071 風の行方(『帰るべき場所』後日談)


「…行った?」
「行ったよ」
「…見送らなくて、良かったの?」
「…うん」
「会えると、いいね」
「…そうだね」

 視線はそらさず、2人は小さく笑った。
 思い出すのは、砂色の髪を持つ人。
 嘘が得意で、里が好きで、家族が大切で、自分達を見守ってくれた、とても優しくて強い人。

「会えて、嬉しかった…」
「俺も」

 里を抜けたとき、もう二度と会えないだろうと覚悟していた。
 けれど何年もの年を経て、彼女はまるで風のように自然に、当たり前のように、決まっていた事のように村を訪れた。
 本当の名前で、昔の事を語る事は出来なかったけど、昔から変わる事のない笑顔を向けてくれた。楽しそうに、旅の最中の出来事とか、薬についてとか、自分達の生活の事とか、色々な事を話して、笑っていた。
 それを見ているだけで、自分達も、幸せだった。
 自分達ばかり逃げて、あの人はまだ昔と同じ場所で戦っていた、その後ろめたさはあったけれど。

「イタチと、テマリ、こんなんだったら、もっと早くに会えれば良かったのにな」
「…そうだね。でも、まさか2人がそうなるなんて思いもしなかったよ」
「それは俺も…なんか、でも、すっげー良い雰囲気だったよな。お互いそこにいるのが当たり前ーみたいなさ。なんか通じ合ってる感じ」
「そうそう。やっぱり、長男長女のテレパシー?」
「あーなるほど?」

 よく分からない事を言いながら首を傾げて、2人で笑い合った。
 心配事の種が一気に解消して、2人ともかなり喜んでたりするのだ。
 イタチはナルトとヒナタの事ばかり気にして、自分の事には全く目を向けようとしなかったし。
 テマリは今幸せなのか、元気にしているのか、砂里はどうなっているのか、全然知る術もなかったし。

 笑って、笑って、多分頬に流れる涙は嬉し涙で、ああ、幸せだと、2人は笑った。

「会えるよね」
「うん。きっとね」
「多分、だね」
「うん。だって、風の行方なんて、誰にも分からないもの―――」

 笑った少女に答えるようにして、あたたかな風がふきつけた。





 07/05/15
 















 072 故郷(オリジナル)


 ぼんやりなんてしてなかったし、懐かしいなんて顔もしてなかったし、それなのに、何でか…

「後悔、してるわけ?」

 そう呆れた眼差しで言われたから、思いっきり首を振って睨み付ける。
 後悔ってこいつが言うのは、きっと、勢いに任せて村を飛び出した事。
 でも、後悔なんてしてない。全然してない。

 幼馴染のこいつは、15の頃に旅芸人についてって勝手に村を出た。
 それを追おうとした俺はあっさり捕まって。

 3年したらこいつが帰ってきたから、これ幸いと一緒に旅に出た。こいつは俺が来る事に反対したし、絶対に許さなかったけど、こいつは3年の間に旅芸人とは別れて、冒険者なんぞになっていたから、なんのかんのと理由を付けて、言う事なんて全部無理矢理ねじ伏せて、なんとか納得させた。そんで、いつだってすぐに逃げ出せるように準備してる大事なもんだけ詰め込んだ荷物を抱えて、猛ダッシュで村を出た。それはもうすごい勢いで。

 だって、いつもいつも村はつまらなくて。
 どうせ親なんていないし、兄弟もいないし、だから、そんなに思い入れなんてなかったし、外に出る事ばかり考えていた。早く外に出たくて、村の外に出たら何かある気がして、一日でも早く、早く、そう願っていた。
 なのになのに、こいつがあそこから逃げ出した所為で、警戒がすっげー厳しくなったし、旅芸人も村に入るの禁止になった。冒険者は入ってくるけど、子供とはあんまり接触しないよーに言われるらしい。つまんねーの。

