01 もし、会えるのなら


 貴方を送り出したこと、後悔なんてしていない。

 ねぇ、サクラ。
 あんた、言ったよね。

 私、サスケ君のためなら何だってする。
 だから。お願いだかここに居て。
 復讐だって手伝う。
 絶対何とかしてみせるから。
 だからここに。私と一緒に。
 それが駄目なら
 私も一緒に連れてって。
 行かないで。

『行かないで』

 すごいな。って思うの。
 あんたのそういう自分勝手で、わがままで、無茶苦茶なとこ。
 あんた、あの時ナルトのこと頭にあった?
 カカシ先生のこと少しでも考えた?
 あたしのこと、思い出した?
 おばさんは?おじさんは?
 あんた自分のことしか考えてない。

 羨ましいの。
 ねぇ。貴方もそうだったんだよね。

 サスケ君。
 あたしたちはとてもよく似ていて。
 同じようにサクラに惹かれて。
 けれどもそれは愛情ではなくて。
 ある意味では、それよりもとても強い、仲間、だった。

「行くのね」
「ああ」

 それだけ話した。
 あたしたちはとてもよく似ていて。
 だから、言葉なんて必要なかった。
 本当は、少しだけ、後悔してる。

 貴方を送り出したことに対してじゃない。
 言えなかったから。
 言うつもりだったのに。
 涙が、どうしても止まらなくて。
 声が、どうしても震えて。
 身体が、どうしても動かなくて。
 たった一言が、言えなかった。

 だから。
 もし、もし貴方に会えるのなら。

 言いたい。
 貴方に言いたい。



 もし、会えるのなら。

「        」

 って。








 2005年09月24日
 















 02 もし、話せるのなら


 俺はあんたにとって、ただの道具だったな。
 サクラという人間を自分に縛り付けるための。
 サクラが俺を好きだと知ったから、じわり、じわりと俺に接近した。
 昔から好きだったのだと。サクラよりも近しいのだと。
 錯覚させるために。

 サクラがあんたから離れて、あんた俺を少し恨んだろ。
 それくらい分かる。
 俺たちは、全然似ていないようで、何故だか嫌になるくらい似ているから。
 あんた、俺と話そうとしなかったな。
 話すのはサクラが居る時だけ。
 他の、あんたが俺を好き、と見ている奴と一緒に居る時だけ。
 それも、直接じゃない。誰かを介して。
 間接的に。

 どうしてだ?
 そうやって、俺が近づくと逃げるんだな。
 お前のことは、まるで自分を見ているようで、手に取るように行動の意味が分かるんだが。
 どうしてもこれだけが分からない。

 サクラが傷付くからか?

「なんでだよ」
「…サスケ君には、分からないわよ」

 ああ。分からない。


 ―――分かるはず、ないわよね。

 だって、貴方、間違ってる。
 あたしが貴方を好きだ、って言うの。
 …サクラと居るためだけの言葉だって思っているでしょう。
 分かるよ。
 あたしたちは、全然似ていないようで、何故だか嫌になるくらい似ているから。
 本当に、嫌になる。

 話せるなら話したいわよ。

 けれど。
 駄目なの。
 貴方と目を合わせると、本当の気持ちが漏れ出してしまいそうで。
 自分をごまかせなくなってしまいそう。
 もし、貴方と話してしまったら、きっと貴方は気付く。
 あたしのこの気持ち。気付いてしまう。

 駄目。サクラのものとは違うから。
 この気持ちは、あんなにも真剣じゃないから。
 だから、だから、貴方と話してはいけない。
 貴方、絶対に気付くもの。
 そうしたら、あたしたち、この形を保てない。
 貴方は迷ってしまう。
 サクラをすぐに選べなくなってしまう。


 でも、もし、話せるのなら。


    ―――貴方は、どうする?







 2005年09月24日
 















 03 もし、走れるのなら


 かすかな、音がした。
 空気がしなり、緊張感を伝え、身体は無意識に近い領域で動く。
 相手は相当の手練れ。でなければ己がこんなにも緊張するはずがない。

「いの?」

 サクラの声。まだ何も気づいていない。結界を早く。

「サクラ、何かいる」
「!!」

 サスケの声。気付いた?けれど場所も距離も分からないか。
 でもね、下忍としては上出来だよ。
 ふっ、と落とすように笑って、一気にチャクラを練り上げた。
 2人の目には止まらないように、結界を作る。
 大型のものと小型なもの。
 大型なものは広範囲に、敵を、逃がさないために。
 この場で何をしても誰も気付かないように。
 小型なものは、サクラとサスケの周りに。
 ピッタリと彼らの身体に張り付かせ、彼ら自身は気付かなくとも、彼らが守られるように。

