『愛の奇跡』







 はい。と差し出されたものを一瞬、理解することが出来なかった。
 自分よりも小さな、でもARMを使わせたら超一流の腕前をもつ女の子の手のひら。
 そばかすが浮いた愛らしい顔は、全然違う方向を向いていて、でも自分の行動に気をつけているのが分かる。
 その白い顔が赤く染まっているのは、辺りを照らす赤い夕焼けのせいか―――。

 可愛らしくラッピングされた包みが、自分に受け止められるのを待っている。
 中身は知っている。甘いチョコレート。今日はそういう日だから。
 朝からいろんな人から渡されたものだ。
 どうやら結構呆けていたらしく、彼女はいらいらしたように黄金に輝く頭を振って僕をにらみつけた。

「いらないの!?いらないのなら…」
「ま、待って!もちろんいるよ」
「何よ。迷惑そうな顔してたくせに」

 慌てて彼女の言葉を遮った僕に、唇を尖らせてまたも顔を反らしてしまう。

「ジェーンにもらえるとは思ってなかったんだ…」

 正直なことを言うと、ジェーンは眦を吊り上げた。
 そんな顔もまた可愛いと思う。

「あんた、私をなんだと思ってるわけ?ちゃんとみんなにも渡してきたわよ!!」
「そうなの?」

 その言葉に正直がっかりしてしまう。
 結局彼女にとって自分は仲間の一人でしかないのだ。
 僕は今日もらったチョコのどれよりも、このチョコが欲しかったというのに…。

「もうっ!早く受け取りなさいよっ!!」

「あっ!ご、ごめん!!」

 一向に受け取る気配がない僕に痺れを切らして、ジェーンが僕の手をとってその上にラッピングされたチョコを乗せる。

 ―――ふわりと、甘い香りが漂った。

 その匂いの正体に、目を見張って…小さな手を思わず掴んだ。
 ジェーンの体がびくりと硬直する。

「なっ…何よっ!」
「ジェーン……もしかして…これ、手作り…?」
「―――!!」

 彼女の目が見開かれたのを見て確信した。

「やっぱり…」

 うれしくて顔が緩むのを止められない。
 ジェーンの髪や体からチョコの匂いが、甘く優しく漂っている。自分で作らなければ体中にチョコの匂いなどつかないだろう。手作りならこんな時間になってしまったのも納得できる。
 やはり、そっぽを向いたままのジェーンの頬の赤みが、今なら夕焼けのせいでないのが分かる。
 体全体が熱を持っているような感覚。
 2人ともがロディの手からチョコが抜け落ちたのに気付かなかった。

「離しなさいよっ!」
「いやだ」

「…!…ロディ!?」

 即で返された言葉に、思わずロディを真っ向から捉えて、目をぱちぱちさせる。
 優しく捉えられた手が熱い。
 穏やかな笑みを浮かべた少年が一歩近づく。
 驚いて、思わず一歩引いた。

   ―――トン、と…肩が何かにぶつかる。

 慌てて振り返るとそこには、ひどく育った大木がそびえ立っている。

(―――何でこんなとこにっ!)

「ジェーン…」

 不意に、耳元でささやくような穏やかな声が聞こえて、全身の力が抜けそうになるのをこらえる。

「ろ…ロディ!?」

 ぱっと振り向くと少年との距離がほとんどない。
 顔に熱が集中するのが分かった。
 咄嗟に顔を反らそうとして―――出来なかった…。
 視線が絡まり、ロディの瞳がジェーンの姿を映している。
 それほどの至近距離。

「なっ…何よ!!」
「みんなの分も手作りなの?」

 まるで、分かっていることを確認するような声音に眉を潜める。
 優しい視線から目を放すことが出来ない。
 ただ手をとられ、見られているだけ。
 それだけなのに、ジェーンの身体は金縛りのように動けなくなっていた。

「それとも…僕だけ?」

「なっ!」

「違うの?」

 反射的に違うと言おうとして、それはロディによって拒まれた。
 一瞬、頭の中が真っ白になって、すべてが止まった気がした。
 柔らかい唇の感触。
 自分より大きなそれに声を奪われた。

(―――なに…?)

 なんだっけ?
 知っているはずなのだが、ぽん―――と頭から抜け落ちている。
 今起こっているのは…これは…
 これは…


 ―――キス…?


