1 禁忌の森






 
















2 悪魔と人間





 

















3 召喚



 



















4 視線の高さ



 

















5 幸せ


 彼らの出会いは、最悪だった。
 …当たり前だ。
 悪魔だのなんだの言って喧嘩を吹っかけた者と、その喧嘩を買ったもの。
 頭から敵だとその少女は思い込んでいて。
 少年はそんな少女を馬鹿なニンゲンくらいにしか思ってなかった。

 だっていうのに。

「おい」
「………」
「おい、ニンゲン」
「………」
「色黒露出狂ニンゲン」
「………」
「………」

 ぷち、とバルレルの中で何かが切れて、単純に本能が行動へ直結する。バルレルの背で蝙蝠のような小さな羽が、力強く動いて風を巻き起こす。
 わっ、と小さな悲鳴が起こったが完全無視。呆然としているルウの手の中から、顔をうずめるように呼んでいた大きな本をむしりとる。

 そこまでされて、ルウは夢から覚めたような面持ちで、わけもわからずに呆然と瞬きを繰り返した。

「………ば、バルレル?」
「おう…ってなんだぁ? "王都の甘いもの特集"? ケッ」

 くだらねぇ、と吐き捨てたチビ悪魔に、ルウは眉を吊り上げる。

「べっ、別に何読もうとルウの勝手でしょ!? バルレルには関係ないんだから!」
「ぁあ?」

 感情のままに文句を言えば、海賊も盗賊も悪魔もはだしで逃げ出すような迫力で凄まれて、ルウはびくりと固まる。
 もっともその迫力も小さい悪魔の姿では半減ではあるのだが。
 お互いに固まったまま、ピクリとも動かない。そのなんともいえない空気に、ルウはさらに混乱しつつ固まり続ける。最早先に動いたら負けだと、なんとなく思って余計に動けない。
 けれどもそれはルウの勝手な考えで、小さい悪魔様には関係ないようだった。
 イライラと舌打ちして、首でも絞めるのかという勢いで、女の顎を掴む。
 座って本を熟読していた女と、見下ろしている小悪魔。
 その目の冷たさに、ルウはこくりと唾を呑む。

 きっとそれが合図。
 一瞬で、悪魔と女の顔の距離が0になる。

「んっ!?」

 何か怒られる、と覚悟して瞳を閉じた女は、想像とはまるで違う感触に驚いて、反射的に身を引く。
 ―――それを、素直に見送るバルレルではなくて。
 長いルウの黒髪に指を絡めて、頭ごと引き上げて、強引に口を開けさせる。
 息をする間もなく口をふさがれて、侵入されて、その息苦しさにルウの目尻に涙が浮かんだ。髪の毛が引っ張られて痛くて、息が出来なくて苦しくて。
 それでも次第に口付けに溺れていく。

 ―――その全ての感情の動きを美味しく頂きながら、バルレルはさらに女を求める。

「やっ、ばっ、バルレルっ…」
「んぁ?」
「とっ、トリスが…っ」

 いるのにっ、とバルレルを引き剥がそうとする女の手を掴み取る。バルレルの方がずっと小さい身体の癖して、ルウの力はまるでかなわない。 
 ちなみに、トリスは買い物に行ってくるといって出かけた。本に夢中になっていたルウが、それを聞き逃していたのをバルレルは知っている。

 だからバルレルは何の憂いもなくルウをもてあそぶ。

 焦りと恐怖の感情を、実に美味しく頂いて、そのチョコレート色の目尻に浮かぶ涙も頂く。女が息をついたのもつかの間、すぐにその唇はふさがれる。唾液が零れるのも構わずに、バルレルはルウの舌を舌で探り当てて、吸い付く。

「ふぁ…っ」

 ふるりと震えて、女の身体から力が抜けた。かくりと崩れ落ちて、床に艶のある黒髪が広がる。

 唾液と唾液の混じりあう音と息づかいだけが部屋に響き続けて。




「たっだいまー!」




「っっ!!!!」
「ちっ」

 変化は劇的なだった。
 バルレルはルウの身体を開放し、パタパタと羽を動かして、部屋から飛び出す。
 2階の廊下部分から吹き抜けになっている玄関を見下ろすと、一人の女がきょろきょろと辺りを見回して首を傾げていた。

「てめぇはもう帰ってきたのかよ」
「バルレルただいまールウは?」
「けッ、知らねーよ」
「えーまだ本読んでるのかなぁ? 街に行く途中でね、パッフェルさんに会ったの。で、ここにケーキ届けるっていうから、預かってきちゃった」

 相変わらずパッフェルさん忙しそうだったよ、などと呑気にトリスが笑って。
 それとほとんど同時に、ばたばたばた…とせわしない音が響く。
 もう一度バルレルは舌打ちをして、トリスはとある予感に笑う。

「おかえりトリス! ルウのケーキある!?」

 乱れた髪と乱れた服を申し訳程度に直して、2階の手すりから身を乗り出して叫んだルウに、トリスはにんまりとケーキ箱を持ち上げた。

「もっちろん!」
「わぁっ」

 幸せオーラ全開でぱたぱたと1階に駆け下りようとするルウと、バルレルがすれ違う。

「夜は容赦しねーからな」

 そのほんの一瞬の交差を逃さず、掠めるようにして小悪魔の声はルウに届いた。
 それでもルウはスピードを落とさずにトリスの下へと駆け寄る。
 微妙に笑顔の強張っているルウに、バルレルと何かあったのかな、なんて思いながらトリスは楽しそうに居間を示した。

「ルウ、お茶にしようよ」
「う、うん!」
「バルレルも!」
「ケッ」

 小生意気な悪魔は吹き抜けをそのまま飛び降りて、軽く着地すると2人の女を置いてさっさと居間へと小さな身を滑り込ませた。
 残された2人もその後を追いながら、トリスは小さな声でルウに問いかけた。

「…バルレルがなんかした?」
「えっ!? な、なんにもっ、なんにもないわよ?!」

 明らかに挙動不審になって勢いよく首を振る女に、トリスはにまにま笑う。

「なっ、何?」
「えっへへ。べっつにぃ〜」

 褐色の肌で顔色の分かりにくいルウだが、今でははっきりと上気して赤くなっている。髪の毛を巻き込むようにして両頬を押さえた女は、同姓のトリスでも息を呑んでしまうほどに色気があった。
 トリスは緩む頬を、ルウと同じようにして押さえながら、楽しそうに笑う。

「うぅ〜〜〜」
「もーっ! かーっわいいなーっ!」

 ルウに飛びついて、トリスはお腹から声を上げて笑った。
 聖なる大樹からネスティが帰ってきてからもう1年。
 トリスとネスティと、ルウとバルレルはロッカとアメルが再建したレルム村で暮らしている。
 毎日が大変で、やることも沢山あって、それでもゆっくり出来る日もあって。
 そんな毎日がトリスには心から愛おしい。
 最近の楽しみはもっぱら一緒に住む2人の観察だったりして。

 トリスから見るバルレルとルウは、あれだけ反発しあっていたのが嘘みたいに一緒にいて。それが意外にもしっくりしていて、本当に幸せそうなのだ。


 だから。

「あぁもう、幸せだなぁ」

 この家から笑い声が響かない日は、ない。