「ねぇーサスケ君」
「…なんだ」

 いのは、にっこり笑って、サスケに抱きついた。
 サスケの構えるクナイは器用に避けて。
 こんな時にもかかわらず、サクラが眦を吊り上げる。

「ばっ!お前気付いていないのか!」
「なにがー?」 
「いのぶたーーー!それどころじゃないでしょう!?」

 2人の声を尻目に、いのは抱きついた状態からふわりと宙に舞って、とん、とサスケの肩に乗った。
 と、同時に幾つものクナイが飛び散り、飛んできた全てのクナイを相殺する。
 それは、下忍どころか上忍レベルでも難しい速度で飛んできていたにも関わらず、だ。ふわり、とチャクラが舞う。

 < 心 操 作 >

 幾人かの忍が、3人の目の前に現れた。
 視線はうつろ。両手をだらりと下げたまま動かない。

「うん。いい子だねー。それで、何て命令されてきたわけー?」
『―――う、ちは…の血の確保。邪魔立てするものは、殺せ』
「ふーん。そっかー。私もあんたたちを殺さないとねー」

 いのの、至極何でもなさそうな台詞に、サスケもサクラもぎょっとしていのを見る。

「サクラ。他里の忍との戦闘で大事な事はなんだと思うー?」
「…え?」
「まずは情報源の確保」

 いのの言葉と共に、1人の忍が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
 髪留めに使っていた紐を抜くと、その紐を忍の上に放る。
 紐を媒介にチャクラの糸が次々と広がり、鋼鉄の強度をもって、忍を縛った。

「一番偉そうなのを捕まえる。一番強いもの。指揮系統に当たると思われる者。隊長レベルじゃないと意味はない。下っ端は役に立たない。そこら辺の見極めが中々難しいのよねー」

 冷たい氷のような言葉だった。
 淡々と、言葉を繰り出しながら、次々に術を組み上げていく。
 時折思い出したかのように、下忍の口調で、言葉を和らげる。

「それからね。他の忍は殺さなければならない。何故なら他の者たちは捕まえていても何の利益もないから。邪魔でしかないのー」

 分かる?とでも言うように、いのは小首を傾げ、それを涙目でサクラが認めた時には、既にいのの姿は消えていた。
 血が。舞い上がる。
 血の合間を縫うようにして、漂う金色の波は、幻想的にさえ見えた。
 全ての忍が崩れ落ちて、返り血一つ浴びることなく、背を向けて立ったいのの姿は、何故だか、嫌になるほど美しくて。

「返り血は浴びてはいけない。本当は血を流さなければもっといい。柔拳はとても便利よね。サスケ君は写輪眼を使いこなせるようになれば、きっととても簡単に殺せる。サクラは幻術を使えばいい」
「…ひ、人、殺し…て……あ…」
「い…の…?」

 愕然と、いのを見守る2人に、振り返った。
 ただただ静かな気配。それが、逆に恐かった。

「恐い?サクラ。私が人を殺したのが」
「あ…たり前…!よ!…なんで…なんで、あんたそんな平然としているのよっっ!あんたなんなのよ!」
「私は忍。サクラ。忍とは人を殺すのが仕事。私たち、アカデミーで何を習ったの?人を騙すこと。敵を動けなくする事。毒草の見分け方。毒の盛り方。私たちが習う事は、全部人を殺すためのことなんだよ」
「…っっ!!!!!」
「サスケ君、は。復讐したいならすればいい。私たちは忍だから。いつかは人を殺す。それが殺したい相手なのなら、それはとても幸福だと思う。けれど、囚われて、周りを省みないなら、貴方は弱いまま」
「なんだと…!?」

 いきり立つサスケと、呆然と立ちすくむサクラに、いのが近づく。
 やけにゆっくりとした動作で、とても、優しい笑顔を見せた。
 動けない2人の前で止まって、いのが手を広げる。

「なーんて、忘れるからどうでもいいわよねー」

 ―――!!!!!!

 それが、最後。
 崩れ落ちた2人を、優しく抱きとめた。

「さて、後始末しなきゃな」






「………?ここ…は」

 ぼんやりとする頭を振って、サスケは目を覚ました。
 視線を彷徨わせて、隣で倒れ伏すサクラを見つける。

「さ、くら…?…!!!!!」

 記憶が、急にはっきりした。
 どうなった?あれからどうなった?
 あの忍たちはどうした?
 いのはどこに行った?

