Eigon&Melna
 昇級試験






 私の名前はメルナ・フォーリス。現在、魔法学園ていうところで体験入学…というか、臨時入学みたいなものをさせてもらっている。

 今ここにはいないけど、私の師匠はエイゴン・ザレイウェンっていう老人。たいていの魔法使いはここ、魔法学園で勉強した人がなるものだから、師匠について魔法使いになる人は少ないらしい。
 んで、そんな魔法学園に師匠がいる私がなんでいるかっていうと、師匠がここで臨時の教師を頼まれたから。

 ウチの師匠は年の功か過去の栄光か、結構有名な人物らしい。なんで有名なのかはよく知らないのだけれど。
 そんな師匠がここの臨時教師をしている間、弟子の私はここで臨時の生徒をしてるってわけ。





 塔の鐘が5回鳴ったら昼休み。
 学校に通ったことがない私にも、その制度にはすぐ慣れた。
 やっぱり人間、3大欲求に関することは覚えがいい。
 食堂に走っていく生徒達を眺めながら、私はゆっくり広げたノートとかをなおした。
 混雑してるところはあんまり好きじゃないから、食堂が空いた頃にゆっくりいくつもり。
 魔法学校には貴族の子供ばかり通っているから、食事も豪勢だったりしてかなりおいしい。量もたっぷり用意してあるから、遅く行っても大丈夫だし。

 ふと、師匠はどうしてるだろう、とか考える。
 発作とか起こして皆を困らせたりしてなきゃいいけど。

 そんなことを考えながらのろのろ荷物をまとめていると、後ろからポンポンと肩を叩かれた。

「ねぇねぇメルナ、一緒にごはん食べに行こう!」

 振り返るとそこにはかわいいかわいい女の子らしい女の子。
 スーナっていう、よく私に話しかけてくれる女の子だ。
 ものすごく女の子らしいのに、よく聞くみたいに女の子同士でグループを作ったりしてなくて、男の子とも仲がいい。

 たぶんそれだから、男の子に見える私にも話しかけてきたんだと思う。

 ってか私、ここでは完璧に男の子扱い。
 制服だって女の子の制服との違いはあんまりないけど男の子のものを着ているし、女子トイレに入ろうとすると注意された。

 まぁいいんだけどね、慣れてるし。

 むしろそんな周囲の誤解が面白くて男の子のふりをしてる自分とかいるし。
 トイレは誰も居ない離れたところに行ってるし、男の子らしく大股で歩いてみたり(いつものことだ)男言葉を使ってみたり。
 女だと知っている人から見るとかなり滑稽なんじゃないかと思う。





 スーナに連れられてやって来た食堂には、スーナと仲のいい友達が先に席をとっていて、おーいとか言って手を振ってくれる。

「荷物置いて注文してこいよ」
「今日のランチ、から揚げだってさー」
「お茶は淹れておいてあげるからさ」

 なんだかいいなぁ、こういうの。
 家族以外の人と大勢で食事とかしたことなかったから、初めはかなりとまどったけど、今はかなり楽しんでる。

「来月、昇級試験だな」

 ランチをお盆にのせてテーブルにつくと、すでに食べ始めていた眼鏡をかけた男の子(スーナの友達その1)がそう言った。

「えー、オレ勉強してねぇよ」
「まだクリアしてない課題があるのにぃ…」

 口々に文句を言うスーナの仲間たち。

「…昇級試験…?」
 ってなに?

