旅の途中に立ち寄った町に入ると同時、聞こえてきたのがこれだった。
「知ってるか!? 今この町にあの”カラミティ・ジェーン”が来てんだぜ!!!」
ロディもザックもセシリアも自然に足が止まって、まじまじとお互いの顔をうかがう。
旅をしている者同士が何の連絡もなく出会うなんて、とてつもない偶然だ。
だから、ロディはふと彼女の言葉を思い出した。
彼女の言葉はひどく乱暴だけど、その反面真理をついている。
『―――広いようでも、意外にこの世界は狭いわ』
豊かに波打つ黄金色の髪を瞼の裏に浮かべ、そうだね、と頷いた。
『素直になれない』
宿で手続きを済ませ、3人でこれからの予定を確認した後、ロディはすぐに部屋を出た。ザックとセシリアは買い物に、ロディはARMの調整に行く事になっている。
宿の受付の前を何気なく通り抜けようとして、足が止まった。
思い浮かぶ、明るい髪の少女。
迷うように幾らか足踏みをして、結局ロディは受付にジェーンの泊まっている部屋を聞いた。
宿の主人に聞いた部屋の前まで来て、ロディは深く息を吸う。
心臓がやけに落ち着かないのはどうしてだろうか。
「ジェーン…いる?」
扉の前で何回も躊躇しながら、ロディはようやっとノックと共に声をかけた。
「……その声はロディ様ですかな?」
「ロディ?」
2人分のひどく懐かしい声に、ロディは誘われるように扉を開く。目に入ってきたのは、ベッドに伏すマクダレンの姿と、その枕元で椅子に座って首だけをこちらに向ける少女。
大きなリボンが飾る細い黄金色の髪が軽く揺れる。
お互いに引き寄せられるように視線が絡み合い、逸らせなくなった。
目を見開いて驚愕をあらわにしているジェーンの姿に、いろんな感情が交じり合って、何故だか全身が固まった気がした。
深く息を吸い込んで深呼吸。
「お久しぶりです。マクダレンさん…ジェーン」
その言葉で、ようやくジェーンは我に返って、生き生きと目を輝かせる。
「ホント久しぶり☆ す…っごい偶然ねっ! どうしたの? 他の2人は?」
「今は買い物に行くって」
「へぇ〜〜〜〜。元気してた?」
「うん。元気だよ。…マクダレンさんはどうしたの?」
ロディの腕を引っ張って部屋に招きいれたジェーンは、その言葉に思わず動きを止めた。それはほんの一瞬で押し隠され、マクダレンはゆっくりと上半身を起こす。それによって彼の身にかけられていた布が落ち、上半身があらわになった。
しっかりした骨格に、バランスよく鍛えられた執事らしくない筋肉。その身体の肩から腰までは包帯でぐるぐる巻きにしてあって。そのことに、ロディは驚愕する。
執事とは言えマクダレンも渡り鳥。しかも相当な剣の腕前であることをロディは知っている。その腕前はザックを越すほどのものだ。
「私めがお嬢様の足を少々引っ張ってしまいました」
「マクダレン! バカ言わないでよね! あれはあたしのせいなんだからマクダレンに責任なんてないわっ!!」
「しかしお嬢様…」
「それに、まだ寝てなきゃダメっ! あと1週間は安静なんだから!!」
言葉半ばでまくし立てられたマクダレンは、一呼吸するとジェーンとロディに向かって微笑む。
「ロディ様、こんな格好ですいませんが…お嬢様と食事にいかれてはいかがですか?」
「え? でも…マクダレンさんは…」
「私はさっき頂きましたし、薬のために眠くなって参りました。大した歓迎もできずにすみませんが、お願いしてもよろしいでしょうか」
「ちょ…ちょっとマクダレン!?」
いきなりのことにぽかんとしていたジェーンは、焦ってマクダレンを軽く睨むが、いつものにこやかな笑顔でロディに頷いた。
「ロディ様。お嬢様をお願いします」
温かい、柔和な声に、ロディはそれ以上の抵抗を諦め、頷いた。それに、よく見ればマクダレンの顔色はよくない。本当はかなりの無理をしているのだろう。
「マクダレン……っ!!」
「ジェーン。行こう?」
ロディの言葉に、ジェーンは迷うように唇をいくらか開いて…きっちり一つため息をついてから閉じた。あきらめたように肩をすくめ、マクダレンをもう一度睨みつけると、出口に向かって歩き出す。
「ジェーン?」
「何やってんのよロディ。早く行くわよ!!」
「あ…うん!!」
この切り替えの早さも彼女らしいところであろう。
宿を出ると外は朝から変わらずくっきりと晴れていて、ジェーンは大きく伸びをした。猫のようなその動作にロディは笑う。
「んで、どこで食べる? って言っても、あんた達まだついたばかり?」