 でも、こいつは見た瞬間に分かった。帰ってきたんだ、って。周りの大人とか子供とか、とにかく皆は気付いていなかったけど、俺には分かったから。

「後悔なんてするかよ!」
「……こっちは今まさにしているけどね…」

 いくら懐かしいって言ってもわざわざ寄らなきゃ良かった…。
 そうブツブツ言うのを右へ左へ流しながら、ほんの少しだけ、振り返る。村のある方向。
 …懐かしいなんて、思う筈ない。
 ずっとずっと出たかったんだから。
 けど、もしかしたら、この光景は見納めかも知れないから。
 故郷って言える場所はここしかないから。
 瞼の裏に、焼き付ける。
 出たい出たいと思っていた村は、外に出たら、思っていたよりも小さくて、少し驚いた。朝の眩しい光がきらきらと村全体に降り注ぐ様はとても綺麗で、きっと、俺は故郷を思うたびにこの光景を思い出すのだろう。

「…泣くなよ?」
「泣いてねぇ」

 これは本当だ。泣いたら見えなくなる。
 頭の上に、昔はお馴染みだった感触がして、見たら、俺のよりも大きくてしっかりしてて、見た事のない傷のついた腕。見上げたら、やっぱり誰も分からないのも頷けるくらいに大人になった顔。勝手に出てって、勝手に大人になって、本当にこいつはずるいヤツだ。
 俺の知らない間についた傷なんてムカツク。
 俺の知らない時間がこいつにあるなんてムカツク。
 昔はずっと一緒で、俺が一番こいつの事を知っていて、こいつの事で知らない事はなかったのに。

「俺は、帰んないからな。絶対についてくから」
「あー…はいはい。分かりましたよ。もう諦めたって。お前マジしつこいし。ほんっと、変わらないのな。そういうクソ頑固で、わがままなとこ」
「可愛げがないって?」
「まぁ、ないけど。いっそ清清しいな。そういう態度は」
「褒めてんのか?」
「うん。まぁ」

 微妙な返事だ。でも褒められるのは嫌いじゃない。当たり前の事だ。

「お前、街に行ったら、その服売ってもっと冒険者らしーもん買ってよね。僕が人攫いみたいだ」
「こんなに可愛いお嬢様をつれて歩けるんだ。感謝しろ」
「あー…ホントどうしてこんな可愛くない子に育ったのかね、お前は」
「お前がいなかったから可愛くなる必要なかった」

 嘘だけど。こんなの単に性格の問題だ。もっとも、全然違う環境で生まれ育っていたら分からないけど。

「ふーん?」

 あ、反応鈍いな。こいつ。鈍いのは3年前と変わらずってことなのか。18歳の青年としてどうなんだそれは。ちょっとくらい反応がないとつまらないじゃないか。

「お前が望むんならもっと可愛くなってやってもいいぞ?」
「あー…別に、いいよ。お前、可愛げはねーけど、可愛いから」

 …顔がちょっと熱いかもしれない。ちょっとびっくりだ。3年前はこんな事口にしなかったのに。
 結構こいつは変わったのかもしれない。俺がまだ気付いていないだけで。3年って結構長いから。 

「ま、散々村も見たし、行くか」
「あー…少しくらいお前は後悔した方が良い気がするんだけど」

 はぁ、と大きなため息をついて歩き始める。頭から離れた手のひらが少し寂しい。
 朝日に溶けた村をもう一度見て、俺は懐かしい背中を追った。
 待ちに待った旅の始まりだ。






 07/05/24

 















 073 巫女(『巫女のバイト』の翌年 シカマル×テマリ)


 落ちついた黄金の髪が真っ白な小袖にさらさらと零れた。巫女装束に黄金の髪は合わないと思ったけれど、白と黄金と赤の組み合わせは逆に調和が取れている。

「………意外と似合うな」
「…そうか?」

 まんざらでもなさそうに女はくるりと回った。
 普段結ばれている髪が肩先で揺れる。

「お前、結構こういうの好きなんだろ? ある種のマニア向け、みたいなの」
「っっ!? ちょ、まっ!! なんだそりゃ!」
「ナルトがそう言ってたぞ」
「あいつと一緒にすんな!!!」

 顔を真っ赤に染めた年下の少年に、テマリはくくっ、と笑って、もう一度その場でくるりと回る。日本にしかない、特徴的な衣装は結構お気に入りだ。去年巫女のバイトをしていたヒナタが、とてもよく似合っていて可愛らしかったから、今年は紹介して貰って、なんとか一緒にさせて貰える事になった。黄金の髪と、緑の瞳に眉を顰められはしたけど。

