11月
 ぼくらの マチ独白



 ごめんね。

 ごめんね。

 心の中でそう叫ぶのが癖になった。


 ごめんなさい。
 ココペリが敵の急所を潰す。
 何度もなんども繰り返し見た景色。
 どうしても慣れない光景。
 身体に入っていた力を抜くように強張った両手を開く。

「僕の役目はここまでだ」

 ココペリが言った。
 ココペリと名乗った、本当は違う名前の人がそう言った。

 彼は知っている。
 これから私たちがどうなるのか。
 私が何者なのか。
 彼自身がどうなるのか。
 だから、振り返らない。
 これから殺してしまう人間のことを見たりしない。

 彼はただのゲームの駒だから。
 私と同じ、人殺しの駒だから。

 下手に情なんて出すものじゃない。

「この後は君たちが、この地球を守るんだ」

 ―――他の地球を壊し続けながら。

 不意に泣きたくなる。
 私は知っているから。
 彼がどうなるのか。
 私を含む―――私以外の15人が、どうなるのか。

 私はいつまで戦い続けるのだろう。

 ごめんね。

 本当に。

 ごめんなさい。

 色んな事を話したのに。
 一緒に勉強したのに。
 沢山話して笑ったのに。
 夢とか話してくれたのに。
 些細な事で笑い合えたのに。
 折角仲良くなれたのに。
 …仲良くなってしまったのに。

 ごめんなさい。

 もう皆死ぬんだ。

 ココペリが消えて。
 コエムシも消えて。

 ゲームを続けると言う皆に謝り続ける。
4月
 蛇と水と梔子の花



 卯月にはいって数日。
 桜の木には薄桃色の花が咲き、肌を刺すような冷たい風もいくらかやわらいできたように感じる頃。
 屋敷の縁側には、そこに住む若夫婦が日向ぼっこをする姿が見られるようになった。

「白比佐、巻きつかないでよ」

 くすぐったそうに笑う六姫は、言葉とはうらはらにとても嬉しそう。
 それもそのはず、冬があけて夫がようやく長い冬眠から覚めたのだ。
 冬の間は話かけてもどこか寝ぼけた返事しかしてくれなかった旦那さまは、少女の膝枕で気持ちよさそうに目をつぶっている。と、いきなり六姫のしっぽをつかんだ。

「目の前でしっぽをぱたぱたさせないで下さい」
「だったら白比佐、巻きつくのやめて」
「いやです」
「だったら、あたしもやめない」

 笑顔でかわされる会話はたぶん、これからの幸せな日々のはじまり。
9月
 身代わり伯爵 結婚後(笑)



 昨日の夜から降り続けた雪で、宮殿の庭はまぶしいほどに白一色だった。

「少し早く着きすぎたな…」
 初老の伯爵は、新しい大公に謁見するため、地方から宮殿にやってきたばかりだった。
 大公に謁見できるのかと思うと、嬉しくて予定の時間よりも早く着きすぎてしまったのだ。
 年をとると朝が早くていけない、と苦笑いをしながら彼は時間が来るまで散歩をしようと庭におりた。

 しばらく歩いていると、無人だと思っていた庭の奥の方から物音がするのに気づく。
 こんな早朝から散歩しているのは誰だろう、と自分のことを棚に上げて物音をたどっていくと、顔を出したばかりの太陽の光に照らされた庭の一角で、1人の少年が忙しそうに雪を積み上げているのを発見した。

 暖かそうな服を身にまとった少年は、背中まで伸びかけた亜麻色の髪を後ろで一つにくくり、鮮やかな青い目をきらきらさせながら出来上がった雪山に小枝で人の顔や服を掘り込んでいく。雪像を作っているようだ。
 瞬く間に1つ目を完成させた彼は、次を作るらしく雪を積み上げるのに四苦八苦している。お抱えの芸術家か何かだろうか。

「おはよう」

 近づいていって声をかけると、少年は伯爵に気づいていなかったらしく、弾かれたように振り返った。その顔には驚きの表情が浮かんでいる。が、すぐにまぶしいほどの笑顔に変わった。

