは人に甘えるという行為自体苦手なのだ。
 大体、性格的に甘えるより甘やかすことの方が多いし、人に甘えるのは格好悪いとか、そういった感覚がどうしても拭えないのだ。

 だから、今でも不思議に思うことがある。
 自然に甘えてしまっている自分に。

「ジュディ、怪我は?」
「大丈夫よ。私、貴方に守ってもらってるもの」
「………そういう事をよくもまぁさらりと」
「貴方もよく恥ずかしいこと言うじゃない」
「そうか?」
「そうよ」
「だったらそれは…ジュディ限定だろ」
「…そうかしら?」

 言いながらも、ジュディスもまたユーリの肩に顔をうずめた。きっと今、顔が赤い。

「ほんと、ジュディは可愛いよな」

 ぴくりと、動揺して身体が震えるのが楽しくて、意地悪くユーリは笑う。
 普段何事にも動じないジュディスが、ユーリの言葉に反応をかえす。その事が喜びを伴うようになったのはいつか。
 最初は純粋な驚きだけだったはずが、ジュディスの事を知っていくたびに、一緒に過ごす時間が長くなるうちに、彼女の違う一面を見るのが楽しみになった。隙のない彼女の、時折見せる歳相応の顔がもっと見たくなった。

「充電終了、っと」

 言葉を合図に二人の距離が離れる。
 ほんの少し唇を尖らせて睨みつけるジュディスの姿は、まったくもって可愛らしかったので、ユーリは屈託なく笑った。

「貴方といると調子が狂うわ」
「そりゃこっちの台詞だ」

 お互い様な台詞を吐いて、二人は歩きだした。
 そろそろ帰りが遅いのを心配して、仲間たちが探しに行ったほうがいいのか話し合っていることだろう。
2011年11月19日
こっそりとイチャイチャしてるユリジュディが好きです。
堂々とイチャイチャしてても好きです(笑)