 今年もヒナタはこのバイトをしていて、向こう側でナルトと話している。相も変わらず仲の良いバカップルぶり。

「…あーめんどくせー」
「…いきなり何が」
「お前、今日あんまり男と話すなよ。写真とか撮られんじゃねーぞ」
「……なんだ心配しているのか」
「……ちげーよ」

 大げさなため息をついた少年の頭を、がしがしと撫でる。最近成長期なのか、随分と下にあった筈の頭はいつの間にか同じ高さだ。

「心配するな」
「してねーって」

 素直じゃない少年に笑った。
 たまにはこんな格好をするのも悪くない。
 そう笑って、もう一度、着慣れない巫女装束でくるりと回った。




 07/05/28
 














 074 氷の檻(NARUTO カカシ×テマリ)


「…こんなもの作ってどうするつもりだ?」
「…うん。どうしよう」

 そう、銀の髪の男は力なく笑って、普段見えない赤い瞳を閉じた。
 今、テマリの目の前で存在しているのは、氷の檻という物だった。

 氷で出来た檻。
 捕えられたのは、金の髪の女。
 捕えたのは、銀の髪の男。

「寒い」
「氷だから…」

 冷え冷えとした空気。氷の檻を、男は掴む。女はそれを見て、少し、眉を上げた。けれどそれだけ。決してその場を動かない。檻の真ん中で、微動だにしない。

「ねぇ、テマリちゃん。俺ね、置いていかれるのって嫌いなの。…多分すごく、ね」
「…誰が、置いていくと?」
「今、君が、まさに置いて行こうとしているでしょ」

 違う? と、泣きそうな、悔しそうな、嬉しそうな、そんなわけの分からない顔で笑う。
 テマリは首を振って。

「お前が、私を置いていこうとしているんだ」

 そうだろう? と、泣きそうな、悔しそうな、嬉しそうな、そんなわけの分からない顔で笑う。
 カカシは首を振って。

「テマリは…いつも俺なんて見ないで、1人で行っちゃうでしょ」
「お前はいつも追ってはくれないだろう? 捕まえてはくれないだろう?」

 だから。

「…ごめん」
「…すまない」

 謝罪の言葉。
 氷の檻の、向こう側とこちら側で、2人の男女は笑った。
 氷の檻は、まだ、溶けない。





 07/06/04

 
















 075 純白の樹海(NARUTOスレ ナルト×ヒナタ…多分、一応)


「…すごいね」
「…うん。すごい…」

 目の前の光景を見て、まるで阿呆のように口をぽかんと開いて、ただただ眼を大きくして、何もできずに立ち尽くした。じわりと、胸の奥が熱くなり、背筋を伝って衝撃が駆け抜ける。全身が小刻みに震えて、それから、久しぶりに、涙が出た。本当に、本当に、久しぶりに。

 広がるのは、真っ白な大海原。
 そこは、記憶によればただの森で。どこまでも続く緑の絨毯だったはずが、今はその全てを白く染め上げ、地平線まで延々と続く海へと変わっていた。

 純白の、樹海。

 そう、震える声音で口にした。

「…すごい」
「…うん」

 ほかに、言葉を知らない。
 全身が、震えるほどの感動と衝撃。それを上手く言葉にできない。
 もどかしくて何度も口を開いて、けれど閉じる。

 どれだけ時間がたったのか。
 気がつけば手足は完全に冷え切って、体も完璧に固まっている。がちがちになった筋肉をほぐす様にして、体を少し動かす。

 目の前の光景は変わらない。どこまでも広がる透き通った青い空の下、どこまでも続く白い大海原。
 あまりにも壮大で、あまりにも美しく、あまりにも偉大な、そんな、光景。
 ずっと見ていたいと、そう思ってしまうほど。

 こんなに美しい光景が、この世界に存在するのだと、今日はじめて知った。
 世界はとても汚くてよどんでいて、あまりにも醜いものだと、昨日までそう思っていたのに。
 あんなに世界を憎んで、うらんで、嫌って、何もかもが信じられなくなっていたのに。