「おはようございます!」

 少年はまだ声変わりしていないらしく少女のように高い声だった。が、はきはきとしたしゃべり方は、それだけで好感がもてた。
「見事な雪像だね」
 できたばかりの雪像に目をやって褒めると、少年は照れたように笑った。

「ありがとうございます。…少なくともあと5体は作りたいんですけど、時間がなくて。続き、作ってもいいですか?」
「よかったらワシも手伝おうか」

 そう申し出ると、少年は大きな目をさらに見開いてぶんぶんと首を横に振った。
「おじさんは大公様のお客さまですよね?お客さまにそんなことしてもらうわけにはいきません!」
「まぁまぁ。約束の時間よりも早く着きすぎてしまってね。暇なんだよ」
「…でも、その立派な服が濡れてしまいますよ?手も冷えてしまいますし」
「拭けばいいさ。たまには、この老人にも雪遊びをさせておくれ」

 冗談まじりにそう言って、積み上げかけていた雪山の続きをに手を出すと、少年は嬉しそうに笑った。

「じゃぁ、すみませんがお願いします」
「まかせとけ」

 言って、しばらく童心に返って雪遊びに興じた彼は、時刻をしらせる鐘に顔を上げた。
「ああ、残念ながらそろそろ時間だ」
「あ…私もそろそろ帰らなきゃいけません。ここらへんでおひらきにしましょうか」

 言って、少年は出来上がった雪像群を満足げに見やった。夢中になって作り続けた結果、5体の予定だった雪像は10体を楽にこえていた。
「私だけじゃここまで出来ませんでした。ありがとうございます」
 お辞儀をした少年は、時間に遅れると怒られちゃうので、と慌しくきびすを返す。

「それではまた、後で会いましょう!」
 手を振りながら去っていく少年に手を振り返しながら、また、とはどういう意味だろうかと首をかしげるのであった。



 大公夫婦に謁見した伯爵が、奥方の顔を見て腰を抜かすのはそのすぐ後のことである。
12月
 BLOOD+ カイ小夜。



 小夜が暑苦しさに目を覚ますと、隣でカイが身じろぎした。
 起こしたかな、と思って見下ろしてみると、豪快な寝息とともに寝返りをうった。かけ布を巻き取るようにしてくるまった、その姿がなんだか幼くて、笑う。
 笑っている自分に一瞬の違和感。
 急に苦しくなって言いようのない申し訳なさとやるせなさがこみ上げてきた。

 それはもはや慣習と言ってもいいのだろう。
 楽しければ楽しいほど思い出す。

 ハジの後ろ姿。
 父の温かな手のひら。
 リクのどこまでも優しい笑顔。
 ただ一人生き残ったルルゥの仲間たち。
 カイと希望を語った金色のはかない少女。
 救えなかった死んだいった人たち。
 笑い続ける―――妹。

 そんなこと、思い出してしまえば、後悔と懺悔が津波のように全身を駆けめぐって、動けなくなる。
 小夜のおかした大きすぎる罪の数々。
 どれだけ後悔しても、どれだけ懺悔しても足りない。
 取り戻せない数多の命。
 自分のせいで喪われたもの。
 それはもう決して取り戻せないものに他ならない。

 今の時間が大事で、大事で、幸せだと思う。
 だからこそ思い出すのだろう。
 忘れてはいけない人たちのことを。

 自然と止まっていた息を吐く。
 気がついたら、いつの間にかカイの手を強く強く握りしめていた。
 そのぬくもりに、安心する。
 ずっと昔に父と陸が与えてくれたそのぬくもり。
 カイに求めているのがそれだけじゃないことは、とっくの昔に気がついていた。
 そのぬくもりよりももっともっと沢山のものを小夜は求めていて、結局カイもそれに答えてくれた。
 彼にとっては失うものの方がずっと多いはずなのに。

 自分よりも遥かに早く老いていくのであろうその身体。
 次の休眠期に入れば、次にいつ目覚めるのか分からない。だから、こんな感情抱かない方がずっと良かったのだと知っている。
 けれどそれは知っていた、だけ。