「おい!サクラ!起きろ」
「…ん…?さ、すけ君?…あれ?ここ、どこ?」
「いのはどこ行った!?」
「いのーーー?知らないわよそんなの!いのがいたの?それよりどうして私たちこんなところにいるわけ!?どうなってるの!?」
「さ…くら…?」

 ふと、胸をよぎった嫌な予感に、サスケは身を震わした。
 まさか。
 まさか。

「サクラ…。他里の忍が現れたのは覚えているか…?」
「えっ!?何!それっ!あ、もしかしてサスケ君が助けてくれたの!?」

 瞳を輝かすサクラに、サスケは小さく首を振って、俯いた。
 覚えていないのだ。彼女は。
 だが、何故自分だけが覚えている?
 彼女は確かにあの時記憶を消すつもりだったはずだ。

 ―――忘れるか!!!!

 そう、思ったのだ。確か。
 悔しくて。
 明らかに自分よりも強く、忍として生きているいのを見て、どうしようもない焦燥に駆られた。強さを願った。忍としての、強さを。

 ―――何故?





 もし、ね。
 もし、貴方たちが私のことを忘れたくないと願ったなら、記憶は消えない。
 私は疲れたのかもしれない。
 1人でこの道を歩くのが。
 だから、もし、貴方たちが私の本当を見て、それでもまだ走れるというのなら。

 追ってきて。私を。


 もし、走れるのなら

   私を捕まえて、

     私の隣を歩いてください。


 貴方たちなら、私は拒まない。
 ただ2人、私の真実愛する者たち。






 2005年09月25日
 

















 04 もし、歌えるのなら


「歌?」
「そ、歌ー」

 いのの言葉に、サスケが怪訝な顔をした。
 僅かに眉間にしわを寄せ、首を反らせて、勝手に人のベッドをソファー代わりにくつろぐいのを見る。

「それがどうした」
「だからねー。この歌手が最近人気で、木の葉に来るらしいのよー」
「それが?」
「下忍合同任務になるよー」
「……はぁ?なんだそれ」
「嘘じゃないわよー?まぁ、なるよ、っていうかー。そうなるようにさせたっていうかー」
「………こないだ火影様が文句言っていたのはそれか」
「そーいうことー」
「…で、どんな奴だ?その歌手は」

 言うと同時に、はい、と雑誌が降ってきた。
 今の今まで読んでいた巻物をとりあえず横に置いて、雑誌を手に取る。
 さらさらの銀の髪。切れ長の澄んだ青い瞳。甘いマスクは女でなくても見惚れてしまいそうなほど。
 なるほど、これは人気が出るのも分かる。
 納得したサスケの様子に、いのが口を挟んだ。

「声が、いいのよ」
「声?」
「そう。凄くね。綺麗なの」

 綺麗と言われても、どんな声だかさっぱり分からない。
 サスケの考えていることが分かったのだろう。
 いのが笑って付け足した。

「サスケ君の声に、似てるの」
「…」

 綺麗な声?…どこが?
 見事に眉間にしわを寄せたサスケに、くすくすと笑って、いのが歌を口ずさむ。
 多分、この歌手の歌。意外にもうまいいのの歌に驚いた。
 歌っているその声のほうが、ずっと綺麗だと思う。

「すごく綺麗なのよねー」

 どことなくうっとりとした風に呟くいのが、奇妙に遠くて、腕の中に閉じ込めた。

「どうしたのー?」
「別に」
「…嫉妬ー?」
「違う」

 くすくすと笑ういのの口を己の口で塞いだ。
 嫉妬じゃない。と、思う。

「あのね。サスケ君」
「…ん」
「もし、サスケ君が歌ってくれるなら、私、この人の曲は全部いらない」
「…!」
「だから。歌ってー」

 かぁ、と赤くなったサスケの頬。
 人前でそういうことをするのが、とても苦手な人だと知っている。
 だからサスケの歌など聞いたことない。

「ねぇ。歌って」

 もし、歌えるのなら、その他は何もいらないから。







 2005年09月25日
 















 05 もし、眠れるのなら


 ざら、とこぼした錠剤を、感情のない目で眺めた。
 毎日お世話になっている錠剤。
 なんとなく、今日は飲む気になれなかった。
 錠剤を放ったまま、庭に出る。
 縁側に座れば、ひんやりと風が冷たく、白々と月が世界を照らした。

「眠れないのー?」

 自分以外の、高い少女特有の声に、視線を上げる。
 既に見慣れた、月と同じ、柔らかな金の髪。

「何してる、いの」

 少女、山中いのは己の言葉に月を見上げる。
 満月も終わり、下弦の月。
 照らす光は、満月に比べてひどく優しい。

「お散歩かなー。綺麗な月だから」

 だから、なんなのか。
 理由にはなっていないが、別にどうでも良かった。
 ただ光を見つめていると、とん、と軽い音がして、いのの身体が目の前にあった。
 忍にとって家と道をさえぎる柵など大した障害ではない。

