私の名前はメルナ・フォーリス。師匠と旅をしている魔法使い見習い、15歳。
 そんな私が師事しているのが目の前のこの老人、エイゴン・ザレイウェン。86歳という超高齢な魔法使いだけれど、まだまだ現役。…たまに、天国へと連れて行かれそうになるけれど。
 そんな私と師匠の2人は、魔法学校がある都市『ムーラングレス』の郊外にある小さな広場に来ていた。

 師匠と私はここに、師匠の昔馴染みが居ると聞いて会いにきたのだ。





Eigon&Melna
 貴方にしかできない






 郊外だからだろうか、ひとけのない小さな広場。
 そこには傾きかけた太陽の赤い光に照らされて、大道芸人や商人のテントがぽつりぽつりと建っていた。
 そのなかで一際小さく、一際派手なテントの入り口に1人の女性が立ってこちらを見ていた。

 遠目でも美人と分かる彫りの深い顔立ち。柔らかい布を何枚も重ねた服に、ショールを羽織ったその女性は、師匠にむかって優雅にお辞儀をしてみせた。

「久しぶりね、エイゴン。そしてはじめましてかしら?お嬢さん」

 ……私を一目で女と見抜いた人は初めてだ。





 私たちを背後のテントに招きいれたその女性は、私たちが来ることは随分前から知っていたのだと笑った。

「あたしはマシェル。エイゴンとは昔馴染みさ」

 昔馴染み、ということは何歳くらいなのだろう。見た目は30代くらいに見えるけれど、きっと見た目通りの実年齢ではないに違いない。師匠の友達はみんなそうだ。

「わ、私はメルナといいます」

「メルナ。…いい名前だ。エイゴンの後継者だね?」

「そ、そういうことになってます…」

 けど、まだまだ師匠には程遠い感じだ。精霊召喚は得意だけど、透視とか魔獣召喚はからっきしだし。
 胸を張ってエイゴンの後継者です!と言えるような自信はまだ私にはない。

 自信なさそうにしている私に、マシェルさんは微笑んだ。

「いいんだよ、それで。あんたのような歳から自信満々だとろくな大人になりゃしない」

 なぁ、エイゴン?と師匠に話を振るマシェルさん。師匠は苦虫を噛み潰したような顔をして黙っていた。

「そんなことよりも」

 話題を変えたかったのだろうか、師匠が真面目な顔をして口を開いた。

「ワシらが来ることを知っておったお前さんなら、ワシらの目的も知っていよう?ワシの求めるものはどこに、どのような形である?」

「後継者探しの次はそれかい。あんたもよくよく欲深い男だね」

 呆れたようにそう言ったマシェルさんは、奥から子供の頭ほどもある水晶を持ってきた。

 透視の術を行うのだ。
 おもわずまじまじと水晶を見つめた私に、マシェルさんは微笑みながら言った。

「透視の術が苦手なところはエイゴンに似たみたいだね。私は目の前にあるものごとを視るときは何も媒介がいらないけれど、エイゴンの望みのもののような抽象的なものを探したりするときにはやっぱりちゃんとした媒介が必要なんだ」

 そう言って目の前のテーブルにごとんと水晶を置く。
 彼女はなんでもないことのように言ったけれど、目の前にあるものにさえ媒介が必要な私にとって…いや、普通の術者にとってもすごい話だ。彼女は一流の透視術者なのだろう。なにより、あの師匠の昔馴染みなのだし。
 きっと、師匠の望みのものを探し出すことは、彼女にしかできない。だからこそ、師匠はここへやってきたのだろう。

「さて。エイゴンの望みのものは…」

 水晶を見つめ始めたマシェルさんを前に、私達は静かにその術の推移を見守った。





 マシェルさんの結論は東、だった。

「それは形無きもの。常に流れて留まらぬもの。目に見えるけれど見えぬもの。白き女神が守るもの」
 それがあんたの望みを叶えてくれるはず、と彼女は言った。





 お礼を言ってテントを出るとき、私はマシェルさんに呼び止められた。
 師匠は先に外に出ているよ、と言って出て行った。

 彼女は私に言った。
「どうか、エイゴンの後継者となってもあなた自身を失わないで欲しい。大きな力に振り回されないほどの意志の力を、彼の後継者となる前に育てておいて」

 その意思の力を持つことは、きっと貴方にしかできないこと。

 何かを見透かすような彼女の瞳。それを見つめながら、私ははいと頷いた。





 テントを出ると、辺りはすでに薄暗くなっていた。
 掌に魔法の灯をのせた師匠が、何を言われたのかと私に聞いたけれど、私は黙って首を振った。
 別れ際に見せた彼女の祈るような瞳が忘れられない。
 彼女の言葉は永く、私の心に残っていった。
2006年11月5日