091 お邪魔虫(NARUTO ナルト×ヒナタ)


「ど、どうしたの? ハナビ…。急についてきたい…だなんて…」

 敬愛すべき姉の問いに、ハナビは唇を噛み締めて、一度視線をそらす。
 視線はそのままで、けれどヒナタの服の一部はしっかりと握り締めている。
 日向家の門の前で、ヒナタはしゃがみこんで、ハナビと目線の高さを合わせた。その顔に浮かぶのは、心底不思議そうな、表情。

「ハナビ…?」
「…姉さんは、私が行くと邪魔なんですか? 迷惑、ですか?」

 ハナビの言葉に、しばしぽかんとした顔でヒナタは沈黙して、眉を少し潜める。

「そんなこと、あるわけないでしょう?」

 その顔がひどく悲しそうだったから、ハナビは小さな声でごめんなさいと謝った。小さな謝罪に、ヒナタはふわりと笑って、ハナビの頭を撫でる。

「折角の、休日なんだから…ハナビも友達と一緒に出かけたら…って、思ったの…」
「…今日は、姉さんと一緒にいたいんです」
「…ハナビ…」

 仕方ない子ねぇ、とヒナタはなおもハナビの頭を緩やかに撫ぜ、立ち上がった。
 不意の動作に手を離しそうになったので、ハナビはもう一度ヒナタの服を慌てて握りなおす。

「いいよ。ハナビ。…一緒に行こう?」
「本当ですか!?」
「ええ、勿論」

 そう笑って。




 視線で人が殺せるというのなら、というフレーズを聞いたことがある。
 何だっただろうか。昔読んだ小説か、それともテレビででも見たのか。
 なんにしろ、その言葉の意味を今日ほど思い知った日はなかった。
 視線で人が殺せるというのなら、多分今頃自分はぐちゃぐちゃに死んでいる。
 爛々と光る2つの眼が非常に怖い。あまりの怖さに愛しい彼女の言葉もしっかりと頭に入らないくらい。

「……と、いうわけなの」

 遅れてごめんなさい、と言った後、ヒナタは生真面目にその理由を説明した。説明されても、状況がなんら変わるわけではなく。

「それは、分かったってば。………でもさ」
「う、うんっ」
「…なんかオレってばハナビにめちゃくちゃ嫌われてる?」
「気安く呼ばないでください」

 一刀両断。
 物騒な子供だな、とナルトはしみじみ息を吐いた。
 下忍になった頃なら本気で切れていたかもしれない。今もだけど、昔はもっと短気だったのだから。

「ええっと、オレってばうずまきナルト。ヒナタの同期だってば。よろしくな?」

 手を差し伸べたら、手が焼き尽くされそうな目でにらまれた。いかにも嫌そうに、何かとんでもなく汚い物を触るようなしぐさで、少女はナルトの手を一瞬握り、すぐに離した。その後ハンカチで手を拭くのも忘れない。
 ここまでやられるといっそ清清しい。
 自分も大人になったな、とか、今ほど強く思ったことはない。
 こめかみが引きつったのは、仕方ないと思う。

 その日のデートは想像通りというかなんというか、まぁ、お約束な感じで。
 緊張しまくってポカをしまくった初デートよりもずっと散々だった。結局ほとんど2人きりで話すことも出来なかったし。

 とにかくまぁようやく散々なデートも終りに差し掛かり、ナルトは深い深いため息をついた。
 その顔をヒナタが心配そうに覗き込む。
 今頃になってようやっと2人きり。
 ハナビは友達家族に偶然に会い、少し離れた場所で会話している。

「な、ナルト君」
「んー何だってばよ?」
「…ごめんね。迷惑、かけちゃって…」
「んー全然、いいってば。こんなんなんでもないってばよー」

 視線が時折こっちに突き刺さるので、僅かに笑顔が強張った。ヒナタの曇り顔がますます曇る。ああもう最後の最後まで厄介な敵だ。
 いつの間にか近くに来ていたハナビがヒナタの手を掴んで引き寄せる。