 ―――どうしても駄目だった。
 カイの優しさに触れてしまうたびに、気持ちは溢れだして収集がつかなかった。
 失われたはずの、学校生活。
 日常という名の平穏。
 ただ過ぎていく穏やかな毎日。
 それはあまりにも贅沢な時間。

 与えてくれたのはカイだった。
 勿論カイ一人だけの力ではない。
 それでも、カイがいてくれなかったら、小夜は生きることを選ばなかった。

 ハジに抱いていたものとも違うこの気持ちに、なんて名前をつけたらいいのか分からなかったけど。

「大好きだよ。カイ」

 だから、また、明日も変わらない平穏な毎日を送ろう。

 そう笑った小夜にカイも薄い布の中で静かに笑った。
12月
 Fate/stay night 士凛。



「遠坂」

 背後からの声に、遠坂凛は一瞬肩を揺らして顔を上げる。
 低い自分を呼ぶ声。それは"アイツ"のものではないし、そもそも"アイツ"がそういう呼び方をしたことはたったの一度しかない。
 それなのに、過剰に反応してしまった自分に遠坂凛は腹がたった。
 声が似ているのなんて当たり前のことなのに、とっさに思い浮かんだ顔は皮肉げに顔を歪めて笑って消えたいく。

「―――こんなところで何をしているの?」

 もう夕飯の準備をしないといけない時間だろう。
 寒空の下、遠坂凛はいつもの赤いコートをたなびかせる。

「それはこっちの台詞だ。危ないだろ。遠坂」

 なんせここは新都で一番大きいビルの屋上だ。注意内容はごもっとも。ついでにいうなら下から気が付いて、心配してわざわざ上ってきたのであろうことも分かっている。だっていうのに遠坂凛は苛立ちを覚えて不満げにつぶやく。

「何よ。馬鹿にしてるわけ? 私がこんなところから落ちるわけないじゃない。それに、落ちたってなんとでもなるわ」
「馬鹿。そういうことを言ってるんじゃない」
「じゃあ何よ」
「う―――、それは」

 もごもごと言いよどむ衛宮士郎に、遠坂凛は息をつく。
 数週間前にその場所にいた"アイツ"はもういない。けれども、代わりに"衛宮士郎"はここにいる。
 朝焼けに消えたあの最後の笑顔を不意に思い出す。
 交わしたのは素直になれない言葉と、最後の約束。

 遠坂凛が振り返ると、一瞬だけ"アイツ"と衛宮士郎が重なって、そうして消えた。

「帰りましょう」
「あ―――ああ」

 自然に繋がった手の平の温もりに、遠坂凛は柔らかく微笑んだ。
7月
身代わり伯爵の冒険 婚約中の悶々とした男。



 結婚したらしたいこと。

・朝と晩のおはようとおやすみのキス
・ミレーユに膝枕
・もちろん腕枕も
・一緒にお風呂
・2人で台所に立って料理
・もちろんその後一緒に夕食
・デザートは「あーん」で
・ていうかハネムーン行きたい
   ・
   ・
   ・


 目の前の紙を見て、リヒャルトはため息をついた。
 欲望のままにやりたいことリストを作ってみたが、自分がミレーユのことになるとどれだけネジのとんだ人間になるかを再確認しただけなような気がする。

 ……もうやめよう。

 これ以上、このリストを書いたり読んだりしても悶々とするだけだ。
 びっしりと書き込まれた紙を念入りに丸めると、彼はそれをくずかごに放り込んだ。
10月
  ガンダムOO 第一期くらいの刹那とフェルト




 慣れない人ごみに、少女は翻弄されていた。
 鮮やかな桃色の髪、二つに結んでくるくると巻かれたそれは、非常に珍しいものだったから、通りすがりに無遠慮かつ不躾な視線は向けられたが、思うように前に進めずに困る少女を助けようというものはいなかった。
 少女の視線のずっと先に、求めるものはあった。
 家族にも等しい姉とも慕う人。
 栗色の癖のある髪を後ろに結び、肩も背中も肌がむき出しの細い後ろ姿。
 きょろきょろと周りを見て少女を呼んでいるのだろうが、あまりにも人が多すぎて見つけ出さないでいる。