 胸のうちに抱いた、汚らしい感情の全てを溶かして、浄化してしまう。真白の世界。
 涙が止まらない。震えがとまらない。

 気がついたら、2人、手をつないでいた。
 強く、握り締めていた。

「人を欺いて、殺して、うらんで、うらまれて…こんなの、こんな世界、存在しなければいいって、そう、思ったのに…」
「ずるい…ずるいってばよ…。こんな光景…反則だってばよ…」

 泣いて、泣いて、つなぎ合わせた手にすがる。いつの間にかへたり込んでいた2人は、小さく笑った。笑いながら、泣いた。
 
 純白の樹海はあまりにも圧倒的で、人間なんてあまりにもちっぽけで、悩みなんて吹き飛んだ。生まれてからずっと片時も離れることのなかった憎悪が遠ざかって、そうしたらただただ胸が熱かった。

 きれいだった。
 あまりにも美しかった。
 文句のつけようもないほどに、素晴らしかった。
 だから。


 自分たちの生きる世界は素晴らしい、と、初めて、そう思った。





 07/06/24
 














 076 月の光(NARUTO シカマル×テマリ)


「明るいな」
「…ま、夜だからな」

 小さな声で呟けば、同じようにひそやかな声が返ってくる。
 空を見上げると、太陽の変わりに月が地上を照らし、星の光と共に優しい光を放っている。

「それで、こんなところで何をしているんだ? 奈良シカマル」
「フルネームで呼ぶなっての。お前こそ何してんだよ」

 2人が座るは、どこよりも高い、木の葉一の大木の上。
 月の光に導かれるように、2人はこの場所で顔をあわせた。

「…強いて言うなら、月見、か?」
「…ふぅん?」
「お前は」
「月見、さ。強いて言うなら、な」

 お互いの言葉に、笑い、空を見上げる。

「団子が欲しいところだな」
「買ってこいよ」
「冗談。今時分開いているところなんかあるもんか」
「だな。ったく、めんどくせー」

 月明かりの下、どこよりも高い場所で、どこよりも月に近い場所で、2人はひっそりと笑った。





 07/07/22

 














 077 夢の果て(クロノクロス セルジュ→ツクヨミ)


 夢を見ていた気がする。
 と、彼は呟いた。
 気がする、というからには、彼自身確信が持てないから。
 青い髪をかきむしって、大きく息をつく。
 ここのところ、ずっと似たような状態が続いていた。
 寝ている間、ずっと夢を見ている気がする。
 思い出そうとすると、煙のように掻き消える。
 思い出したい、と願うのに、あっという間に消える。

 チリン、と鈴が鳴った。
 それは、知らない音。そのはずなのに、あまりに、懐かしい…響き。

 懐かしくて、涙が出るほどに優しくて、何故か、愛しい。

 よぎるのは、金の髪。
 けれど、求めているのは、それよりもまだ、深い、深い、夢の領域。

 夢の果てでチリン、と音が響いた。





 07/07/22

 














 078 儚き過去(オリジナル 王子と剣士と従者)


 王子は言いました。

「いいか? 過去とは儚いものなんだ」

 王子付きの護衛剣士、シエルシエン・アスナードは疲れ果てたため息。
 そして長い一言。

「人を連れ回した挙句現実に帰ってこない王子様の過去は確かに儚いものなのでしょうね」

 大きく頷くのは、王子付きの従者、ザザ・エルシナーデ。
 旅の同行者に心地よい返答を貰えなかった王子は、それでもめげる事はなく声を張り上げた。

「過去は儚く、しかし未来はくっきり大きく、夢はでっかく、胸にはロマンを抱け! と、かの英雄は行っているのだ!」

 どこの英雄だ。
 シエルシエンは突っ込む気力もなく、ザザと頷きあう。

 これ以上は付き合っていられない。置いていこう。
 ええその通りですシエルシエン。行きましょう。

 その間僅か2秒。
 ザ、アイコンタクト。

 街道沿いで無駄にでかい声を張り上げる王子を置いて、シエルシエンとザザは他人のフリをしつつ足を速めた。

 自分たちの過去をことごとく儚いものにしたのはどこのどいつだ。

 温かな部屋と、ふかふかのベッドと、大事な人たちとの憩いと、とろけるような美味しいシチューが、シエルシエンとザザの頭の中に浮かびあがり、あっという間に消えていった。