「姉さん、帰りましょう?」
「あっ、う、うん」

 半ば引きずられるように先に進んだヒナタだったが、ほんの少し行ったところで踵を返して、ナルトに駆け寄ってきた。

「どうしたんだってば?」
「あっ、あの、今日はごめんなさいっ」

 そう言って、その直後に、ぐいと両手を引っ張られてバランスを崩して傾いたナルトの唇に、小さな衝撃があった。
 ぽかんとしてヒナタの顔を見ると、その顔はびっくりするほど赤くて。あっという間に踵を返して走り去った。余程慌てていたのか、躓きかけて、なんとか体勢を持ち直す。ハナビが何事かを喚いているのが途切れ途切れに聞こえてきた。

 嘘みたいに一瞬で、その感触を楽しむ余裕もなかったけれど。
 じわじわとこみ上げてくる喜びにナルトは頬を緩めて、握り拳を握って走り出した。舞い上がるような気持ちを持て余すように。

 ナルトは小さなお邪魔虫にこっそりと感謝する。
 初めて貰った彼女からのキスは、今日一日のハナビのナルトへの敵視ぶりが原因だと思うから。

 もっとも、次はいない方がいいに決まっているけれど。





 07/12/18
 















 092 理由(オリジナル)


「理由が必要か?」

 と、その人は言った。

 目の前で、大事な大事な人を殺して見せた人。
 冷たい冷たい瞳。
 悲しい悲しい瞳。

 呆然とした瞳に映る赤い、赤い夕暮れの色

「聞いて、欲しいの…?」

 大事な大事な人を殺した理由。
 親友と自らが呼んだ人を殺した理由。

 ………そんなの、どうだっていい。

「私は……あんたを、恨まない」

 恨んでなんか、やらない。
 だって、この人はそれを望んでいる。
 私に恨まれるのは当然で、だから、罵倒されて、貶されて、殴られて、それが償いだと勝手に思っている。

 そんなの許さない。
 そんなの許さない。

 誰が楽になどするものか。
 許さない。許さない。

 ―――だから、恨まない。

「私は、恨まない。…絶対に」

 それは恨むよりも、憎むよりもはるかに難しいことに他ならず。
 けれど。

「―――っっ。何故…っ!!!!」
「あんたが、殺したのは事実。あんたが私の父と母を殺した。でもそれが辛いのは、あんたなんでしょう?」

 立ち上がる。
 父と母の血を浴びたまま。
 父と母の血を握り締めたまま。

 まっすぐに見つめれば、ひどく動揺した冷たい瞳。
 自分の罪を再確認して、恨まれることで少しでも自分の苦しみを減らそうとするずるい男。

「私は、あんたを恨まない」

 ―――その方が、あんたはより辛いでしょう?

 それが私の理由。



 動揺したその瞳に、その答えを見つけた。





 07/12/23

 















 093 制服(NARUTO現代パラレル カカシ×テマリ)


「…………何?」

 あんまりにも突き刺さる視線がうざったらしくなって、ギロリと睨んでやる。相手の顔が自分よりもずっと高い位置にあるのが気に入らない。
 睨みつけた相手は、へらりと相好を崩して、ひょろりとした手を持ち上げる。
 その手の意図に気付いて、一歩下がった。
 同じようにして、一歩距離を詰められる。
 ただ、その一歩には随分な差があるので、結局のところさっきよりも近い距離。
 手は難なく持ち上がり、頬に触れられる。
 長身を折りたたんだ銀髪の男。

「ブレザーのテマリちゃんかーわいいー」

 26にもなる大人の台詞か、と心の中で突っ込む。
 言葉は男の口の中に消えた。
 馬鹿力で抱きすくめられそうになって、腕を突っ張る。
 抵抗に気付いて、男はようやっと身を離した。