「あー、フォーリスは知らないか。」
 勉強してないと嘆いた赤毛の男の子(スーナの友達その2)が説明してくれる。


 曰く。
 昇級試験っていうのは次の学年に進むための試験で、実技と筆記とがあるらしい。
 来月あるのは実技の方で、先生の前で今使える一番上級の魔法を披露してその完成度、コントロール、レベルなんかを判定してもらうらしい。
 筆記試験ともども、合格点に達せば次の学年に進めるのだ。
 実技と知識、どちらかに偏った魔法使いを育成しないようにするための措置らしい。


「そういや、フォーリスは試験受けるんかな?」
「あ、そういや…」

 私は臨時生徒だから試験とかには関係がない。試験に合格しても進級とかするはずがないし。どうなんだろ。

「あー、でも試験受けてみて欲しいかも」
 もくもくと食事に集中していたスーナが話に加わった。

「なんで?」
「そりゃーお前、オレ達が試験で焦ってるときに一人だけのほほんとしてるのが許せないからだろ!」
「いや、それ違うし」
 即座に否定した彼女はにっこり笑って言った。

「メルナの本気の魔法、見てみたいなぁと思って」
「そういえば見たことないな」
 スーナの友達その1が納得したように頷いて言った。
「僕達はちょっとしたことにも魔法を使うけど、フォーリスはほとんど自力でするもんな」

 そうなのだ。
 貴族の子供が入学しているせいか、服を畳むのとかお茶を淹れるのとか、ちょっとしたことをここの生徒達は魔法でやる。
 現に、今飲んでるこのお茶だって魔法でポットが勝手に淹れた。
 自分でやったほうが早いと思うんだけども。

「受けろよ、試験。一時的だろうがなんだろうが生徒だもんな」
「うーん、どうなんだろうね?」
 あいまいに笑いながら私はパンを口に放り込む。

 試験ていうのがどんなものか知らないから、見てるだけでも勉強になるかもしれない。
 そう思いながら、私は今日、絶対師匠に聞こうとそう思いながら食事を終えた。






「ほう、昇級試験とな?」

 夜、師匠の部屋を尋ねてお昼のことを話してみた。
 どうやら師匠は知らなかったようで(聞いてても意識にひっかからなかったようで)驚いた顔をされた。

「で、私は昇級試験受けなきゃいけないんでしょうか」
「うーむ、受ける必要はないかもしれんがのぅ…。メルナはどうしたい?」
「受けてみてもいいと思っています。自分の力量を知るいい機会ですし」

 そう、試験の練習とかをするのは大変そうだけど、参加してみるのは面白いと思う。試験というものを受けたことがないから、どんなものかという興味もあるし。
 そう思って答えた師匠は何事か思いついたらしく、受けられるよう他の先生に言ってみると言ってくれた。
 皆と同じことをできるのはうれしい。でも、私は目撃してしまった。

 何事か思いついたとき浮かべた師匠の笑顔を。

 あれは、よからぬことを思いついたときの笑顔だ。
 ………何事も、おこらなきゃいいんだけど。






 それから1ヶ月間、私は師匠のあの笑顔を忘れて過ごした。

 そして試験当日。
 朝起きた私は、部屋の窓の外でくるっぽーと鳴いている鳩を発見した。
 嘴でこつんこつんと窓ガラスを突いている。

 窓を開けてやると、鳩は部屋の中に入り、一枚の紙片に姿を変えた。
 師匠の手紙だ。
 読んだ私は、思わずうげっと声をもらした。






 昇級試験の実技は、魔法の効果が外に出ないよう、大きな結界のなかで行われる。
 他人の魔法を見ることが勉強になるってことで、他の生徒も自由に見学できる。

 そんな訳で、私の試験は衆人環視のなかで行われた。臨時の生徒で、エイゴンの弟子ってことで話題になってるからだとスーナが教えてくれた。

 「メルナ・フォーリス、前へ」

 試験官の声に従って結界の中に足を踏み入れる。

 私の前の生徒は、小さいドラゴンを召還してみせた。小さいといっても、人間の何倍も大きいドラゴンだ。私が臨時生徒をしているのは5学年目だから、出てくる魔法も結構レベルが高い。
 その後の試験となると、かなりプレッシャーが高い。
 朝の師匠の手紙もあるし、レベルの高い魔法を見せないと立つ瀬がないだろう。