 混乱した頭の中でようやく答えにたどり着いて、余計にパニックに陥った。
 強引なわけでもなく、ただ唇を重ねるだけのキス。
 目を2、3しばたかせる。
 まだ、状況がうまくつかめない。

 ―――どうしてこうなったんだっけ?

 だんだんと息苦しくなってきて、いまだ握られたままの手のひらを強く握る。
 それを合図にしたように、ぱっ―――とロディが身体を離した。
 自由になった唇から肺に酸素を送り込む。

「いっ!いきなり何すんのよっ!!」
「ごめん」

 酸素不足に喘ぎながらも、一息で言い切った少女の頬に手を伸ばして、水滴を拭い取る。
 ロディにとっても衝動的な行為だったから、謝るほかになかった。
 息を乱して、驚愕に目を見張り、ぽろぽろと大粒の涙をこぼす少女は、夕日の光を浴びてひどく美しかった。
 ロディの行為に、自分が泣いている事に気付いたジェーンは、乱暴に目をこすり、涙をぬぐう。
 ぷい―――と横を向いて、何やら余裕のある様子のロディに腹がたった。

「―――好きなんだ」
「……は?」
「ジェーンは、僕が…嫌い…?」
「な…何言ってんのよ!?」

 やたら真面目な顔で、たずねてくる少年に、呆れるを通り越して脱力してしまった。
 木の根元にへなへなと崩れ落ちる。

「じぇ…ジェーン…?」

 少し気弱で、優しくてお人よしで…なのに誰よりも強くて…。
 気付いてみれば、バカみたいに惹かれる自分がいた。
 横目で伺いみると、自分と同じように座りこんで、どこか不安をにじませた瞳で真剣にこちらを見てくる。
 捨てられた子犬のような、あどけない瞳―――。
 それを見ていると、さっきのロディの行動があまりにもらしくなかったことがよく分かった。
 なんだか、どっと疲れて大きなため息をつく。
 それを見て、ロディがびくりと身をふるわせた。

「っていうか…先にそっちを言いなさいよ…」

 ポツ―――と呟かれた言葉に、ロディが「え?」と聞き返すよりも早くジェーンが動いて……さっきの状況とはまったく反対の状況が生まれた。
 小さな唇がロディの唇を塞ぐ。
 間近に映る、目を閉じた少女の顔。

 ぱち―――と瞬きをすると、彼女はもう身を離していて自分に背を向けて立ち上がる。
 本当に一瞬だけの軽いキスに、一拍おいてロディの顔が真っ赤になった。
 自分から仕掛けたときにはそんなにもなかったが、するのとされるのでは全然違う。

「ロディ」
「ジェーン…?」

 真っ赤な顔で彼女の細い後姿を見つめる。
 ジェーンは両腕を高く上げて伸びをすると、くるりと振り返った。
 スカートがふわりと揺れて、黄金色の長い髪が夕日に紅く染まりながらゆったりと風に舞う。
 夕日を背に立つジェ−ンは、まるで女神のように美しく…神々しかった。

「あたしも、アンタのことが好きよ」

 そう言って…ロディが何よりも好きな笑顔で、にっ―――と笑った。
 思わず見惚れてしまったロディは、ジェーンに「はい―――」と、チョコを渡されるまで身動きできなかった。

「あ、ありがと」
「もう、落さないでよねっ!」
「うん。もう絶対に離さないから」

 自分を見て言われたその言葉に、視線を逸らして鼻をこする。

 ―――風が舞う。

 ロディのバンダナとジェーンの緩やかなカーブを描く髪が宙を舞い、激しく絡み合った。
 突然の突風に目を細めて、2人はどちらからでもなく、ごく自然に手を繋ぎ、歩き始める。

 2人…一緒に―――。
 ―――今日この日に感謝しながら。


 聖バレンタインデー


 女性がチョコレートを好きな人に渡す日。

 その日は
 ガーディアン ラフティーナが様々な”愛の奇跡”を起こすのだ―――。
かなり暴走気味なのですが、読んでいただき本当にありがとうございます。
ロディvジェーンが大好きです。
無印しかやってませんが大好きです。
 セシリアは嫌いではないですが、ジェーンが出てきたときから邪魔者へなりましたuu
(いや嫌いではありませんよ?ほんとに。 誰か他の人と幸せになってほしいものですが、丁度いい相手が居ないのが悩みどころ)
しかし、はずかしい題名ですね(笑)
ボス戦では毎回使い回していた覚えがあります。