「馬鹿! 制服に皺がよるだろ!」

 濃紺の、新品のブレザー。白いシャツと赤チェックのネクタイ、皺になりやすいプリーツスカート。
 どこもかしこもまだパリパリの新品そのもの。
 初めて着たのが今日なのだから当たり前だ。

「どーせ入学式でよっちゃうでしょ?」
「その入学式までもう時間がないんだから、あんたもさっさと行った方がいいだろ」
「えーもうー? だーって折角テマリちゃんが入学してくれたのにー」
「学校では近づくなよ」
「だから今の内に触らせてよ」

 にこりと笑った男を真新しい学生鞄でどついて、その横をすり抜ける。
 玄関に鎮座する、真新しい革靴。

「あっ、ちょ! 待ってよテマリちゃん!」

 その言葉に勿論待つはずもなく。
 アパートの一室を後にしたのだった。





 08/01/21
 














 094 利己的(NARUTOスレ シカマル×ヒナタ?)


 利己的だな、と言われたので、ええそうね、と私は笑った。
 彼はつまらなそうに眉間に皺を寄せたまま。
 もっともそれはいつもの彼の顔そのままだけど。

 血はとても綺麗だなと思う。
 流れ出す、吹き出す瞬間がとても綺麗。
 だから、人を貫いた瞬間にぞくりとする。
 身体の芯から痺れが走る。
 それはどこか性的な喜びにも似た、感覚。

 私はとても利己的な理由で人を殺す。
 人を殺す理由なんて、それで十分だ。

 彼みたいに理性で感情をがんじがらめに抑えて、道徳的な理由を探して人を殺すよりもずっと健全だ。
 私の利益、私の喜び、私の理由。
 その全てを彼は否定するのだ。
 おかしい、そんなのは間違ってる、と。

 そうだ、そうだ、彼はきっとおかしいのだ。
 この喜びが理解できないなんて。

 彼はいつも私を嫌悪という感情を込めて見る。
 そのくせいつも隣にいるのは彼なのだから、こんなに笑えることはない。

 めんどくせー、と彼は吐き捨てたので、ええそうね、と私は笑ってあげた。
 彼は哀れむように、何か醜いものでも見るように私を見て、私はそれに綺麗に綺麗に笑って応えた。

 こんなに私たちは嫌いあっているのに、どうして一緒にいるのかしらね?



 ―――それはきっととても利己的な理由に違いないけれど。





 08/01/23

 
















 095 博愛主義(オリジナル 人間とノバア(人類の敵(笑)))


 私たちは協力し合えない?

 いいえ、私はそうは思わない。
 例え私が姿を変えているからだとしても、皆私を慕ってくれた。
 私の正体を知っている人も、認めてくれた。

 それは、私たちが理解しあえるということじゃないの?
 それは、私たちが共に協力しあえるということじゃないの?

 サファイ=フィーリルは人じゃない。
 人から生まれた新しい種族。
 たった一人の人間の行った罪の塊。

「お願いが、あるの」

 サファイの瞳に宿った決意の色に、ファシストは痛ましげに瞳を細めた。とても悲しそうに。

「…私と君が婚約を交わす。そして2つの組織は1つになる。…そして、協力して彼らを打ち破る。それでは駄目、なのかい?」
「ノバアには、戦えない人たちが沢山いる。戦いを望まない人も沢山いる。…それを、人間は知らない」
「けれど、今君がその姿をさらす事は得策じゃない。組織の団結は揺らぐ、士気の低下はこの時期にあっていいものじゃない」
「でも…このままじゃ何も終わらない。何も解決しない。人間はノバアのことを知らず、ノバアは人間のことを知らずに死んでいく」

 波立つ感情を押さえつけて話す少女に、ファシストは理解しあえぬことへの苛立ちを覚える。それは、彼女が決して譲らない理由の一つに、恋敵の存在があるから。その事に彼女自身が気付いてはいないから。

