箱
庭
を
創
り
し
者
「"箱庭"を作ったのは、貴方ね」 その静かな声に、彼は振り返った。 少し、驚いたように目を開いて、次に、ゆるゆると笑った。 彼は、穏やかに言葉を紡ぎだす。 「"箱庭"とは何だと思う?」 「"箱庭"とは"箱の中に作った庭。庭園をかたどったもの"」 「そうだな」 木の葉の全てを見回すことの出来る、火影の顔岩の上で、彼はぼんやりと里を見た。 暗部一の情報分析解析力をもつ" 誰が、今のこれをそうだと判断できようか? 彼は静かに笑って私を見る。 私は笑っていた。ずっと。 私は、ただ彼に言った。 「私は、貴方のものになんてならない」 ここが、彼の箱庭。 彼の持つ箱庭の全て。 やっぱり彼は笑った。 とても静かな顔だった。 絶対に私の嫌いになることの出来ない種類の表情。 「では君は誰の箱庭の中に入る?」 「…私は誰の箱庭にも入らない」 ここは箱の中。 奈良シカマルが、2人の少年の為に作り上げた、とても都合のいい楽園の箱庭。 微笑を浮かべたまま、ヒナタは言った。シカマルの予想したままの言葉を。 「…私は、貴方のものにはならない。貴方の箱庭の中には絶対に入らない」 「…そうだな」 「だから、無自覚にでも…私を箱庭に閉じ込めようとするのなら、私は全力をもってしてこの楽園を潰すわ」 「…ああ」 彼女は本当にそれを実行するだろう。 彼女はそれほどまでに何かに縛られる事を嫌っていて、何かに閉じ込められる事を嫌悪している。 それが必要な環境だったのだろう。 古き血継限界を抱く日向の土地は。 ふと、黒い黒い闇を切り抜いたような長い髪が、深淵を覗き込んだような、深い黒い瞳とともによぎった。 彼女はどこか彼に似ている。 「お前…そういえば、あのうちはイタチの婚約者だったんだよな」 「………ええ。そうよ」 何故彼が知っているのかと、少女は一瞬眉をしかめたが、相手は暗部一の知識の宝庫。しかも暗部入りしたのは彼が一番早い。 ならば、イタチ本人に会ったこともあるだろうし、若くして暗部に入ったうちはの血を引く子供と、日向の跡継ぎとしての力を持たぬ者と烙印を押された日向の血を引く子供の婚約は、暗部内においてさぞかし優雅に噂されたことであろう。 「あいつに会ったことは?」 「………あるわ。婚約者同士よ?当たり前でしょう」 その言葉に嘘はない。けれど何かは隠れてる。 シカマルはそう判断した。 シカマルは白眼なんて便利なものは持ち合わせていないけど、人の言動や行動、さりげない目の動きや表情筋の動きから、おおよその感情は察する事が出来る。 相手の育った環境や状況も総合的に判断すればもう敵なしだ。 ただし。 それはやはり相手によるのだ。 ヒナタの纏う絶える事のない微笑。 それは、ちょっとやそっとのことじゃ崩れるものではなく、どんな言葉でもその微笑でごまかしてしまう。 こんなにも感情の読めない相手は初めてで。 それは多分、彼女は常に感情を隠す事が必要な場所にいて、尚且つ自分のことをまだまだ信用していない証なのだろう。 彼女は強い。 守られるべき存在などではない。 守られることをよしとはしない。 人に何かをされる事を何よりも拒む。 何よりも不自由な自由の中に彼女はいる。 だから、彼女は箱庭には入らない。 彼女は楽園を求めてはいない。 けれども―――。 彼らは弱い。 彼らは、とても傷ついていた。 人に、触れられる事を恐れて。 人と、共にいるのを恐れて。 それ、に自分が気付いた時には、既に彼らは取り返しがつかないほどに、傷ついて、苦しんで、怯えていた。 だから、箱庭を作った。 彼らのシアワセになれる箱庭を。 