「…てぃなっ! クリ…、クリスティナっ」

 少女の必死の声も届かない。
 とうとう細い背中が見えなくなって、少女は絶望に足を止めた。

 知らない土地で知らない人の中で、たった一人。
 急に足を止めた少女に、迷惑そうに顔をしかめながら周囲の人々はよけていく。

 不安に震えながら、涙さえも滲ませた少女の体が強い力で引き寄せされる。腕を握られた、という事実すら分からずに、少女は引きずられるままに歩いた。
 流れに逆らう動きに、人々はあからさまに嫌な顔をしていたが、わけの分からない少女は気にならない。
 どれだけ歩いたのか、一瞬少女の体が浮いて、正面から思いっきり何かにぶつかる。

「っっ?!??」

 ぶつかった額はバウンドして、眼を白黒させた少女はぽかんと状況の把握に努める。
 普段は無表情で、感情のかけらも出ない少女の、実に少女らしい珍しい表情だった。

「フェルト・グレイス」
「っ!? …………ぁ、せ、刹那?」

 目の前にいるのは黒髪と紅玉の瞳を持つ、少女と同世代の少年だった。
 少女、フェルトは、自分の知る少年の出現にほっとして、ようやく息をつく。

「大丈夫か」
「う、うん」

 落ち着いた様子を見て、刹那は掴んでいたフェルトの腕をはなす。
 急に消えた温もりと重さから、ようやっと目の前の少年が、自分の腕をつかんで人ごみの中から連れ出したのだとフェルトは理解した。
 じわじわと温かくてくすぐったい気持ちが広がって、自然と微笑む。
 滅多にない少女の小さな笑顔に、刹那は眼を瞬かせた。
 あげくに微笑んだフェルトの眦からポロリと涙がこぼれ落ちたものだから、刹那は大いに慌てた。

「フェルト・グレイス…」

 声だけはいつもどおりを装ってはいるが、その表情や態度は動揺を隠せていない。
 刹那にしてみても非常に珍しいことだった。

「ご、ごめんね。…刹那の顔見たら、凄く安心しちゃって…」
「…そうか」
「うん…ありがとう、刹那」

 少女の瞳から涙が引いた様子に、刹那は自分でも驚くほどに安堵して、いつの間にか止めていた息を吐いた。
 がちがちに緊張していた体から力が抜ける。
 それがいけなかったのかどうなのか、気がついたら自然とフェルトの頭の上に手をのせていた。
 ひどく触り心地の良い柔らかな手触りと、心地よい温もりに我に返る。

 突然の行動に、フェルトがきょとんとして刹那を見上げる。
 見上げられた刹那も自分の行動の意味が分からずに、不思議そうに首をかしげた。分かるか分からないか、ほんの少しだけ。

 辛くはないが、何故だかむず痒い沈黙を打ち壊すために刹那はそっと腕を下ろした。
 頭上の温もりの喪失に、フェルトは寂しくなる。
 もっと触れていて欲しかった。刹那の手はもうこの世にはいない両親のように、とても温かかったから。

「心配かけるな」

 無機質な、感情を写さない声が、いつになく温かくて、それは胸の奥から全身を満たすようだった。
 手先まで染みわたるじんわりとした感動に、フェルトは戸惑う。

「心配…してくれたんだ」
「当たり前だ」

 その言葉は、表情は、本当に、清清しいまでに嘘がなくて、もうフェルトは笑うしかなかった。

「ありがとう刹那…大好き」

 年相応の、はじめて見る無邪気な笑顔と、本人はそんなつもりはないのだろうがとんでもない破壊力の台詞に、刹那がまたしても固まってしまったのは仕方のないことなのだろう。



 20100922
 一期の休みだか調査だかで街に下りてきたんだと思いますよ。
 一期はフェルトの矢印が全然刹那には向かってないけど、一期の刹フェルがきっと一番好き(笑)
 てかまさかフェルト→刹那になるなんて夢にも思ってなかったもん。
 だから?好き勝手やってたんだけども(汗)
12月
 妖狐×僕ss
 双熾×凜々蝶


