Eldion&Fols
落ちこぼれ
とある一つの大陸の、とある国の街道に旅人の姿が二つあった。
一つは小柄な子供、フォルス・ティレクトのもの。
一つは銀髪の魔法使い、エルディエン・フォーリスのものだ。
「師匠ー…」
ばたん、と地に倒れ伏したフォルス、情けない声を出して己の師匠を呼んだ。汗だくになったシャツが身体に張り付いて気持ち悪い。フード付のマントがまとわりつく。しっかりと整備された石の道が少し気持ちいい。
師匠、と呼ばれたエルディオン・フォーリスは振り返り、見事に倒れているフォルスに首を傾げる。
「どうした?」
「どうしたも何も…いい加減休みましょうよ!」
盛大にわめいたフォルスだが、振り返ったエルディオンの身体に汗の一滴もないことにいや〜な顔をして、荒い息を整える。
「ああーー! こっちは師匠と違って化け物級の体力なんて持ってないんだっての! そこんとこちゃんと考えましょうよーー!」
大体男と女、大人と子供の体力差を考えろ、と愚痴を零す弟子に、エルディオンは笑った。
「置いていってもいいか?」
恐ろしくさわやかに言い切ったエルディオンに、フォルスは絶望そのもの、といった表情で身体を必死に起こす。
フォルスには分かる。エルディオンは本気でする。絶対置いていく。
冗談じゃないとフォルスは身体を起こして、とりあえずはマントを脱いでパンパンの荷物に詰め込む。
別に、フォルスの体力がないわけではない。同じ年の女の子や男の子に比べても、相当体力のあるほうだ。
だが、誰だって一日中こうして歩き回っていたら、汗だってかくし、疲れるし、苦しいし。何で平気なんだエルディオン・フォーリス。
「ししょーのアホ、間抜け、馬鹿、変態」
思いつく限りの悪口を並べていって、けれどエルディオンはどこ吹く風。
だが、ふと思いついたのか、足を止める。
「ああ。そうだフォルス。お前、風の精霊呼んでみろ。水と火は試したけど風はまだだろ」
なんでもなさそうにいわれて、うっ、と詰まる。精霊魔法は苦手だ。
精霊魔法とはそもそも精霊に好かれなければならないのだが、フォルスは何が悪いのかあんまり好かれてない。よって、呼びかけても出てこない。
精霊には風と火と水と土と光と闇の6つの属性があって、これらの属性は人間も生まれたときに持っているものだ。精霊も同じ属性の人間には気安いが、相反する属性になったりなんてすると全く出てこなかったりする。だが、この属性も結構ばらばらで、2つ以上の属性を持っている人間も居れば、1つも持っていない人間も居る。
エルディオンはかなり特殊だ。どの属性も持っており、どんな精霊も多種多様に呼び出すことが出来る。彼自身の能力が優れているので、かなりの上級精霊とも顔見知りとのこと。
それで、フォルスも色々と試しているのだが…。
水はまだ良かった。水の精霊とはまだ気が合うようで、結構出てきてくれるし、この前は上級の精霊と仲良くなれた。ただ何故か知らないが上級の精霊以外はあまり出てきてくれない。それはそれで謎だ。
だがしかし。
火は、ダメだった。とことんダメ。どれだけ下級の精霊でも全く出てくる気配なし。たまに気配を感じたと思ったら悪戯しにきたただけのようで、服の一部を焦がされた。ムカつく。
でもまぁ。実際のところ、それが普通なのだ。
水の属性は持っていても火の属性は持っていない。それだけのことだろう。
ただ、エルディオンが特殊な所為で、物凄く出来が悪いように感じるのも事実。
水は、いい。
火は、ダメ。
残りの属性は4つ。
祈るような気持ちで、精霊を呼び出す手順を辿る。精霊を呼び出すためにはその属性の媒体が必要なのだが、風は屋外であるここにはいくらでも存在するので、特に考える必要もない。虚空に魔力を放ちながら、呪文を唱え、気合を込めて、呼んだ。
…………………………ぽんっ。
ぽん?
