『郷愁』











「ヒューゴ!」

 本拠地となった城で懐かしい顔を見つけると同時、相手もまたヒューゴを見つけていた。目が合うなり、ぱっと顔を輝かせて名前を呼んできた幼馴染に、硬い表情を和ませる。
 ビュッケヒュッケ城でゆっくりできるのは炎の英雄となって初めての事で、きょろきょろとあたりを見回しながら、好奇心の赴くままに城を歩き回っていた。その間中炎の英雄と囃し立てられるせいで落ち着かなくて仕方なかったところだ。

 ヒューゴに用がないと分かるや否や、アイラは自分の目的地に方向転換することに決めた。アイラに案内されるがままに、ヒューゴは城の中を歩く。久しぶりの邂逅に浮かれて笑いあうカラヤの少年と少女の姿に、通りすがる者たちは一様に頬を緩ませた。そしてその関係を邪推するものもそこそこ。時に手と手を取り合いじゃれ合いながら屈託なくはしゃぐ姿は、のちに様々噂を呼ぶことになるが、本人たちはまったく気が付いていなかった。

「レストラン?」

 看板の文字を横目で眺めながらアイラを追う。
 そんなもの、前に来たときはなかった。
 騒々しく食事をするグラスラントとゼクセンの兵達の間をすり抜ける。ありがたいことに皆食事に忙しいらしく、『炎の英雄』に今は興味がないらしい。
 アイラは慣れた仕草でレストランの中を観察し、空いた席を二つ確保する。
 何を注文するわけでもなく、メイミが持ってきてくれた水を飲みながら、ヒューゴは改めて幼馴染の姿を観察する。かつての村で見慣れたアイラの姿。カラヤクランの伝統的な衣装に身を包み、弓と矢を腰に携帯している。
 再会した当初は、グラスランドのものではない、見たこともない鮮やかな色の服を着ていた。あの動乱のさなか、理由を聞く暇もなかったが、違和感が強かったのでよく覚えている。

「アイラ、元気そうだね」
「まぁね。 ヒューゴも無事で良かったよ! それに、カラヤのみんなも…」
「…うん。そうだね」

 一言で無事、というにはあまりに悲惨な状況ではあるけど。
 二人の頭の中を立ち上る煙がよぎって、それを静かに振り払った。

「…それにしても、どうしてハルモニアの傭兵と一緒にいたんだい?」
「あっ、うん。ヒューゴがさ、カラヤを出てから色々あってさ」

 お互いの近況を話すうちに、だんだんいつもの調子に戻ってきたアイラに、ヒューゴは密かに息をついた。ところどころにやり場のなくなった怒りと憎しみを持て余している様子は見えるものの、アイラはアイラだった。生き生きとした旅してきた場所を語る彼女は、故郷の空気を思い出させる。

「アイラは変わらないな」
「うん? そうか?」
「ああ。なんか、ほっとする」
「…そうか」

(ヒューゴは、変わったよ……)

 ひどく柔らかい眼差しで微笑する顔は、カラヤの村でともに狩りをしていた時代からは想像もつかない。
 体も一回り大きくなった。纏う空気は大人びて、子供っぽさの残っていた顔立ちは精悍になって、どこか貫禄さえ感じる。炎の紋章を受け継いで、英雄としてみんなの前に立つ姿は本当にヒューゴなのかと戸惑いを覚えるほど。急激な変化に、自分だけ置いていかれたような気がして、英雄としてのヒューゴを見るのは好きじゃなかった。
 アイラは仇を打つと言いながら、ゲド達第十二小隊についていくだけで状況は何一つ分からず、そして何一つ出来なかった。むしろ足を引っ張って、諭されて、命を守られた。

「あーあ。悔しいなぁ」

 ぎろりとアイラが妬ましげにヒューゴを睨み付けると、目に見えて少年はうろたえた。
 その様が記憶にあるものと寸分変わりなかったので、内心溜飲を下げる。

「なっ、何だよ急に!」
「別にー」

 最初に貰った水を一気に飲み干して、アイラはメイミを呼ぶ。

「メイミさーん! ソーダくださーい!」
「はーい!」
「そーだ?」

 ヒューゴはきょとん、とした顔でアイラの注文を繰り返した。『そーだ』とは何だろうか? その小さなつぶやきを、耳ざとくアイラは聞きとめ、にんまりと笑った。ヒューゴが村にいたころによく見ていた、楽しそうなアイラの笑顔。