「うん。さっき」
「だったら店なんて知らないわよね〜。んっと…何食べたい?」
「えっ?」
「早く教えなさいよっ!!」
言葉は乱暴だったが、その瞳はひどく楽しそうに輝いていた。
ジェーンはロディが答えるよりも先に、どこどこが美味しい、とか、あそこはちょっと高いとか告げてくる。
その様が何だかあまりにも可愛らしかったので、ロディはあまり深く考えることもなく言った。
「ジェーンの好きなところでいいよ」
「何よそれ」
むっ、と眉間に寄せられた可愛らしい皺に、ロディは自分が解答の仕方を間違えたことに気づく。慌てて首を振ってから言い直す。
「ジェーンの好きなものが食べたいんだ」
「………まぁ、いいわっ。ええ。いいわよっ」
もう本当いきなり恥ずかしい事言い出すんだから…と、ぶつぶつとジェーンは呟いたが、それはロディの耳に入らなかった。
くるりとジェーンが身を翻して…ついでにひらひらのスカートやリボンや髪を翻したので、その鮮やかな橙色の動きに一瞬目を奪われた。ぽかんとして、ロディがその場を動けないでいると、それに気づいたジェーンが身体ごと向き直る。
「何してるの? 行きましょ」
そう、手を差し出されたから、ロディは少しはにかんでその手を握る。
思い返してみれば、この小さな手が自分を拒絶したことは一度もなくて、何故だかそのことが急に嬉しくなった。
「…なぁに笑ってるのよっ」
「えっ?」
「もう、さっきからずーーっと笑ってばっかり。何? あたしの顔に何かついてる?」
肩を怒らせる少女に、ロディは困ったように首をかしげて、曖昧に笑った。全然納得していない様子のジェーンだったが、道のど真ん中で言い争うのもどうかと思ったのか、掴んでいたロディの手をそのままに走り出した。
突然の行動に、勿論ロディがついていける筈もなく。
「えっ、わっ! じぇ、ジェーン?」
「何よっ」
「なっ、何で走るの!」
舌をかみそうになりながら、すばしっこいジェーンの動きに何とか合わせて、転倒するのは免れた。勿論ジェーンが加減していることもあるのだろうけど。
「走りたいからよっ」
「えええっ!?」
必死に走りながら聞いたジェーンの声はひどくひどく楽しそうで、結局ロディは弾む息はそのままに笑い出してしまった。
別にずっと笑っていたつもりなんてなかったのに、そう指摘されてみれば、確かにいつもより多く笑っていたような気もしたのだ。そう、今もこうして笑っているように。
走って走って、しかも笑いながら走っていた所為で、店の前に着いた頃にはすっかり2人の息は上がってしまったのだった。
それから2人で小さな店の美味しい料理を食べて、ザックとセシリアとも話して、マクダレンとも話して、そうしているうちにあっという間に時間は過ぎた。
5日間という長いようで短い時間はとても早くて、けれど、それだけの時間があれば、ロディのARMの弾丸の補給も調整も、食料や生活必需品の用意も、次に行く目的地までの場所の割り出しも、およそ必要と思えることは出来てしまって。
だから、そう、もうこの町にいる必要がない。
そう思った時、ひどく気が重くなった。
上手く呼吸が出来ない気がして、意識的に息を吸う。
なんで? と、眉を潜めて起き上がる。明日にはもう出発なのにどうにも眠れなかった。ベッドを抜け出すと、暗闇の中で扉を静かに開ける。
外に出て、空を見上げると眩しいまでに月が輝いていて、小さく感嘆の息をついた。丸い、温かな黄色をした月の光に惹かれ、なんとなく屋根の上に上ろうという気になった。宿の横に梯子が立て掛けられているのは知っていたが、これまでは上ったことがなかった。
そうして屋根の上に上ってみると、そこには既に先客がいた。
月明かりに照らされるのは、月にも負けない温かな黄金色。豊かに波打つ長い髪は月の光の中できらきらと輝いた。
僅かに息を呑んだロディの気配に気づいたのか、ジェーンは声をかけるよりも早く振り返る。
意外、という風に大きな瞳を更に大きくして、何度も瞬かせる。
「どうしたの? 明日は早いんでしょう? 早く寝ないと明日に響くわよ?」
「うん。ジェーンも」
「あたしは…いいのよ。まだ暫くはこの町にいるし。でも、あんたたちは違うでしょう?」
マクダレンの怪我はまだ全快には程遠い。もともとこの町に長居するつもりだったらしく、もう既に宿代は払っているのだという。
だから、明日はもうお別れ。