 
 御狐神双熾。彼は僕のSSだ。
 彼は食事するところを人に見せない、というまるで警戒中の野生動物のような性質を持っている。
 誰かが何か食べ物をあげても「大事にいただきます」と笑顔とともに言われておしまい。
 それがなぜか、僕があげると「大事にします」となる。
 ……食べろ。



 ラウンジでの昼食の後お茶を楽しんでいた凜々蝶は、そんなとりとめのないことを考えていた。
 ふと横を見ると、ポットを持ってお茶のおかわりを注ごうとしている双熾が居た。

 ……そういえば、あのとき彼にあげたお菓子はどうなったのだろうか?
 2人が付き合うきっかけになったあの手紙が添えられていた菓子折り。渡した後のごたごたですっかり忘れていたが彼は「永久に大切にします」などとほざいていなかったか?
 彼のことだから何らかの防腐処置を施して保管しているのだろうが……。

 そこまで考えた彼女は、自分や彼の死後、”大切に”されたお菓子がどこぞの遺跡の発掘現場から掘り出される光景を想像してしまった。
 珍しい出土品に喜ぶ学者たち。そして、過去の食生活が分かる資料として研究され、分析され、最終的には貴重な資料として博物館に展示されるのだ。

 他のお菓子たちと同じく、食べられるために生まれてきたあの菓子折りのお菓子たちは、凜々蝶に選ばれてしまったばっかりに博物館の展示物……。彼らにとってもいい迷惑だろう。
 そんな事態は避けなければならない!!
 凜々蝶は固い決意とともに立ち上がった。



続く…かもしれない。
1月
 妖狐×僕ss



 元旦の朝。
 いつものように玄関の扉を開けて、今日もいつものように廊下で待機していた彼女のssに、凜々蝶は決死の思いで口を開いた。
 気分は、清水の舞台から飛び降りる5秒前。

「あ、あけましておめでとう…っ」
「あけましておめでとうございます、凜々蝶さま。今年も変わらず、凜々蝶さまにお仕えしていきたいと存じますのでよろしくお願いします」

 そんな彼女の決意も、なんでもないことのようにさらりと流して優雅に礼をしてみせる目の前の男に、凜々蝶はぐっ、と握りこぶしを作った。
「ふ、ふん!よろしくお願いされてやる…!」
 そっぽを向いてそう言った彼女は、そっと自分を見上げたその男がふっ、と微笑んだのには気づかなかった。

「では早速。姫はじめを始めましょうか凜々蝶さま」
「ひっ…?な、何を言っているんだ君は!」
「ご心配なく。準備でしたらこちらに」

 そう言った男がどこからともなく取り出してきた振袖に凜々蝶は目を丸くした。
「凜々蝶さまにはどの色がお似合いになるだろうと、1ヶ月前から準備しておりました。お気に召すといいのですが…」
 心配そうに表情を曇らせる男の手を、がしっと掴んで
「なな、何を言っているんだ君は……!」
 と、叫んだ凜々蝶を見上げ(いつの間にか彼は床に膝をついていた)彼女のssである御狐神双熾は、それはそれは幸せそうな微笑を見せた。
「『姫はじめ』とは、女の子がその年初めてお姫様の格好をすることを言うんですよね?ドレス姿の凜々蝶さまも捨てがたいのですが、せっかくお正月ですし、やはり和装で」
 お望みとあれば打掛もご用意しております、ときらきらした笑顔を見せる男に、それは間違っているとは言えない凜々蝶はがっくりと項垂れたのだった。