それは楽園。 彼らのためだけに作られた閉じられた箱庭の中。 「―――別に、貴方のやり方に文句はないわ。彼らがシアワセなのは見て分かるから」 「…そうか」 「でも、ね。見ていて…吐き気がする。今日もまた殺したのね」 「ああ。殺した」 その存在は、楽園に必要なかった。 彼はあの金の髪の子供をひどく傷つけたから。 あの繊細な黒の髪の少年を傷つけたから。 赦さない。 赦さない。 ―――箱庭の間引き。 彼らを傷つけた者らに制裁を―――。 静かな笑顔をシカマルはヒナタに見せた。 常に纏う微笑の下、ヒナタはぎり、と唇を噛んだ。 別に今更、人の命がどうだという意見の交換をしたいのではない。自分も恐らく彼と同じ選択をする。 だから、きっとこれは同属嫌悪。 自分のエゴのためだけに人を殺し、情報を操作する。 とても身勝手で、不快感を覚えずにはいられない。 「この…エゴイスト」 「褒め言葉どうも」 けれど、と、シカマルは繋げた。 「お前も充分なエゴイストさ」 自分自身は囚われる事を拒んで、彼らの為に楽園を望む。 彼らの楽園を彼女もまた望みながら、彼女はいざとなればとてもあっけなく簡単に楽園を壊すであろう。 それがどんな悲しみを伴おうと彼女は構いはしない。 彼女にとって自分の自由が何よりも最優先事項であり、楽園の箱庭は二の次のこと。 「そうね。…否定はしないわ」 出来ないから。 さやさやと風が流れた。 火影岩の上から見る木の葉は、相変わらず平和で、幸せそうで。 例えそれは表面のみのことに過ぎなくとも、この男にとって関係はない。 彼が欲しいのは2人少年のシアワセ。 それから………私の安穏の地。 求めたのは…私。 木の葉でも休める場所が欲しかった。私自身としてくつろげる場所。 だから、彼が私を箱庭に入れようとしたのは、決して彼が悪いわけではない。私がそれを少しでも望んでいたから、彼は無意識に自分の領域に引き込もうとした。 でも、私の本当に求めていたもの…それは木の葉にはなかった。木の葉では絶対に手に入れられないものだった。 彼の箱庭にはない、大事な大事なもの。 だからきっと、いつか私はこの世界を出て行くのだろう。 この、箱庭に囲まれた里を。 「私は、貴方が思っているほど、この世界を疎んではいないわ」 表面を綺麗に綺麗に繕って、平和、という言葉を生み出している木の葉の里。 ここでなければ、あの人に会うことは出来なかった。 そして、幸せになって欲しいと、自分が誰かのことを思う日がくるなんて思いもしなかった。 本当は、もう手に入れていた、心休まる木の葉の居場所。 ここは、私にとって本当の楽園ではないけれど、それでも充分な安らぎと幸せを私に与えてくれている。 「キバ君、シノ君、ナルト君、紅先生…それから貴方。私も貴方たちの幸せを望んでいる」 だから、傷つかせたくない。守りたい。 なんて自分勝手な考え。 いつか木の葉を出て行く自分が、誰よりも彼らを傷つけると知っているくせに、出来る事ならば、彼らの幸せを自分の手で守りたいと思っている。 「自分勝手ね」 「そうだな」 多分、自分たちはとてもよく似ている。 同じ感覚を簡単に共有できて、とても似通った考え方をしていて…。 だから、余計なことまでしゃべりすぎてしまう。 今のように。 「さて、と。 「何かしら」 「任務に行こうか。その為に来たんだろ?」 「ええ。 今更の台詞に、シカマルは苦笑した。 木の葉には、最強と呼ばれる暗部がいる。 暗部第1班。 個々の能力が特出し、誰しもが、誰にも負けない能力を持つ。 