「メイミさーん、ソーダもう一つお願いしまーす!」
「はーい!」
「アイラ?」
「うん。今回は私のおごりだよ! ヒューゴも絶対好きになるから!」

 わくわくと顔を輝かせるアイラに、そもそも話が分からないままヒューゴは曖昧にうなずいた。『そーだ』ってなんだ。
 レストランの喧騒をしばし聞いて、生き生きとしたアイラの顔を頬杖ついて見守る。
 
「でもさ、本当アイラが無事で良かった」

 しみじみと、つぶやいた。
 生きているのかどうかも分からなかった幼馴染。カラヤに死体はなく、リザートクランに姿もなく、誰もその行方を知らなかった。
 それなのに、服装を変えて、全く見知らぬ傭兵たちと共に再会した。

「やっぱりオレは、カラヤのみんなと一緒にいるのが一番落ち着くんだ」
「………そんなの、当たり前だろ」

 少しだけ複雑な顔で、アイラもまた、静かに笑った。
 ゲド達と一緒にいるのに馴染んで、それが心地よくすらあったけど。この城を本拠地として構えることになって、懐かい顔ぶれと再会することが出来て、自分の居場所というものを再確認できた気がする。
 いつでも自分を受け入れてくれる場所。自分の帰るべき場所。
 カラヤの戦士を慕い、カラヤの土地を愛し、精霊を愛し、愛されて生きてきた。それがカラヤのアイラで。アイラを形作るすべて。
 だからこそアイラはカラヤの戦士である自分を誇れる。
 カラヤの皆に恥じない自分でありたいと思える。

「ソーダ二つ、お待たせ!」

 たんたん! と小気味よく置かれたグラスにアイラは目を輝かせる。
 カラヤを、グラスランドをはなれて出会った、アイラを虜にしたもの。

「ねっ、ほら、飲んでみてよ!」
「…何これ?」

 目の前に置かれた物体をヒューゴはまじまじと観察する。
 色は薄い青。好き通った爽やかな色は空の色のようだ。
 ふつふつと、下から空気の泡が上ってくる。
 よく耳を澄ますとしゅわしゅわぱちぱち不思議な音がする。
 ヒューゴにとって未知の存在『そーだ』。
 隣のアイラが景気よくストローで吸い上げたのを見て、恐る恐る口をつける。
 一気に吸い上げると未知の感覚が口の中ではじけた。

「うわっ!」

 思わず叫んだヒューゴに、アイラが笑う。

「びっくりするよね! ね、もっと飲んでよ! 絶対ヒューゴも気に入るからさ!」
「わ、分かったよ」

 今度はさっきの衝撃に供えてストローを口にくわえる。
 生まれて二回目の、口の中で飲み物がはじける感覚。しゅわ、とはじけて口の中に甘さが広がった。

「へぇ」

 面白い。面白いし、甘いのに爽やかで飲みやすい。
 心底幸せそうな顔のアイラのソーダは、すでに半分以上減っていて、余程好きなことがうかがえる。
 アイラはいつもそうだ。
 ヒューゴは村にいたころを懐かしく思い出す。自分の好きなものや発見したことを、好きな相手と共有したがる。
 ルルと駆け回っていたころは、すぐにちょっかいを出してくる姉貴分なアイラをわずらわしく思ったこともあったけど、結局は三人で笑い転げることが多かった。
 男勝りで負けず嫌いなアイラは、同じ年頃の少女よりヒューゴやルルと狩りや戦闘訓練に精を出す方が楽しかったのだろう。
 
「ソーダはハルモニアの町で初めて飲んだんだ! こんなものが世界にあるなんて知らなかったよ!」

 笑うカラヤの少女の目は外の世界に向けられていた。
 それに気づきながらもヒューゴは郷愁を噛みしめる。胸を刺す痛みを無視して、都合のいい思い出だけ抜き出す。アイラにはまだカラヤのアイラでいて欲しかった。自分やルルと育ってきた幼馴染。
 アイラが今もっとも喜ぶ言葉は分かっている。変わらないアイラをヒューゴは愛おしく見つめ。

「美味しいよ。気に入った」

 本心と、彼女をカラヤの外の世界より自分に引き戻したい執着を込めて、そう、笑った。
 2013/04/21

 漫画から入ったのでヒューアイの幼馴染加減も好きです。てか漫画ではヒューアイで結婚するんじゃね―のとか思ってます(笑)
 ゲームではいまいち絡まなくて寂しかった!
 3創作全盛期ではヒューアイもあったのかなー?
 読みたいなー。
 いっぱいサイト巡ったけど、もうなくなってるとこ多くて悲しかったよ。


 空空汐