 07/07/22
 














 079 幻影(TOR サレ×ヒルダ)


 何故、とヒルダは自分に問う。
 急がなくてはならないのに、今や足はピクリとも動かない。
 何かの力が働いたかのように、自然に歩く速度が落ち、ついには止まってしまったのだ。
 どうして。
 どうして、そのとき振り返ってしまったのか。

 後ろが気になって気になって仕方なく、どこか急かされるようにして視線を後ろへ転じ…息を、呑んだ。

 静かにたたずむ、一人の男。

 紫の髪。
 アイスブルーの瞳。
 氷のように冷たい表情。

 見慣れた、男。

(サレ…?)

 そんなはずは無い。
 彼はもう動けるような体ではなかったはずだ。戦い、傷つき、ヴェイグの大剣によって昏倒した。いつもの冷酷の表情すら浮かべず、ただ憎悪に焼きつく瞳で、血を流し、大地に這いつくばっていた。

 そう、思い、かぶりを振った瞬間に男の姿は掻き消えた。

「………ぁ」

 ドクン、と心臓が鳴った。
 一度大きくなれば、後は連鎖的に早く強く動き出す。
 足がすくみ、体が震える。

 どうして、と自分で自分の肩を抱いた。

「おい、ヒルダ?」
「ヒルダさん?」

 声に、答えられない。
 視線が、男の立っていた場所から離れない。

 一つ、息を吸う。
 ごくりと、唾を飲み込む。

「皆…ごめん…」

 その声は震えていたのかもしれない。
 けれど、もう、ヒルダの体は動き出していた。
 望むがままに、足が動き、走り、来た道を戻る。
 1秒でも惜しいと言わんばかりの、誰にも止められない動きだった。




「…サレ」

 男は、そこにいた。
 腹部から刃を生やし、ヒルダの声にも全く動かない。流れ続ける血は、ぴしゃりとヒルダの足にはねた。己を落ち着かせるためだけに、ヒルダは何度も呼吸を繰り返した。

 男は、何も言わない。

 無意識に伸ばした手が男の頬に触れ、その冷たさに、驚く。
 ぺたり、と、血の上にへたり込んだ。

 何故、こんなにも胸がざわつくのか。
 死んで当然の男が死んだ。それだけの筈、なのに。

 もう一度手を伸ばし、今度はちゃんと頬に触れる。
 後ろで慌しい足音が近づき、ヴェイグたちの声が響いた。けれど、何を言っているのか分からない。
 ふ、とヒルダは笑った。
 落とすように…今にも泣き出しそうな、顔で。
 冷たく凍りついた男の輪郭を撫ぜ、震える言葉を落とす。

「馬鹿ね…死んだら、もう、会えないじゃない…」

 そんな、当たり前のこと。
 当たり前のことを初めて理解したかのように、ヒルダは笑った。

「…なんで、こんな…」

 自分の体を自分で抱きしめる。

 ―――苦しい、なんて。

 ぽつり、と何かが落ちた。
 透明の、雫。
 血溜の上、はじけて消える。

 ―――それを見て、ヒルダはようやく理解した。
 
 ヒルダの奥底に根付いていた、ひどく簡単な、"何故"…の、答えを。

「…まだ、息がありますっ」

 驚いたように息を呑んだ少女の声に、ヒルダは我に返った。
 顔を上げれば、医者を志す少女の姿。
 言葉の意味を理解して、ヒルダは笑ってしまった。

(しぶとい、わね)

 しぶといから。どれだけ打ちのめされても、どれだけ怪我をしても、少しすれば何事も無かったかのように顔を見せるから。
 だから。
 この男は死なないのだと、勝手に思っていた。
 何が起こっても。
 どんな事があっても。
 暫くすれば、けろりとした顔で姿を現すのだと。
 本気で、そう思っていたのだ。

