今日のお客様 : 四月一日君尋 様
うれしはずかし懐かしい、昭和初期の学ランさん。
そのひとの印象はそんな感じでした。
「いらっしゃいませー」
店内はバレンタインフェア真っ最中、そして明日はバレンタインデー、そんなとある日のことでした。
時刻はお天道様がとっくにお隠れあそばした夜11時ごろ。
こんな時間までうら若い高校生を働かせるだなんて、いったい何考えてるんでしょう店長てば、とぶつぶつ言ってる矢先のお客さん。
それが、彼だったのです。
いまどき染めたりしてない黒髪に、黒縁の眼鏡。
黒い学ランは、ボタンはもちろんホックまでしっかりとまってました。
真面目な高校生を地でいってる感じなのに、夜中のコンビニに何の用なんでしょうか?
非行に走る記念すべき第一店舗目! とかでしたらお断りですよー。
こちとら真面目な真面目なうら若き一店員、もとい女子高生なんですから!
不機嫌そうな表情で店を見渡すと彼はぼそっと一言。
「品揃え悪そう…」
そりゃ悪うございましたね。
なんとなく好奇心を刺激されて動きを目で追っていると、学ランさんはお菓子コーナーへまっしぐら。
そこの品揃えには結構自信ありますよ?
新製品はもちろん、根強い人気の定番商品まで、棚いっぱいに所狭しとならべてあります。
店長の趣味もありますけどもちろん、私のため。棚の一角には私の大好物コーナーをこっそり作ってあったり。
え? 店を私物化するな、ですって?
…じょ、女子高生の趣味に合わせているので同世代に人気があるんですよ!
……本当ですからっ。
学ランさんはそこのチョコレートコーナーの前まで行くと、板チョコをじっと見つめています。
チョコ好きなんですかね?
でもどうせ買うならそっちの定番商品より、この前入荷したばっかりの新商品『口の中でも溶けないチョコ』のほうがオススメなんですけどねー。それって飴? …っていうか食べ物じゃないですよね(笑)
そんなことを考えながら見ていると学ランさんがこっちを見ました。
ぎゃっ、目があったっ!
「すいません」
「は、はいっ!なんでしょうか!」
見てたのがバレちゃったんでしょうか!?
クレームに発展しちゃったら今月の給料が…。
「ダメもとで聞くんですけど、製菓用チョコレートってないですよね?」
「……はい?」
製菓用ですか?
………コンビニにそれを求めるのは酷ってもんです、少年よ。
お菓子コーナーの品揃えに自信があってもさすがにそこはノーマークでした。完敗です。
「それはちょっと……」
あったらそこはすでにコンビニではなく、百貨店及びスーパーと名乗るべきだと思います。
「そうですか。では、これの在庫ありますか?」
学ランさんが指し示したのは、定番商品スイートチョコレート。
私、ミルクチョコレートよりもちょっとビターなのが好きなんですよね。だからそっち系の在庫はたくさんあります。
店の奥からとりあえず一箱出してきてあげると、学ランさんは嬉しそうな顔をされました。
「よかった。じゃあそれ一つください」
「はい……え?」
思わず箱ごと渡しちゃってから我に返りました。
学ランさんはそれが当然と言わんばかりにそのチョコレートをカゴに入れてます。
間違ってはいないようです…ですが。
板チョコ一箱は10枚入り。そして板チョコ一枚は70グラム。
70グラム×10枚=700グラム!!
鼻血出ますよ学ランさん!?
「言っておきますけど、製菓用ですよ」
思ってることが顔に出ちゃってたんでしょうか、学ランさんは私を見て照れくさそうにそう言われました。
「そ、そうですよね」
でも、自分で材料調達してるってことはこれからお菓子作るんですね学ランさん。
明日がバレンタインだって日に自分で………。
なんだか涙が出そうです…。
製菓用じゃなくて自分用も友チョコ用もこんなに沢山発売しているのに、あえて手作りを演出するなんて…。
離れていくその後姿が心なしか哀愁漂ってます。
「ありがとうございましたー」
結局、学ランさんは例の板チョコ箱買いのほかに、おつまみとジュース、胃薬を買っていかれました。
アルコールは置いていないと伝えるととても残念そうにされていました。
苦労、してるんですね………。