「不法侵入だな」
「悪いー?」

 そりゃあ悪いだろ。
 いのは全く悪びれることなく、勝手に隣に座る。
 普段のやかましい彼女と違い、とにかく静か。
 サスケと2人の時は、大体そうだ。

「綺麗な月よねー。…鮮血に、染まる下弦の夜」

 不意に、トーンが落ちて、空気が沈んだ。
 横目でそれを見る。
 月と同じ金がさらさらと闇に舞う。

「人を、殺した事がある?」

 それは、疑問系でありながら、誰にも問いかけてはいなかった。
 まるで、自分で自分に聞くように、呟いて、くすり、と笑う。

「…あるわー」
「…!?」

 思わず、顔を上げた。
 いのの顔を凝視すると、いのもサスケを凝視した。
 その顔には、どこにも冗談という言葉はなく、ただただ真剣だった。

「相手が誰だったかなんて知らないわ。街で酔っ払いに絡まれて、襲われて、恐くて、恐くて、気がついたら1人だった」

 自分が忍だと言うことを、あのときほど実感した事はない。
 忍として、幾つかの武具は必ずどこかに持っていた。
 忍として育てられた身体は、頭は混乱していても、素直に動いていた。
 自分はまだ下忍だ。
 忍としては半人前にもならないような、存在のはずだった。
 けれど…忍だった。

 人を、いとも簡単に…無意識のうちにでも殺してしまえるような、存在だったのだ。

「鮮血の、下弦の夜」

 赤く染まる。優しい月の光。
 染まったのは自分。赤く赤く。
 何も分からずに、ただ、泣いた。

「思い出しちゃうのよねー。こんな月の日は」

 ふらふらと外に出たのは、どうせ眠れないと知っているから。
 まさか似たような人間が自分の他にいるとは思わなかったが。

「……そうか」

 他に何が言えるというのだろうか。
 ただ、それだけを搾り出して、サスケは瞳を閉じた。

 静かに、時は流れる。

 互いに何も話さず、ただ、そこに居て。
 不思議と空気は軽かった。

「サスケ君」
「なんだ」
「もし、貴方が眠れるのなら、いい夢が見れるかもしれないね」
「…何故?」
「嫌なことがあっても、人は寝るの。寝ないのは、嫌な事を覚えていたい人だけ。寝て、幸せな夢を見るのを許せないだけ。だから、眠れない人が眠れたのなら、きっと、とても幸せな夢を見るんだと思うのー」
「…だから、いい夢、か」

 確かに、自分だけが幸せな夢を見るのを、許す事が出来ないのかもしれない。
 下忍になって、ナルトがいて、サクラがいて、カカシがいて、自分が自分でいることが出来て、たまに、ぞっとする。
 自分がしたいのは復讐だ。
 それ以外のことなど求めてはいないのに。
 笑ってしまう自分に鳥肌が立つ。何て、愚かな、と。
 復讐者が何を笑う?何を幸せと笑う?

 それでも、安らぐこの気持ちは確か。

「いい夢を、見れるといいわねー」

 ああ、どうして人は幸せを求めるのだろうか。

「………そうだな」



    もし、眠れるのなら

         幸せな、夢を―――







 2005年09月28日

 















