『彼が切れた日』






(あ〜〜〜〜〜もうっ!!うるっさいわねぇ〜〜〜〜〜っ!!)

 目の前の食事をつつきながら、ジェーンの忍耐力は限界を超えようとしていた。
 宿の食堂でカウンターに座り、食事をするジェーンの隣に渡り鳥らしい大男が座り、さっきからずっとなにやら自慢話をしていた。男の手には大きなジョッキがあり、酔っ払っているのは誰の目にも明白で、思いっきりジェーンに絡んでいるのだが、その身体の大きさと渡り鳥の力を恐れて誰も止めようとはしない。ちらちらと同情するような視線を向けてくるがそれだけだ。

 マクダレンは旅に必要な買い物に行き、ジェーンはARMのパーツを揃えるために別行動をとっていた。今はそれが悔やまれる。
 食事中は騒ぎを起こしたくなくて、横からちょっかいを出してくる大男を無視していたジェーンだが、顔に酒臭い息を吹きかけながら、肩に手を回してきたときにはさすがにぎょっとしてARMを掴んだ。

 同時に


 ―――パァン


 ひどく乾いた音が鳴り響き店中が震撼する。

「えっ!?」
(あたしはまだ撃ってないわよっ!?)

 ARMを男に突きつけようとしていたジェーンは、驚いて視線をさまよわせる。

 パンッ―パン―――…

 続いて2発。
 男の手がジェーンの肩から滑り落ちる。

 え?と、ジェーンが顔を向けると、男の頬に一筋の血が流れている。加えてかすかな硝煙の匂いと肉が焦げた匂い。後の2発はジェーンの肩にのっていた男の手の甲と、そろそろ残りの危ない髪のてっぺんで、綺麗に髪が焦げている。
 どうやら弾があたったのはこの男らしく、ジェーンは目をしばたく。男の視線をたどり、ジェーンはようやくARMを撃った人物を見つけることが出来た。

「ロ……ロディっ!?」

 あまりに予想外な人物に、ジェーンは目を丸くする。
 ARMを構えたまま物騒な顔つきをしたロディは、そのまま男に近づくと至近距離で睨みつけ、まだ熱を持っているであろうARMの銃口をあご下に突きつけた。その動きはなめらかなのに素早く、誰一人動くことが出来なかった。

 こういったときロディの鮮烈な赤い瞳は人にはっきりと恐怖をもたらす。
 それでなくとも、今のロディの殺気だった雰囲気や形相には、熟練した渡り鳥でもあっさりと逃げ出すだろう。
 実際震え上がった大男はロディの視線に射止められ、ほぼ涙目状態である。

「次やったら、殺すよ?」

 妙に凄みのある笑みを浮かべて、さわやかに食堂に響き渡った少年の声に全員が背筋を凍らした。
 静まり返った食堂でロディは固まっているジェーンを肩に担ぐ。

「え?ちょっちょっとロディ!?」

 急に持ち上げられたジェーンはびっくりして、ロディの背中に手をつく。
 問答無用でずかずかと食堂を横切るロディに、誰もが無言で道を開けた。
 パタムと扉の閉まる音。

 残された大男は白目をむいて失禁していた―――。



「ちょっとロディ!!アンタ一体何考えてんのよ!!あんなところでいきなり撃つなんてっ!!大体なんでここにいるの!?」

 ようやく頭の冷えてきたジェーンは背筋を使って身を起こしてロディの肩に手を突き、なんとかロディの顔を伺おうとする。
 町中の視線を浴びながら、一言もしゃべらずに町外れにやってきたロディは、柔らかな草が覆う地へジェーンを降ろした。

「ロディ!?」

 ようやく顔を見れたジェーンは、そのあまりに不機嫌なロディの顔に呆気にとられる。

「ジェーンのバカ」

 口調は単調で感情がこもっていない。それが余計に怖い。

「なっ…!!!!」
「あんなヤツに触らせるなんて許さないよ」
「はぁ!?」

 ロディの言葉にどんどん混乱の深みにはまっていく。
 ジェーンのむき出しの細いなめらかな肩。
 大男が手をつけた場所―――。

 すっ―――と、鎖骨をなぞるようにして肩を拭う。

「汚い」

 そう言って

 ジェーンの肩にロディが近づき、ひどく柔らかいものが肩に触れた。

「―――え?」

 ぱっ―――と頭の中が真っ白になったジェーンは、ぼぉっとロディの頭のてっぺんを眺める。
 その一瞬後…
 唐突に何をされているか理解した。
 それを感じた時、震えるような細い声がのどから漏れた。
 むき出しの素肌にロディが唇をあてて舐めている。

「ちょ…ロディっ!!!!」
「消毒」

 つぅ―――と、ロディの舌が肩をなぞる感覚に、身体中にいいようのない感覚がはしり、身を震わせる。ぎゅぅっと何かをこらえるように目を瞑った。

「…やっ……っ」

 震える吐息と共に漏れる声を抑えて、力の入らない手でロディの肩を押す。
 それに反応してかそれとも満足してか、すぅっと離れたロディにジェーンは恐る恐る目を開けた。
 ジェーン自身は気付いていなかったが、その時のジェーンの姿はロディの理性を吹き飛ばすには充分な力を持っていた。

 ふるふると開かれた瞳は潤んでいて、いつも強気に上を向いている細い眉が弱気に落ちている。ばら色に染まった肌が美しく、乱れた金髪が頬に落ちる。ロディの肩に置かれた手からジェーンの熱が伝わってくる。
 一瞬真っ白になって、気がついたときにはジェーンを押し倒していた。
 何をされたのか分からないジェーンはロディを見て、目をぱちぱちさせる。

「ロディ?」
「ジェーン…愛してる」

 耳元でささやくように言われた言葉に、ジェーンの体温が一気に上昇した。
 顔が勢いよく赤くなる。

「ロロロロロロディ!?」
「うん」

 至近距離で微笑むロディから逃げ場所を探してじりじりと身体を動かすが、ロディの両腕が顔の真横にあり動けない。

「ジェ−ンは?」

 にっこりと、これ以上ないほどの微笑を浮かべて、それでもなぜか妙な迫力のあるそれに、ジェーンは逃げれないことを悟った。

「…………………分かってるくせに……」

 ぽつ…と、落とした言葉にロディは笑みをさらに深めた。

「何のこと?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っつ!!!!!」
「ねぇ…ジェーン?」
「あーもうっ!!!分かったわよ!!好きよ!!!アンタのことがあたしは誰よりも好きっ!!!!!」

 怒鳴るように言ったその言葉に、ロディはぎゅうっとジェーンにしがみついた。

「なななな何よッ!!!!」
「嬉しくて…」
「………………バカ」

 痛いくらいに強くしがみついてくるロディにジェーンは顔を真っ赤に染めて応えた。


 とある昼下がりの出来事。


 その日の夜には、町中に少女を抱えた渡り鳥のうわさがひろがっていて、それを聞いた仲間達がうわさの真相を確かめに、ロディの部屋に殴りこんだとか、ジェーンを質問攻めにしたとか、切れたロディがゼットとザックを撃ちそうになったとか…そんな話。
黒ロディ登場
…マジっすかuu
なんかもう申し訳ないです。
黒ロディは普段はいつものロディです。行動とか言動の端々に黒さが光ります。
ジェーンに関するときだけ黒さ全開になります。
いやもう本当にロディ好きのみなさんすいません…。
普通の可愛らしいロディ君も大好きです(笑)