「君のしたいことは、大それた博愛主義の押し付けだ」

 毒の含まれた言葉に、サファイは悲しげに眉を潜め、僅かに微笑んで見せた。

「ノバアの私がこうして人間の貴方と話が出来る。それは夢でも理想でもない、現実の話だもの」

 だから決して譲らない。そう、サファイはまっすぐな瞳でファシストを見上げた。





 08/01/23
 














 096 氷点下の微笑(NARUTOスレ テマリ+ヒナタ)


 それはとても冷たく凍りついたもので。
 少し意外な面持ちで、テマリは目の前の少女を観察した。
 微笑、と言っていいのかも知れない。
 ただ、ただ、冷たい瞳でしかないのに。
 その唇に刻まれた形は、確かに笑んでいるよう。
 表情は歪む事も劇的な変化が起こることもなく、淡々と、その形のままで彼女は刀を振るう。

 刀が揺れ動くたび、血飛沫が上がり、それは少女の身体を濡らすが、彼女の表情は変わらない。

「何?」

 じっ、と見つめる一対の瞳に我慢ならなくなったのか、少女、ヒナタは苛苛と刀を向けてきた。その刀をクナイの刃で受け止め、笑う。

「微笑の姫君、とはよくもまぁ言ったものだ、と思ってな」

 テマリの言葉に、少女は苛立ちはそのままに冷たく瞳を細め、それでも唇は笑んでいた。

「誰、あんたにそれ教えたの。…気持ちわるい」
「そうか? 可愛らしいじゃないか」

 更にテマリは笑って。

「もっとも、その前に"氷点下の"、と、入るべきだとは思うがな」

 氷点下の微笑を2人の少女は顔にのせた。





 08/01/28

 














 097 図書館(NARUTOスレ ナルト×テマリ)


「…こんなところにいたのかよ」

 ひやりとする低音の響きに、声をかけられた少女はちいさく肩を揺らした。
 少女、と言っても、声をかけた少年よりも年は上。
 少年、うずまきナルトは、苛立たしげに少女の元へと歩み寄り、正面へと回り込む。

「…うずまきナルト」
「フルネーム言うな…ってば」

 取ってつけたようなあからさまに棒読みの口癖に、小さく少女は吹いて、手に持っていた本を閉じた。

「木の葉で一番好きな場所はここでな」

 そう言う少女の瞳は、確かに楽しいと、喜びに輝いていたので、うずまきナルトは思いきり眉をしかめた。

「図書館なんて、砂にもあるだろ」
「違う本が沢山ある図書館がな」

 こことはまた別と言い切った少女に、少年は苦々しげに顔を歪め、吐き捨てた。

「つまんねー女」

 図書館の静寂に吸い込まれた言葉に、少女はひどく愉快そうに笑って見せた。





 08/01/30
 














 098 一途な想い(NARUTOスレ? ナルト×ヒナタ+テマリ)


 時々無性に怖くなる、と少年は言った。
 その独白を聞いていた少女は、興味がなさそうに、けれど一応の礼儀と言わんばかりに、何が、と聞き返す。ぺらぺらと捲っていた本から目を離すことは一切ない。