「ねぇ、アニー」
「…え、は、はい…」
「………こいつ、助かるの?」
「今すぐに手当てすれば、大丈夫だと思います」

 毅然とした言葉は、今何よりも頼もしかった。
 アニーの顔は複雑だった。ついさっきまで散々自分たちを苦しめ、戦ってきた敵なのだ。アニーだけでない。その後ろに立つ、ヴェイグも、ユージーンも、マオも、ティトレイも…ヒルダの行動が解せないと、不振気な顔を見せていた。

 当たり前だ。
 一度も、サレとの関係を口にしたことはない。
 一度も、サレと面識があることを口にしたことはない。

 彼らは、旅をしている間も、ヒルダが時折サレと会っていた、などと、想像もしなかっただろう。

 仲間の視線を浴びているのを承知で、ヒルダは口を開いた。

「手当て…して、あげて…」
「はい…っ」

 ごめん、と思った。
 仲間に対して。
 注がれる視線が痛くて、顔を上げることが出来なかった。いたたまれず、うなだれる。

 青ざめた男の顔はピクリとも動かない。
 悪態と嫌味ばかりを紡ぐ口も半開きの、まま。
 
「…ヒルダ」

 ためらいを十分に含むヴェイグの声に、ヒルダは顔を上げた。
 仲間の誰もが怒っているわけでもなかった。人の命をむやみに奪いたいわけではない。現に先ほど戦った後も、どれだけサレが叫んでも、わめいても、とどめは刺さなかった。
 ただ、分からない、と、ヒルダに答えを求めていた。

「…借りが、あったのよ。命を助けられた」

 それはずっと昔のことで、サレにとっては戯れだったのだろう。
 それでも結局その戯れでヒルダは命を拾った。
 もちろん、それが全てな訳ではないが、他の理由を口にするのは幾らなんでもためらわれた。

「あま…ったる……におぃ」

 蚊の鳴くような、小さな声。
 その場の全員が、息を飲んだ。
 薄っすらと開いたアイスブルーの瞳に、ヒルダの姿が映っていた。
 それに、なんとも複雑な表情で、ヒルダは笑った。
 その表情を読み解くことは、仲間の誰であっても不可能な事だった。

「…馬鹿ね。…あんたの、香りでしょう?」
「……ヒ、ル…だ…?」
「私より先に死ぬなんて、許さないわよ…。こっちは、あんたの所為で一生滅茶苦茶にされてるんだから…絶対に…死なせてなんてやらないわ」
「…馬鹿じゃないの」

 そう、見慣れた酷薄な笑みを唇に刻み、サレは目を閉じた。

 ―――こんな馬鹿な男を、自分は愛していたのだ、と。

 ヒルダは瞳を閉じ、かつてよく触れた唇に、初めて己から唇を落とした。





 07/07/23

 














 080 永遠に(NARUTOスレ ヒナタ+サスケ+テマリ)



※大蛇丸死にます。
※想像するとグロいです。


「ねぇ、永遠が欲しい?」

 大蛇丸の耳に、ひどく場違いな、幼い声が聞こえてきたのは、中忍試験選抜試験、第二の試験が始まってから2日目の事だった。もっと正確に言うなら、2日目になって間もない深夜。
 さて、と考える。この中忍試験には前例が無いほどに新人下忍が参加している。アカデミーを卒業し、1年にもならない子供だ。それが、9人。更に後6人の子供が混じっている。
 そう考えれば幼い声であろうとなんだろうと気にする必要など無いが、大蛇丸に対して声をかけようなどと考える人間がいただろうか。
 しかも、"永遠"ときたものだ。この試験で必要とされる"天の書"の巻物でも、"地の書"でもない。

 にたりと笑って、頷いてみせる。どこからか大蛇丸を観察しているであろう存在に向かって。

「ふふ。永遠? 欲しいわねぇ…」
「じゃあ、あげますよ」

 くすり、と笑う声。空気がほんの僅かにぶれて、次の瞬間には大蛇丸のすぐ目の前に、黒い髪と白い瞳を持つ下忍の姿があった。

「…日向、ヒナタ」
「ええ。驚きました?」
「驚いたわ…。落ちこぼれと聞いていたけど」

 にぃ、と笑う。今目の前で、大蛇丸に恐れずに立つヒナタは、ひどく冷たく、そしてどこか妖艶に笑んでいた。対峙しただけで分かる…その力。
 全く今までどこに隠し持っていたというのか。

