コタツ 1



「おはようアリス。コタツはまだ?」

 朝晩が冷え込むようになってきた、とある朝。
 目覚めた亜莉子は目の前にチェシャ猫の生首がころがっているのを目撃した。

(ていうか、おはようの次にコタツってどうなのよ?)
 よっぽどコタツが好きなんだな、っていうか猫みたいだ。
(そういや、猫なんだっけね)
 チェシャ猫、と普段呼んでいるが、見た目は人間の生首。たまに、猫であることを忘れそうになる。

「……アリス?」

 返事をしない亜莉子を不思議に思ったのだろう、生首がころ、と横にころがった。
 そんなチェシャ猫を見て、亜莉子は去年のことを思い出した。
 チェシャ猫の姿が見えないので捜していて…コタツの中から声が聞こえたから、覗いたときのこと。
 亜莉子が目撃したのは、ヒーターのオレンジ色の光に浮かび上がる、にんまり笑顔の生首だった。
(あんまり、見たくない光景だったな)

 言いたい文句はいっぱいあるが、とりあえず亜莉子はそれらをぐっと堪えてチェシャ猫に微笑んだ。

「おはよう、チェシャ猫。こたつはまだ、早いかな」
「………そう」

 そう一言、言っただけで諦めたかのように見えたチェシャ猫だったが。
 猫は、しつこかった。




「おかえり、アリス。コタツは?」
「オバーチャンが木枯らしが吹くようになったねって言ってたよ。コタツはそろそろ?」

「アリス、こた…」
(コタツ、コタツって、ああもう!)

 首だけで床をころがっていたチェシャ猫は、亜莉子に睨まれて動きを止めた。

「…ろーはシュショーの息子なんだってね。知ってた?」
「その人は『こたろー』なんじゃなくて、こうたろう、って言うんじゃない?」
 しかも、現首相じゃないし。
「ソウ?」

 何事もなかったかのようにまたころがり始めたチェシャ猫を見て、亜莉子はため息をついた。



 数日後。
「コタツはいいね、アリス」
「お願いだから、蹴っちゃったからって足にかみついたりしないでよ?去年は歯型がのこって大変だったんだから…」

 すっぽりコタツにもぐってごろごろ喉をならすチェシャ猫と、出てこようとしない猫に文句を言う亜莉子の姿があった。