「………し、失敗?」
陣の上には何も居ない。ぽん、って何だ。
ああ、この属性もダメなんだ、とフォルスが途方にくれた時、唐突にエルディオンが笑った。
「師匠?」
「お前、一応成功してる。いやーすごいすごい。そこまでちびっこいのオレでも呼び出せたことないわ」
「はぁっっ!?」
「お前の肩の上」
冷静な指摘。
骨格がしっかりしているとはいえ細い男の指が、フォルスの肩を示す。指につられるように、フォルスの視線が動き、己の肩の上を必死に見る。
………居た。
確かに。居た。
成功と言えば、成功だ。
「ちっせぇええええええっっっっ」
思わず叫んでしまったとしても、まぁ、仕方のないことだろう。
そのサイズ、僅か小指の先ほど。
ここまでくると最早精霊じゃない。虫だ。精霊の皆様方には甚だ失礼だが、ハエとか、蚊とか、そこら辺だ。間近で見るもどういう表情なのかさっぱり分からない。虫眼鏡が欲しいくらいだ。
と、その精霊。あんまりな言い様に腹を立てたのか、フォルスの髪を持って引っ張る。ぴんと引っ張られ、根元から抜けた。
「って」
小さなフォルスの苦痛の声に満足したのか、ふんぞり返った。…多分。小さすぎてその動作が良く見えないのだ。
「フォルス、透視系の魔法で小さくてよく見えないものを見えやすくする、ってヤツあったろ。アレ使ってみ」
師匠の助言にしたがって、使う。透視系の魔法はかなりの得意分野に入るから、魔力の消費も少ないし時間も掛からない。けど、この魔法、実用性はあまりないから、使ったことはほとんどない。だって、虫眼鏡があれば十分だし。この魔法を作った人間にしても、自分以外ではほとんど役に立たないだろうと思っていたらしい。ただ、古代文字の研究者であったから、どんな小さな差も見逃さないために作っただけ。虫眼鏡よりもかなりの精度を求めるために。
そんなマニアックなこの魔法だが、魔法使いでもあんまり使える人間は居ない。まず知られていないから。エルディオンはかなりの魔法オタクだとフォルスは知っている。
ぐん、と精霊が大きくなった。そう、見えるようになった。
と、言っても人間の赤ん坊ほどもない。けれどそれでもかなりの倍率だ。
風を衣服のように纏う、人形の精霊。フォルスの髪が気に入ったのか、くるくる自分の周りにまわして遊んでいる。フォルスの髪は長いから、精霊の周りを何週も出来る。
ちゃんとよく見えれば、可愛らしい女性の形をしていた。
「え、ええと、こんにちは」
とりあえず、そう挨拶すると、精霊がぴょこんと頭を下げた。
うん可愛い。
「来ていただいてありがとうございます。少し、風を吹かせてもらってもいいですか?」
目的なんて特にないから、そう切り出してみる。
精霊は軽く首を傾げて、手を上げた。万歳だ。
風が、動いた。
そよそよそよ………。
かなり、微風だ。
フォルスの髪をそよそよ揺らして、えっへんと胸をそらした。
(わー本当に少しだー)
なんだか生暖かい微妙な目になって、そう思う。
嬉しそうな精霊があんまり可愛いから、なんかもういっか、って気分になって、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。お疲れ様です」
楽しそうに笑って、精霊は帰っていった。
しばし、そのまま固まって。
「………あああああ超意味ねぇえええええええええ」
がっくりと肩を落とした。
一連を笑いながら見守っていたエルディオン、冷静に言う。
「すこーーーーし涼しい気分になったな。少しな。まぁどうやら風の属性も持ってないみたいだな、お前。アレくらいの精霊なら属性なんて必要ないだろうし」
ただ単にちょっと面白そうだったから出てきました、程度だ。属性なんてどこにも必要ない。
大きな大きなため息をついて、ついでに無駄に消費したエネルギーを取り戻すためにも深呼吸する。
「あーあ。結局風も駄目かぁ…」
「みたいだな」
「後はー土とー闇とー光かー。ああー畜生師匠の馬鹿ー」
こんな無駄に能力に優れた師匠じゃなかったら、こんなに劣等感を感じることもなかっただろうに。こんなに惨めな気分にはならなかっただろうに。
…まぁエルディオンに会わなかったら、一生魔法に縁などなかっただろうけど。
そう思って、負け犬気分を終了させる。
なんだかんだ言ってもエルディオンは自分の偉大な師匠であって、尊敬している。エルディオンがいなかったら自分はのたれ死んでいた確率濃厚だし。
なんて、ちょっといい気分になっていたら、エルディオンが目の前に居ないことに気付く。
はっとして、街道の先を見ると、間違えることのない後姿。
「ちょ、し、師匠!! あんた何置いていってるんですかっっ!!!!!!!!」
「師匠を馬鹿呼ばわりする弟子を持ったことはない」
そうして師匠と弟子の追いかけっこが始まるのだった。
2006年12月3日
初顔見せの師匠と弟子。
エイゴン&メルナとは似て非なる師弟です。
メルナとフォルスは結構共通点も多いんですよね。
色々と師匠に迷惑かけられまくってるところとか。
まぁこんな感じの2人ですが、よろしくお願いしますvv