 1時間後。
 幸せそうな双熾に連れられて、振袖姿でマンションの住人の前に現れた凜々蝶はとてもとても疲れた表情をしていたという。
2月
 妖狐×僕ss



〜もしも、双熾が凜々蝶からバレンタインチョコをもらったら〜

「これを、私に…?」
「い、いらないんだったら返せ…!」

 頬を染め、そっぽを向きつつ言う彼女にとろけるような微笑を浮かべる双熾。
「永劫に、保存して楽しみます」
「食え……!!」



ま、ある意味予想通り。



〜もしも、凜々蝶が双熾からバレンタインチョコをもらったら〜

「凜々蝶さま、よろしければこれを…」
「これは…チョコレートか?」
「普段お世話になっているお礼と親愛の情をこめて、作らせていただきました」
(て、手作り…!!)
「ふん、君がどうしてもと言うならばもらってやらんでもない」
「ありがとうございます」


 自室に戻り、件のチョコを食べた凜々蝶は打ちひしがれた。
(僕が作ったヤツより断然美味しい…)
 実は、こっそりお菓子作りを練習していたものの、自信がなくて結局双熾にあげるチョコは購入した彼女であった。



もちろん、あとで長いお礼文が双熾のもとに届く(笑)
3月
 妖狐×僕ss
 そして”つんしゅん”はつくられた。



「おばーちゃん、りりちよね、おともだちがいっぱいほしいー」

 畳の上にちんまり正座した凜々蝶は、そう言って一段高いところに座っている心が読める”おばあちゃん”を見上げた。

「ほぅ!? そうか、凜々蝶も今度から幼稚園か」
「そうなの。おばあちゃん、どうすればいいかなー?」

 こてん、と頭を支えていられるのが不思議なほど細い首を傾けた凜々蝶は、今年で3歳。くりくりと大きい黒目もまだあどけない、可愛らしい幼女であった。

(この可愛らしさなら、すぐに友達ができそうだが……)
 そう考えたサトリの先祖返りである悟ヶ原思紋はふむと頷き、幼女に更なる知恵を授けることにした。

「ならば、ばばあの言うことを繰り返してみるが良い」
「う、うん!」
 そう言って、居住まいを正した凜々蝶に彼女は告げた。

「”べ、別にあんたのことなんて何とも思ってないんだからねっ”」
「べつにあんたのことなんてなんともおもってないんだからねっ」

「”……ふんっ! 勘違いしないでよねっ!”」
「ふんっ! かんちがいしないでよね!」

「”バカじゃないのっ!?”」
「ばかじゃないの!?」

「うむ! これがいま流行っている”つんでれ”というやつだそうじゃ!」
 満足げに頷く思紋は、凜々蝶だけでなく自分も世間知らずだということを考えにいれていなかった。……いや、”デレ”を伝授するのを忘れていたというべきか。
 ”つんでれ”の”つん”のみを伝授された凜々蝶は、それを斜め45度方向を間違えてマスターし……。

 およそ10年後、それは史上最強の”つんしゅん”という遅い進化を遂げるのであった。
6月
  狼陛下の花嫁  陛下→夕鈴
 17話。夕鈴が湯あたりで倒れている間のできごと。



 お妃が倒れた。
 柳方淵に担がれて運び込まれた夕鈴は真っ赤な顔をして汗をかき、苦しそうな顔をしていた。
 意識のないその表情は常にはない妙な色気を漂わせ、集まっていた官史たちの視線を釘付けにしている。

「皆、部屋を出ろ」

 立ち上がって、ぼーっとしている官史たちに外に向かってあごをしゃくれば、皆はっと我に返って我先にと部屋を飛び出していった。
 長椅子に横たわらせて、扇いだり濡らした布で冷やしたり。
 いろいろしていたら苦しそうな様子はなくなったので、ほっとして長椅子に座り込む。

 離宮に来てから、寝顔が見れる機会が増えて嬉しい限りだ。
 これ幸いと突いたりなでたりしていた彼は、夕鈴の頭を膝の上に乗せて堪能した。目が覚めたらどんな反応をするのか、想像できすぎて思わず小さく笑ってしまう。
 にしても。

(僕以外の前であんな表情しちゃダメだよねー)

 色っぽい”妃”の表情を見てしまった官史たちの視線を思い出し、さてどうしてやろうかと密かに嫉妬の炎を燃やしてみる狼陛下なのでした。