 少女の態度にめげる事もなく、少年は独白の意味を切切と語り始めた。

 だからさ、俺思うんだよ、ヒナタはきっと俺のこと滅茶苦茶かっこいいやつだって思ってるんだ、恋は盲目って言うだろ? それでいつもいつも俺を見ててくれるし、九尾のことも受け止めてくれたし、傷つけちまっても許してくれたし、優しいし、可愛いし、何であんなに自信持ってないのか不思議なくらいだし、スタイル抜群だし、髪のさわり心地とかもな、いいんだよ、抱きつき心地さいこーだし、もう上目遣いで見られたりした日にゃマジでヤバいし、って今身長差ないくせにとか思っただろ、違うんだよ、座ってるヒナタに話しかけたりするとさ、もうヤバいんだって、ああもうホントにさ…(省略)…で、だからさ、とにかくヒナタはすっげーいいヤツなんだけど、なんで俺なんかが好きなのかなってたまに思うんだよ、ヒナタのヤツ、すっげー一途だからさ、ずっと俺のこと好きでいてくれるとは思うんだけど、でもこうなんかいいのかな、って、俺なんかでいいのかなーって思ったりもするんだよなマジで、ああでも今更ヒナタと離れたら俺絶対死ぬ気がするし、マジで嫌だし、でもさ…(省略)…だから、家の問題とか俺の九尾の問題とか色々あるしさ、ヒナタはきっと俺と別れた方が良いと思うんだ。

 少年はそこまで言うとサァ―――と蒼ざめる。
 この世の絶望を見たと言わんばかりの表情で、自分の結論に落ち込んだ少年を少女はちらりと見て、またすぐに視線を本へと戻す。

 馬鹿じゃないのか、とか、どっちが一途だよこの日向ヒナタ依存症発症者め、とか、結局のろけだろそれ、とか色々頭の中に浮かべながら、じゃあ死ぬ気で別れれば、と少女は本から目を離さずに言った。

 止めを刺された少年はパタンと崩れ落ち、テマリさんのばーかばーかと涙ながらに訴えるが、少女は一切気にせずに本のページを捲った。

 そこにひょっこりと顔を出した黒髪の少女。それはまさに話題の恋に盲目一途少女。
 少年の後姿を見つけてぱぁ、と表情が明るくなり、少女の横顔を見て、少し暗くなる。愛しい黒髪の少女の登場に気付いた少年はがばりと起き上がり、表情を輝かせた。

 本から少しだけ視線を外して、誤解なきよう、愚痴を聞いていただけだ、といえば、黒髪の少女は慌てて首を振った。

 テマリさんと一緒にいるナルト君はとても自然だから、羨ましいなと思っただけなんです。

 黒髪の少女の可愛らしい控え目な笑顔(上目遣い)に、あの一途馬鹿の言うことも一理あるのかなと本に視線をもどしてから小さく思った。 






「またあいつに構ってたのかよ。つくづく付き合いのいいヤツだな。んなしちめんどくせー事するなよ」
「別に、構ってはいないさ。聞き流していただけだよ」
「ふーん。でも、あいつらに構うのも程ほどにしとけよ。マジめんどくせーぞ」
「たまにはあいつら並みの愛情表現をお前に求めてみたいと思うが?」
「………………お前それ本気で言ってんの」
「まさか。気持ち悪い」
「全くだ」





 08/01/30

 














 099 虚無(NARUTO ナルト×ヒナタ)


 空虚だなぁと日向ヒナタは思った。

 彼らにとって"日向ヒナタ"は価値も意味も持たない、ただただ必要のない存在。
 家に捨てられ忍となり、額に呪印を刻まれた役立たずの落ち零れ。
 そして忍としてすら生きられなくなった役立たず。
 利用価値のない駒。
 空っぽの忍。
 空っぽの人間。

 必要がないんだな、ということを改めて認識する。

 だから。



「どこ行くの」

 里を出て二歩三歩。
 後ろから聞こえてきた声に、振り返る。
 暗闇にもよく映える、眩しいまでの金色の髪。
 いつのまにかとても遠い存在になった、憧れの人。
 自分よりもずっと高くなった長身の青年が小さく息を吐くと、辺りが一瞬白く染まった。