一度分かれてしまえば、渡り鳥同士が偶然会うのは難しい。互いに目的も行き先も違うのだからなおさらだ。
ロディはジェーンの隣に座って、空を見上げる。
「…あんたもマクダレンもホントバカだわ…」
どれだけ時間がたったのか、ただ一言、ポツリとジェーンは洩らした。
ジェーンもマクダレンも、マクダレンが怪我をした詳しい状況を口に出そうとはしなかったが、会話の切れ端から大体のことを察している。
マクダレンはジェーンを庇って怪我をした。
それが、ジェーンにとっては何よりも悔しい事実。
空からジェーンに視線を移し、息を呑んだ。
静かに、静かに、月明かりに照らされる少女の頬を光が伝う。
ああ、コートセイムの時と同じだ、とロディは思った。
小さく震えるむき出しの細い肩も、血がにじみそうなほどに強く握り締める小さな拳も、涙をぬぐう事さえせずにまっすぐに前を見つめる琥珀色の瞳も。
ただ、綺麗だと。
純粋に、そう思う。
ロディは上手く言葉を出せず、ただジェーンの震える小さな拳を両手で握り締めた。びくりとした少女の目を見て、微笑む。
彼女を助けた事をマクダレンは後悔なんてしない。そして自分もだ。
それを彼女は良く知っている。理解している。
理解しているから素直になれず、悪意のない憎まれ口を叩く。正反対の感情を込めて。
「も、もう遅いんだから! 早く寝なさいよっっ」
慌てたようにロディの手を振り払って、ジェーンはそっぽを向いた。耳まで赤く染まった様子は隠しようがないけれど。
振り払われた手を少しの間眺め見てから、ロディは口を開いた。
「ジェーンも、行こう?」
「…あたしはもう少しここにいるわ」
素っ気無い台詞に、ロディは小さく項垂れたが、ジェーンの言葉に従う。もう時間はあまりに遅いから。明日の為にも寝ないと本当に支障がでるから。
そっぽを向いて必死にロディと顔をあわせないようにしているジェーンに、小さく笑った。ジェーンといるとどうしてこんなに満ち足りた気分になるのか、ロディには分からないけど。
「ロディ」
今にも屋根をおりようかとした瞬間に、後ろから小さな声が聞こえた。ロディは動きを急遽中断して、振り返る。闇に溶け込んでしまいそうな、小さな背中。
「…何?」
「……世界を救いたいのはどうして?」
コートセイムで、彼女が言った事を思い出す。。
―――世界とか、正義とか、大義名分とか、誰でもないアヤフヤな皆とか、そんなもんのために命なんて懸けないで。あんたが特別好きな人の為に、その人がいる世界を救うために、そうしてよ。でないと、でないとあたしがあんまり惨めじゃない―――
「…守りたいから。ジェーンが笑うこの世界を、ザックとセシリアと旅をしたこの世界を…終わったら、またジェーンとこうして話したいから」
小さな背中が驚いたように跳ね上がって、長い髪がふわりと揺れた。
「…そ」
「…うん」
ずっと一緒に居たいと思ったことも一度ではないけれど、旅の目的が違う以上それは難しいだろう。それに、魔族との戦いを幾度も繰り広げることを考えれば、ジェーンに傍にいて欲しくない。今までどおりカラミティ・ジェーンとして各地を回っている方が遥かに安全だと思う。
だから―――
「ロディ」
「…うん。何?」
「……………たまにはあたしの事思い出しなさいよ。ちょっとでいいからさ。…お、おやすみっ!」
背を向けたままの小さな照れくさそうな言葉に、ロディは声を出して笑った。
素直じゃない。
そんな素直じゃない彼女を守りたいと思うのは自分。
その細い体が折れてしまわないように、支えたいと思うのは自分。
「おやすみ」
ロディはそう囁いて、屋根をおりた。
この旅が終わったらジェーンに会いに行こう。
何をするのかなんて決めていないけれど、ただ、会いたいと思うから。一緒にいたいと思うから。
何故かひどくすっきりとした気分で、月明かりの下、ロディは決然たる表情で笑った。
2007年8月29日
2007年10月19日
Rody Jane ☆ Summer Festival 様へ捧げました。
読んでいただきありがとうございましたvv
無印設定です。そのわりにジェーンのコートセイムでの台詞はFの小説からお借りしました。
素直じゃないジェーンと素直すぎるロディが大好きです。
ロディジェのお祭りなんて絶対無いって思ってたので、すごくすごく楽しかったですvv
企画開催&参加させていただきありがとうございました。
ロディジェ祭りなんて嬉しくて嬉しくてずっとにまにましてましたよ!!