 06 もし、死ねるのなら


 "死"という誘惑は、常に付きまとう。

 それを振り払うのはとても難しくて、とても苦しい。

 例えば、大好きな人を傷つけてしまった時。
 例えば、自分の所為で誰かを失った時。
 例えば、足手まといになってしまった時。

 忍というのは常に死が隣り合わせの職業。
 それは強くなればなるほど顕著になる。

 強く、なったことに後悔なんてない。
 山中いのという少女は、他者よりも特殊だったから。
 生きるために、自分が自分であるために、強くなる事を選んだ。

 下忍として生きて。
 その裏では暗部として生きて。

 たまに、心底何もかもが嫌になって、それでも"死"という甘い毒にのる事は出来なかった。

 私の4つの宝石。

 面倒くさがりの幼馴染。
 太っちょの、穏やかな幼馴染。
 とっても可愛い素直な親友。

 それから、無愛想な男の子。

 宝石を失わないためならなんでもする。
 私はこの4つの為に生きていて。
 それ以外の生き方は知らない。

 うん。
 だから、ね。

 さよなら。私の可愛い宝石たち。


 流れた血に、男の子が、叫んだ。


 貴方のその声。その姿形。


『もし、死ねるのなら、私は貴方たちの幸せを祈るわー』


 ああ、コレは誰の言葉?
 うん。でもそうだね。
 私も祈るわ。


「いのっっ!!!!!」
「動かさないでっ!!」
「チョウジ!早く援助を!」
「うんっっ!!」


『死ぬな』


 ああ、そうか。
 切ないほど震えた声で、そう言ってくれたのは貴方だったわね。
 ありがとう。
 サスケ君。

 愛してるよ。





『もし、死ぬことが出来るなら、サスケ君は最後に何を願うー?』
『はぁ?』
『答えてー』
『…死ぬならお前と居たい』
『………ばーか』
『馬鹿でもいい。死ぬな』

『もし、死ねるのなら、私は貴方たちの幸せを祈るわー』


 貴方の最後に共に入れないことが心残り。
 でも、祈るよ。

 貴方たちの幸せ。








 2005年10月04日
 















 07 もし、生き残れるのなら


 ああ、そういえば…。
 自分は彼女に何も伝えていなかった…。

 そんな事に気がついてしまったのは、まさに正真正銘のピンチって奴で、死の瀬戸際って時であった。
 そして、その瞬間。

 ぞくり、と全身が粟立った。



 目の前に迫った刃。それ、が、自分の命を奪うであろうことは理解できた。
 既に身体に突き刺さった刃は数知れず、流しすぎた血は身体の自由を奪う。

 ああ。死ぬのだな。と。

 そんな単純なことを、頭で思って。
 "死"という単語に、何かが崩壊した。

 自分は死ぬ。
 誰に見取られることもなく。
 ただ1人で。
 誰に言葉を残すこともなく。
 何も残さずに。

 だだ、1人。



 この世から、消える。







           ―――い、やだ。






 全身が、バネ仕掛けのように、びくんと動いた。
 視界が明確に澄みわたり、唇を引き結んだ。

 もう使い切った、と、思い込んでいたチャクラがほとばしる。


 もし、だ。
 もし、ここを切り抜けることが出来たなら、彼女に会いに行こう。

 彼女はもう自分のことなど忘れてしまったかもしれない。

 抜け忍たる自分にはそんな資格はないのかもしれない。

 けれども。
 どうしても。
 これは、自分が生きてきた大半を占める想いだから。


 ただ、伝えたい。
 ただ、話したい。


 だから。
 もし、生き残れるのなら、会いに行こう。


 死の瀬戸際にありながら、絶体絶命の事態でありながら、唇は自然と弧を描いた。




 会いに、行こう。

 あいつに。




 ―――いのに…。








 2005年10月23日
 















 08 もし、抱きしめることが出来るのなら


 〜サスケ〜

 もし、あの頃お前を抱きしめる事ができたのなら、何か変わったか?
 俺とお前とあいつの不協和音。
 シーソーのようにバランスをとりながら、あっちに傾いて、こっちに傾いて。
 戯れのように抱きついてくるお前の心なんて俺は知らなくて。
 だから、その身体を抱きしめることなんて出来なくて。

 なぁ、いの。
 お前は何を考えていた?
 俺に如何して欲しかった?

「幸せにしてあげてね」

 彼女が、泣きそうな顔でそう言ったとき、もう手遅れなのだと、ただそう思った。

 俺たちは恋人でも友人でもなくて。
 ただ互いに惹かれて、近づいて、すれ違った。
 交わることのないねじれの位置。

 近くて誰よりも遠い。そんな距離。

 俺はあいつと結婚して、いのもまた、結婚した。

 彼女の結婚。
 異国で、俺はそれを聞いた。
 任務中に聞いた噂話。
 任務から帰った家に届けられた招待状。
 俺の知らない人間と、彼女は笑ってブーケを放り投げ、俺は俺の妻とそれに参加した。



 ああ、もしこの腕に彼女をかき抱くことが出来るなら…。




 それは永遠に訪れることのない、ねじれの位置にある夢の話。








 〜いの〜

 もし、あの頃に貴方が抱き返してくれていたら、私たちの関係は何か変わったかな?
 私と貴方とあの子の不協和音。
 シーソーのようにあっちにこっちにバランスとって。
 私は貴方に抱きついて、あの子も貴方に抱きついて。
 だけど貴方は私を抱きしめ返してはくれなくて。