「そんな薄着で外に出たら、風邪、引くよ」

 本当に言いたい事の焦点をぼかして、青年はもどかしげに上着を脱ぎ、ヒナタの肩にかけた。優しい行為に、ヒナタは首を振って上着を肩からどかし、青年へと差し出す。

「もういいんです。私、里抜けしますから」

 驚くほどはっきりとした、けれどどこか空虚な言葉に、青年はぽかんとして、すぐに踵を返したヒナタを逃してしまう。

 三歩、四歩、五歩。

「…なんで…だってばよ」

 小さな声。
 ヒナタは振り返らない。
 ただ里の外へ向かって歩くだけ。

「ヒナタ!!!」
「………」

 青年の力強い声は、どこかに置き忘れたはずの何かを思い出させようとするから、ヒナタは決して振り向こうとはしなかった。

 けれど、青年はすぐにヒナタの前に回りこみ、ひどく歪んだ、いびつな表情で上着を差し出す。

「風邪、引くから帰るってば」
「………」

 ヒナタは首を振る。
 空っぽのヒナタは誰にとっても必要がないから、木の葉を出たって誰にも支障がない。
 利用価値なんてなくて、片足を失ったことで忍として生きれなくなって、なんの役にも立たない落ち零れ。
 忍社会にとって存在しないのと同じ事。とてもとても虚無であること。

 今更風邪を引こうと、里を出ようと、のたれ死のうと、それはきっと世の中にとって正しい事。
 いないのと同じ存在が本当にいなくなるだけ。

 ヒナタのガラス玉のように空虚な瞳に、青年はとても悲しそうに写っていた。
 彼にとっても、ヒナタは存在しないのと同義の筈なのに。
 里を率いる存在にとって、戦闘能力のないただの役立たずなど不必要な筈なのに。

「ヒナタ…帰るってばよ…」

 青年の吐く息が視界を白く染める。
 まるでヒナタの瞳のように。

 青年の瞳に写るヒナタは、とても悲しそうに写っていた。
 それはきっと、青年がそういう風に思って見ているだけだ。

 空っぽのヒナタは、今更そんな顔するはずないから。

「ヒナタぁ…」

 なんて哀しそうな顔をするのだろう。
 里の頂点に立った人間だというのに。
 ヒナタと違って、人に必要とされ、価値を認められた青年なのに。

 ヒナタにとっての憧れの塊なのに。

 青年の指が急にヒナタの頬に触れる。冷え切ったヒナタの頬とまるで違う、暖かな、手のひら。
 触れた頬から指先を伝い落ちる雫にヒナタは気付き、それと同時に妙に視界がぼやける事に気付いた。青年が口を開くたびに視界は更にぼやける。

「泣くなってばよ…。なぁ、ヒナタ…もう帰ろう? 俺、ヒナタがいないと嫌なんだってば…。俺ってばヒナタとの約束があったから…だから、火影になれたのに、ヒナタがいなくなったらどうすればいいんだよ」

 すがりつくような青年の言葉に、ガラス玉のような瞳が僅かに揺れる。
 約束、なんてしただろうか。

「ヒナタが一緒にいてくれないと、嫌だってばよ…」

 まるで子供のような泣き言を、里を背負うべき青年は虚無に向かって言うのだ。
 何もない筈の存在に言うのだ。
 価値のない筈の存在を求めるのだ。
 "日向ヒナタ"という役立たずを。

「……………どう、して…」

 ヒナタの唇が震え、空気を振動させる。視界が白く染まって、ただでさえぼやけた目の前が見えなくなった。

「私は、もう…いらないのに…。もう、戦えない…居場所なんてないのに…」

 家を追い出されて、行く当てもなかった。
 決まっていた婚約は身体に負った傷と、任務の失敗を理由に破棄され、2重に日向の名を汚した落ち零れにもう居場所はなかった。

 醜い足を引きずって、ここまで来た。
 歩くのが精一杯でそれは本当に役立たずの足で、まるで自分そのもので、早く消えてしまいたいと思ったのに。
 もどかしいほどゆるりとした速度で、ようやくここまで来たのに。

 最後の最後で…彼が来た。

 ずっとずっと憧れていた人。
 下忍時代のように会うことはほとんど無くなって、偶然会ったりしたら少しだけ話をして。知らない上役の息子との婚約が決まってからは、会わないように避けてきた人。