暗部最強の戦闘能力を持つ暗部部隊長"梓鳳" 暗部一の情報分析解析力をもつ"悠穹" 暗部一の技の技術士と謳われる"瀞稜" 暗部一の情報収集能力をもつ"黒蝶" 彼らはその秀でた能力を持ち、S級ランクの任務を、もっとも確実に、最短の速さでこなす。 その、最強の忍たる暗部が、実はまだ子供だと言う事を知るものは少ない。 「悠穹遅い!」 「黒蝶も呼んでくるだけの割に遅い」 姿を現すと同時の言葉に、黒蝶は笑って、悠穹はただ面倒そうに眉をあげた。 「だって、悠穹がいつまでたっても起きないんだもの。仕方ないわ」 「はぁ?ちょっと待て…俺がいつ寝てたよ」 「あんまりにも呆けてたから、目を開けたまま寝ているのかと思ったのだけど?」 「いや、無理だろうよ」 「あーでも悠穹なら出来そう」 「ああ」 黒蝶の言葉にあっさりと同意を示した幼馴染二人に、やれやれと悠穹は大きなため息をついて、めんどくせーと呟いた。 彼のこの面倒くさがりな性格は、いつどんな時でも変わることがない。 「とっとと任務行くぞ」 首を捻りながら、背を向けた悠穹に、梓鳳が瀞稜にちらりと視線を向けて頷きあう。 どげしっっ!!!! 梓鳳と瀞稜にどつき倒されて、悠穹は派手な音を立てて倒れ伏した。 「………〜〜〜〜〜っっ」 「器用ね、悠穹。何もないところで転ぶなんて」 「そうそー。悠穹何いきなりこけてんの?」 「恥ずかしいなーおい」 ゆらり、と立ち上がる暗部服の青年。 口元だけで笑う、というのを悠穹は実践して見せた。 見事なまでに目が笑っていない。むしろかなり据わっている。 「そういえば俺、最近事務処理ばっかりで運動してなかったのよ。わりーけどお前ら、準備運動に付き合ってもらうぜ?」 早口で言い切った悠穹は早速と言わんばかりに刀を抜いた。 その目は非常に物騒な光をたたえていて…。 悠穹と梓鳳が小さく汗をかきながら、くしゃりと笑って、素晴らしい足の速さで逃げ出した。 物言わず駆け出した悠穹。 物騒な表情をしているくせに、その瞳はなんとも楽しそうで…黒蝶は笑った。 「イタチ、貴方の元へ帰るまでは、少し時間がかかりそう」 ひっそりと、暗闇から抜け出してきたような男が、黒蝶の後ろに立っていた。 男は、静かに黒蝶を後ろから抱きしめる。 彼が苦笑しているのはよく分かった。 黒蝶はイタチに身をゆだねながら、これ以上になく安心している自分を自覚する。 「あいつらは、元気になったな」 「…イタチは、知っているの?」 彼らが、暗く、闇にまみれて生きていた時代を。 全てを恐れて、苦しんで、傷ついて、必死に世界を遠ざけていた彼らを。 「知っている。あいつらは俺のことなんか覚えていないだろうけど」 昔、狐の器の世話を言いつけられたのはイタチだった。 今でもその時のことはよく覚えている。 「俺も、あいつらの幸せを願ったよ。とても身勝手に、ね」 「そう…」 黒蝶は、小さく身じろぎして、腕の中で方向転換した。 ぎゅう、と、抱きしめて、イタチの体温を身体に染み込ませる。 ここが、私の居場所。 私の安穏の地。 私の本当に求めているもの。 「まだ、待っていてくれる?」 「勿論」 彼の居場所もまた、ここにしかないのだから。 いつか私は木の葉という箱庭から出て行く。 この暖かい手をとるために。 それまでは、ただ、箱庭を作る彼と、箱庭に守られた少年たちに幸せを―――。 第6回祝詞お題『箱庭』。 一言で言って難産。 よ、よかった…間に合って…。 色々と後悔が多いですけど、裏テーマな『ヒナタにシカマルをエゴイストよばわりさせる』は達成できたのでよかったです(笑) 今回の作品も『瞳』『赤い手』『月』と同じ設定です。 空空汐/空空亭 |