 ねぇ、サスケ君。
 貴方のことを諦めました。
 私はあの子の幸せをとりました。

「幸せにしてあげてね」

 これは決別。貴方とこれでさようなら。

 私たちは恋人でも友人でもなくて。
 惹かれて、近づいて、焦がれて、拒まれた。
 どうしても埋まらないほんの少しの距離。

 近づいても離れる。逃げ水のような、そんな距離。

 貴方はあの子と結婚して、私もまた、結婚した

 最近知り合って、付き合って欲しいと言われたから付き合った。
 いつの間にか深く付き合って、結婚することになった。
 だから招待状という名の手紙を書いた。
 サスケ君とあの子に。幸せな生活を送るはずの2人に。
 ほんの少し、涙が流れて、ああ、私はなんて諦めの悪いのかしら、なんて思った。



 ああ、もしこの腕に貴方を抱きしめることが出来るなら…。




 胸の中にしまいこんだ決別したはずの恋心、小さな夢に軋んで鳴いた。







 2006年01月23日
 















 09 もし、手を伸ばせるのなら


 もし、あの時手を伸ばせたなら。

 ―――そんなことを、たまに思う。

 それは、そのどうにもならない思考は、いつもぼんやりとした真っ白な頭の中で、ふわりと浮かんでくる。
 胸を内側から引っかくような、奇妙な痛みと、頭の芯が痺れるような、麻薬のような甘さを伴って。
 まどろみの中。
 ぷかりと浮かぶ。


 そして思い出す。
 かつていた人のこと。
 もう居なくなった、そんな人のこと。


 最後にたどりつくのは、あのころ、本当に彼が好きだったのか、どうか。

 好きだった。好きだったと思う。
 もう8年経った。私は20になって、あの人も20になったのだろう。
 …もしかすれば、あの人の時は止まってしまっているのかもしれないが。

 8年も経てば記憶は風化する。
 既に彼の顔を思い出せない。写真を見れば鮮やかに思い出せるが、それはもうやめた。
 あれから色んな人を好きになった。
 色んな人と付き合った。

 サクラはまだ誰とも付き合わない。
 浮いた噂の一つや二つ聞いたことはあるが、いつの間にか消えていた。
 かの人物を想っているのかどうか、それも分からない。
 上忍となった今、互いに連絡を取り合うことも難しいから。

 顔も覚えていないのに、彼が里を出て行く瞬間を覚えている。
 時々、ぷかりと浮かぶ。


 本当は、止めれた。
 止める事が出来た。
 サクラと話しているときの彼はひどく無防備だったから、心転身の術を使うなり、なんなりすれば、きっと彼はまだ里にいただろう。
 けれど、出来なかった。
 動けなかった。
 本当に好きだったと、そのはずだったと、思っているけれど。

 もし、そうなら…サクラみたいに、必死に止めた筈じゃないかと、そう思う。
 何もかも捨ててもいいと、そう覚悟するほどサクラは必死で、必死にサスケと向き合っていた。泣いて、泣いて、縋っていた。
 それは、とてもとても羨ましいと、そう思ってしまうほどに…。

 けど…私は…。






 サスケは里を出る前に一度だけ振り返る。
 里をぐるりと一望して…それから。

「―――…」

 森の木々の隙間に隠れるようにして、一人。
 馴染みのある気配が一つ分。小さく小さく、呼んでみる。
 気配の持つ、短い名前。多分、幾度も呼んだ事のない、名前。

 わずかな空気の乱れ。
 小さな声は彼女に伝わったのだと、直ぐに分かった。
 動く気配のない彼女に、少し、疑問を持つ。
 サクラのように止めない事を、不思議に思い、けれど、どこかそれを当たり前のように思う。
 その感覚はどうにも奇妙で、半分は心地よくも思い、半分は…淋しくも感じた。

 自分は彼女に引き止めて欲しかったのか。

 浮かんだ考えに、自嘲をこめて小さく笑う。

 人付き合いが極端に悪かったサスケを、どことなく助けてくれたのは彼女で、それを知ったのは随分と後のことだった。
 アカデミー時代、人とのかかわりを極端に避けたサスケは、クラスで明らかに浮いていたし、一人だった。女子から見られていることは感じても、話しかけられることはなかったし、男子からはほとんど無視されていた。
 それはサスケの望みではあったが、集団生活というものは厄介なもので、急な変更や連絡事項、そういったものは大抵横のネットワークで伝わるもの…。
 当然サスケは取り残される事が多かった。

 山中いのは、ある日突然サスケの前に現れた。
 その用件は何だったのか覚えていない。
 誰かが呼んでいるとか、プリントを忘れているとか、そんなどうでもいいことで、ただ。