 それだけの関係。
 そんな吹けば消えるような、あまりにも希薄な関係。

 なのにどうしてこんなにも彼は悲しそうに虚無を求めるのだろう。

「いらなくなんてない。戦えないから何だってばよ! ヒナタがいるならそれでいいんだってば! 居場所が無いなら作るってば!! だから里を抜けるなんて……っっ。そんなこと言うなってばよ!!!!」

 どうして、そんなことを……っっ。

 ヒナタは唇を噛み締めて、青年を見上げる。
 澄んだ、まっすぐな青い瞳には確かにヒナタが写っていた。

「私…が…いても…いい、の…?」

 戦えない自分が。
 何の役にも立たない自分が。

「良いに決まってるてば!!!」

 ヒナタの肩に頭を埋めて、青年は叫んだ。




 その瞬間に日向ヒナタという瞬間は虚無ではなくなったのだ。





 08/02/05

 














 100 また、明日(TOA ルーク×ナタリア)


 何度も何度も何度も繰り返されるお小言に、いい加減にぶち切れてルークは叫んだ。

「だーーーーっっ! うるせーうるせーうるせー! また明日にしやがれ!!!!!」

 突然の大声に、野宿の準備をしていた面々はぴたりと止まり、視線は自然と怒鳴られた黄金色の髪の王女様に集中する。
 薪を両手に抱えた少女は、きょとんと瞳を瞬かせて、そっぽを向いたルークを見上げた。
 まだ彼女は野宿に慣れていないし、する事も分からないのでルークと一緒に薪拾い係に任命されたのだ。

 いつものように、打てば響くがごとく返ってくる声がなかったので、ルークは何事かと思い、そろそろと少女を伺うと、アーモンド形の大きな瞳が何度も何度も瞬きして、じっと見つめていた。

「な、何だよナタリア…」

 予想と違う反応に戸惑う。
 訝しげに顔を歪めたルークに、ナタリアは急にふきだした。

「な、何笑ってんだよ! 気持ちわりーな!」
「ふふ。だってルーク、嬉しくなってしまったのですもの」
「はぁ〜? どこがだよ!」

 ルークはいつものように怒鳴っただけで、それは決して褒められたような行為ではないし、ナタリアの反応もいつもは全然違う。
 嬉しくなることなんて何もない筈、なのに、ナタリアはくすくすと笑って、まっすぐな瞳でルークを見上げた。

「昔、わたくしにとって、ルークの"また明日"は、"またいつか"、と同義でしたのよ? 毎日はお会いできませんでしたし…明日会えるかどうかなんて、保障はありませんでしたもの」

 ナタリアの毎日は勉学と弓の練習に殆どが費やされていたし、そのほかにも挨拶回りや顔見せの対談、パーティなど、することは多くあった。ルークに会いに行くのはその合間を縫っての事で、毎日なんて不可能な事だった。

 だから、ナタリアはルークの"また明日"が嫌いだった。次に会った時、ルークはもうそんな事忘れているから。

「ですが、今は明日があるのですわ。また明日、こうしてルークと話すことが出来るのです」

 そう考えたら、とても嬉しくなった。
 時間に急かされるように一所懸命話さなくても、一緒にいなくても…失われた空白を埋めようと頑張らなくても、いい。
 ナタリアとルークには、また明日があるのだから。

 朗らかに笑う少女に、ルークは毒気を抜かれた顔で、そっぽを向いて「うぜーっての…」と呟いた。その耳が僅かに赤く色づいていることを、ナタリアを除く仲間の誰もが気付いていたが、この疲れているときに余計な面倒を起こしたくなかったので、綺麗に見ない振りをして野宿の準備を再開したのだった。





 08/02/06

 















 081〜090まで。
 少しでも楽しんでいただけたでしょうか?
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 とても励みになります。

 なんとか100題できましたーーvv わーvv
 お付き合いありがとうございましたーvv