「うー…」

 緊張に身体がこわばるのを感じながら、結界の中央に立つ。
 足を肩幅に開いて立って、深呼吸をすると少し落ち着いた。



 私が得意なのは精霊魔法。魔獣を召還する召還魔法はあんまり得意じゃない。
 だから、精霊召還の手順をたどる。左手には火がついた蝋燭、右手には水をたたえた水差し。

 水差しを地面に置いて、呪文を唱える。
「おいで、水の精霊」
 水差しの水が質量を無視してふくらんで渦を巻き、中から女性の姿をした精霊が現れた。その大きさは人間の子供程度。人間の子供くらいの大きさは、中級程度の精霊である証。ちなみに、上級精霊になると、大人の人間とほとんど変わらないサイズとなる。
 水の精霊が腕を振ると、水でできた鹿が現れて結界内を一周して消えた。
 同時に、水の精霊も姿を消している。

 次は、蝋燭を地面に置いて、少し離れる。
「おいで、火の精霊」
 水の精霊と同じように火が突然大きくなり、中からマッチョな男が姿を現す。水の精霊と同じように、人間の子供サイズだ。
 火の精霊は自分のプロポーションに自信があるのか、見学している生徒達にボディビルダーのポーズをいくつかしてみせてから唐突に姿を消した。目立ちたがりな精霊だったらしい。

 次は、大地の精霊。これには、火や水のように媒体が必要ない。
 大地から現れた精霊は、結界の内側の地面に沿うようにして蔦を生やし、見事な花を咲かせた。

 風の精霊は、メルナの周囲にいくつもの竜巻を発生させて、大地の精霊が残していった花を散らす。

 次は、闇。
 メルナの影を媒体として現れた闇の精霊は、結界内を一時的に夜にして姿を消した。

 闇の精霊を押しのけるようにして姿を現した光の精霊は、突如強い光を発して見学している生徒の目を眩まし、姿を消した。
 これで全部。

「以上です」
 6種類の精霊全部の召還を連続してやってのけた私は、試験官にそう言った。

 これで、師匠の手紙にあった「6大属性の精霊を全部召還しないと地獄の猛特訓」とかいうやつはクリアしたわけだ。
 ぐったりしながら結界から出ると、スーナが目を輝かして駆け寄ってきた。

「すごいすごい!メルナすごい!6種類の中級精霊を連続して召還するだなんて、この学園にもできる人いないよ!普通はその人の持ってる属性の精霊しか召還できないのに!メルナは全部持ってるんだね!!」

 両手を握られてぶんぶん上下に振られる。疲れた私は、されるがままにしていた。
 ごめん、褒めてくれるのは嬉しいけれど部屋に帰ってもう寝たい。
 すごいすごいとスーナの仲間達にもみくちゃにされながら部屋に帰った私は、ベッドに倒れこんで丸一日爆睡した。







 後日、試験の結果が出た。

 私は百点満点中、86点。普通は1回の精霊召還でかなりのエネルギーを使うため、6回もの連続召還はすばらしいと言われた。点も、ほとんどがその評価。全属性の召還は本人の素質も関係してくるので高評価にはならないそうだ。
 ちょっとがっかりしたけれど、まぁそれでも師匠はよくやったと褒めてくれたし、自分の限界まで術を使うのは滅多にないからいい経験になった。

 目標は、全属性を上級精霊で召還すること。
 私の修行はまだまだ続く。





 そうそう、師匠のあのよからぬ笑み。

 なんでも裏から手を回して先生達の間で、私が全属性召還できるかどうか賭けをしたらしい。
 元締めをした師匠は大儲け。分け前だと言って師匠は私の大好きなお菓子をたくさん買ってくれた。
 ……それはいいんだけど、魔法学園の先生達の師匠に対しての評価とか尊敬とかそういうものが今回の件で大幅に下がったような気がしないでもない。
2006年12月4日

なんだかようやく魔法学園の生活みたいなものが出てきたような気がします(笑)
メルナは初等学校くらいは卒業したつもりでいたら、『魔法使いの学園生活』で「学校に通ったことがない」とかさらっと書いてました。しまった。エイゴン、メルナを学校にも行かせなかったんか(笑)