「へぇ、サスケ君ってー、顔かっこいいのに友達いないのねー」

 余計な一言だった。
 不機嫌に黙り込んだサスケにいのは物怖じせず、満開の笑顔で答えたのだ。

 多分、それからだ。
 山中いのがサスケによく絡み出すようになったのは。
 それがいつの間にかサクラにも感染して、他の女子にも感染して、気がついたら男子に文句を言われ軽口をたたかれ…当たり前のように張り合って。
 うっとうしいと、そうとしか思わなかったが、取り残される事はなくなり、大事な連絡も変更も、必ず誰かを通じて伝わった。それが、ありがたいことだったのだと思ったのは、ずっと後のことで。
 よくよく思い返せば、いのがサスケについて騒ぐ事で、サスケという存在は確立された。
 連絡事項も変更についても、時折、言われた。いのに、礼を言っておけと。…その頃は、何もわかっていなかった。関わらないでくれと、ただそれだけを思い…礼なんて、一度も口にしなかった。

 思わず口にしそうになった言葉を飲み込む。
 半開きのままの唇を閉じて。
 それから。

 差し伸べられた手を、一度もとることはなかったけれど。
 そして、もう差し伸べられることはなくなったけれど。

「…すまない」

 それが、サスケが里を出る直前の言葉だった。






 あの時手を伸ばせたなら、何か変わっただろうか。
 何が変わっただろうか。

 私は彼が好きだった。
 彼は里を出て行った。

 それは歴然とした事実。きっと変わらなかったもの。

 私は手を伸ばせなかった。
 だから、何も変わらないのだ。
 きっと、私は、何度あの場面になっても、手を伸ばせない。

 もし、は、きっと、あり得ないのだ。






 いのは里の門に背を預ける。

「もし、手を伸ばせるのなら………なーんて、私の柄じゃないわよねー」

 手を伸ばして天を掴むようにして握り締める。
 くすくすと笑いながら、手を下ろして。

 それから。

「………」

 それから。

 ―――顔も思い出せない男の事を少し思い出して。

 少しだけ……




     ………少しだけ、泣こうと思った。




 ほんの、少し、だけ。







 2007年11月14日

 















 10 もし、もう一度やり直せるのなら


 懐かしいと、思った。
 己の内にぷかりと浮かんだその言葉に、小さな違和感と小さな胸の痛みを覚える。
 懐かしい。
 そう、それは当たり前のことだ。

 なぜならここは己が捨てた故郷であり、もう何年も足を踏み入れていない土地なのだから。
 懐郷の念…とでもいうのだろうか。
 別に、木の葉の里の中にいるわけではない。ただ、その国境近くを、走っている、だけ。
 それでも、その空気を感じれば、その匂いを感じれば、その土地を目にすれば、鮮やかに、過去の想いがよみがえる。
 そう、うちはサスケは、ここで生まれ、ここで育ち、そして、ここから出た。

 そのときは2度とこの光景を見ることはないのだと…いや、そのつもりで、2度とここには帰らないつもりで、里を出た。
 
 実際、一度も帰らなかった。
 当たり前だ。
 うちはサスケはたった一人の"うちは"の血継限界を継ぐ忍。その血は、どの国も血眼になって探しているもの。それは木の葉とて例外でなく、幾度としてサスケは追い忍を向けられた。それも、殺すためでなく、生かして連れ帰る命にて。追い忍になったかつての同期たちは知っていたのかどうなのか…その命は決してサスケを木の葉の忍として生かすためではない。お咎めなしという事ではない。
 ただ、木の葉は欲しかったのだ。"うちは"の血が。
 帰れば監禁拘束され、血を抜き取られ、子を残すために"協力"させられる事だろう。

 故郷の噂は色んなところで聞いた。5代目火影は女だとか、大蛇丸と同じ、かつて三忍と呼ばれた忍の一人だとか、地盤が緩んでいるうちに戦争を仕掛けた国があるとか。
 大蛇丸の元で力を手にし、逃れ、うちはイタチを追い続け、果たし、その後目的を失った。
 何をすればいいのか、何のために生きているのか、目的というものを全て失って。
 気がつけば、木の葉の空気を感じる場所にまで来ていた。

 よみがえる。
 木の葉の里を出たときの事が。

 常に差し伸べられていた手が、最後の最後でなくなった。
 引き止められることはなかった。沈黙に背を押されるような気持ちで門を出た。

 …………もし、

 ―――そう、もしもの話だ。



 もし、あの時手を差し伸べられたのなら…自分は、ここに居ただろうか。
 その手を取りはしなかっただろうか。

 もし、手が差し伸べられていたら、とっくの昔に失った表情を、まだ浮かべる事が出来ただろうか。
 忍も、ただの一般人も、女も、子供も…障害たるもの全てをなぎ倒してきた自分の手は、もう少し違ったものだっただろうか。
 ぽっかりと空いた胸の中は、もう少し違った形だっただろうか。