「欲しい、わねぇ…」

 "日向ヒナタ"が。
 もっとも、日向家の血も貰っといて損は無い存在だ。

「じゃあ、あげますよ」

 にこり、と笑った日向ヒナタ。
 ぞわり、と悪寒が駆け抜ける。

 直感を頼りに避ければ、今大蛇丸の立っていた場所に幾つものクナイが突きささり、そして爆発する。

「っっ」

 爆煙の中、大蛇丸が体勢を整えようとするよりも早く、何かが腕に足に絡みつき、宙に浮いた。
 きぃん、と幾つも幾つも幾つも重なって音が響いて、耳障りな不協和音となった。

 煙が晴れ、視界が晴れたとき、さすがの大蛇丸も唖然とした。
 自分を取り巻く環境の全て。
 自分に起こった全てのことに対して。

「どういう、ことかしら?」

 腕も足も体も、いたるところに鋼糸を巻きつけられ、それを覆うように結界が1つ2つ3つ4つ…………。バリエーションも豊かな、結界全部集めましたと言わんばかりの量。
 大蛇丸の視線の先で、日向ヒナタがくすりと笑った。

「ヒナタはちゃんと言っただろう? 永遠をあげる、ってな」
「聞いてなかったのか? 救いがたいな」

 ひどく素っ気無い声は、大蛇丸の両隣から。右にいるのは、金の髪に緑の瞳を持つ、砂の国の姫君。左にいるのは、黒い髪に黒い瞳を持つ、つい昨日散々痛めつけた筈の人物。

「なっ、なん、ですって?」

 初めて。初めて大蛇丸は驚愕の顔を見せた。
 テマリとも、うちはサスケとも、何回も会っているからこそ、驚愕を禁じえない。特に、うちはサスケはつい昨日呪印を植えつけたばかりだ。動けるはずが無い。まして…無傷なはずは…。

「悪いな大蛇丸。昨日のうちはサスケはただの身代わりだ」
「結構手こずったけどね。あれだけ精巧なうちはサスケを生み出すのは」

 黒い髪の2人の言葉に、大蛇丸は青ざめた。
 あれが、身代わり、だと?

「後、うちの父上も死んではいない。お前が殺したのはただの身代わりさ」

 冷たく、けれど綺麗に笑んで、テマリは告げる。
 死に逝くものへ最後の餞別。

 大蛇丸が口を挟む間も無かった。

 拘束を振り払う隙も無かった。
 
 術を組む暇も無かった。

 あまりにも残酷に、あまりにも唐突に、それ、は訪れていた。

「バイバイ」

 そう笑顔で手を振るテマリの姿が最後。
 身動きすら出来ず、瞬きもせず、そして、死んだ。

 結界の中に現れた有り得ないほどの量の刀が、大蛇丸の肉という肉を貫き、一部の隙もなく消し去った。刀が消えてしまい、結界の中に残ったのは、血液と、肉片のみ。
 形というものはなくなり、ぐじゅりと崩れた。
 結界が急速に収束し、全ての結界が縮んだ後、小さな爆発と共に消える。

「終わり、だな」
「血、ちゃんと採っておいた?」
「勿論」

 淡々とするべきことを行い、3人は顔をあわせる。

「本選が終わったら、ゆっくりしたいね」
「そうだな。いい加減、任務続きで疲れた…」
「同感だ」

 はぁ、と大きなため息が3つ。
 その余韻が消える頃、もう3人の姿はそこになかった。
 もう、誰もいない。
 誰も。
 静寂した世界の中、一つだけ、思い出したと言うように声が落とされる。

「永遠に、おやすみなさい」

 もう、誰もいない。





 07/07/25

 
















 071〜080まで。
 少しでも楽しんでいただけたでしょうか?
 宜しければ拍手でも一言メッセージででも、気に入ったところを書いていただけると嬉しいです。
 とても励みになります。

 うー。眠い眠いっ! 睡眠時間が3時間とかでも、昼平気で動ければいいのに。
 やっとこのお題の先が見えてきた!