 足を止める。
 自分はどこに居る?
 どこに立っている?
 木の葉の空気、木の葉の温度、木の葉の土地。
 他国に比べるとずっと豊かな黒々とした大地。肥沃にとんだ土地は水をしっかりと蓄え、実りをもたらす。大の大人でも手を回しきれないような、立派な大木。誰の所有地でもないのに、丸々と実った沢山の果実。木々の隙間から覗く空はただただ高く、広い。

 そう、ここは森の中だ。
 そう、ここは木の葉の直ぐ近くだ。

 今の自分の格好を思い出す。
 ………。



 じゃり、と土が鳴る。
 それにも気付かない。

 そう。

 もし、


    もし、やり直せるのなら…








 思い出す。
 思い出す。
 好きだった人のこと。
 ずっと昔にいなくなった人のこと。

 いのが思い出せることは、ほんの少ししかなかった。

 泣いた。
 少しだけ。
 ほんの少しだけ。
 それだけしか、泣けない。
 あれだけ好きだと思ってた人のことなのに、時間は感情を摩擦させ、追憶すらも奪う。
 顔を忘れた人間のことなど、追憶する価値もないということか。
 それともその資格がないということなのか。

 門柱にもたれたまま、ため息をつく。
 無理に閉じた瞳から、もう涙は出ない。


 じゃり、と音がする。
 閉じた瞼を開く。
 ぼやけた視界、今の自分よりもずっと低い場所に、少年を見た気がした。

 ああ、そうだ。
 彼はあの時そこにいて、木の葉を目に焼き付けるかのように、瞬きもせずに立っていたのだ。

 顔は覚えてもいないのに、そんな事ばかり覚えている。

 頭を軽く振って、顔を上げた。
 次第にはっきりしていく視界に、長い、黒髪が写った。
 背格好は男。かなり身長は高い。真っ黒な髪は全く手入れがされていないようで、長さが不揃いでぼさぼさだった。
 誰だろうか、と思う。
 長い黒髪と逆光で影になって、その顔が見えない。

 多分、知り合いではない。
 こんな髪型で、こんな身長の高い男を、いのは知らないから。

「………大丈夫か?」

 ぼそりと、無味乾燥な、味気ない声。低くかすれた、男の人の声。素っ気無くて、突き放したような印象を与える、そんな声。

 そんなに具合が悪そうに見えたのか。
 そう、いのは己を振り返る。
 僅かに目を細めて、逆光に遮られた男の顔を見定めようと、して…。

 ふと、気付いた。
 目の前に差し出された手のひら。
 1メートル強の自分と男の距離の真ん中。

 がっちりとした、男の手の平。ピクリとも動かず、男はいのの反応を待っている。

 きっちり2回、瞬きをして。
 それから、いのは笑った。

「なぁに? 握手ー?」

 くすくすと笑って、その手をとる。
 男の手は、ひどく固く、握った瞬間にぴくりと震え、一旦引きかける。いのが逃がさず手を握り締めていると、男もゆるく握り返した。
 ぼんやりとした思考の中、忍の手だ、と考える。

 何をしているんだろう。
 自分は。
 男は。
 こんなところで手を握り合って、馬鹿みたいだ。

 あまりに馬鹿みたいだ。

「………ありがとう」

 男の声に、ようやく動き出した頭の中が、真っ白になった。

 ―――ありがとう?
 
 何が?
 誰が?
 誰に?

 男の顔を見上げる。
 まだ、見えない。
 見えない、けれど。

 何?
 これは、何?

 握り締める。
 男の手のひら。
 強く、強く、強く。

 息をするのを忘れそうになる。
 変な音がする。
 どくどくどくどく―――。
 ああ、なんだ。
 自分の心臓の音じゃないか。

 真っ白になる。視界も、頭も。全部。全部。

 ぷかりと、浮かんでくる。

 かつて好きだった人のこと。

 光が雲に遮られて。

 それから。


 ―――それから。


「初め、ましてー…。………かっこいいーおにーさん…」









 きっと ここから もう一度始まる












 2007年11月14日

 















 サスいのでしたっっ!!!!
 このお題を始めた頃からずーーーっとサスいの熱は高まりっぱなしで、なんだか最早自分の中で固定カプと化しています(笑)
 サスいのは甘くなくて、なんだか切なくて、すれ違ってて…でもいつかまた同じ道を歩き出すような感じが好きです。
 9、10にそのイメージを詰め込みました。
 数少ないサスいのサイト様はどんどん減ってしまったけど、まだまだサスいの好きがいると信じてますっ!!