『意外な一面』







「機嫌、悪いな」
「…別に。いつも通りだし」
「いや、眉間の皺がいつもより多いぞ。奈良シカマル中忍」

 そう、指摘されて、眉間の皺を手で伸ばす。まったくもって意味のない動き。眉間の皺なんて自分じゃ把握できない。

「大体、あんたにゃ関係ないだろ」
「いや、関係あるぞ。お前の機嫌が悪いと一緒にいる私まで気分が悪くなる」

 まぁ、一緒にいる相手が不機嫌な顔してたらいい気持ちはしないだろう。
 それが任務のために一緒にいる相手ならなおさらだ。

 そう。これは任務なのだ。
 任務のためにいつもとは全然違う服に着替えて、腕をべったりと絡めて、町を練り歩いている。

「………っつか、お前、引っ付きすぎ」

 ちらりと自分の腕に押し付けられた体を見ると、たわわな胸がひしゃげてゆれていて、慌てて視線を逸らした。
 一度認識してしまうと腕に意識が集中してしまう悲しい男のさが。
 大体、着物に似たそのひらひらとした衣服は胸が開きすぎだし、腹だって丸見えだし、足だって太ももから大胆に覗いている。なんだってこんな衣装を選ぶんだこの女は。
 くそ。今の野郎、鼻の下伸ばしてじろじろと見やがって。

「そうは言うけどな。私たちはいちゃいちゃバカップルに見られないといけないんだぞ?だからお前ももっとにこやかに振舞え」

 大体なんだこの任務は。
 バカップルをぶった切って練り歩く犯罪人を捕まえる為に、バカップルの振りをして狙われろ?だと?
 誰だそんな作戦を出したやつは。大体なんで俺とこいつなんだ。
 砂との友好関係を深める為に、積極的に合同任務を入れているのは知っているが、こんな馬鹿馬鹿しい任務にまで協力を要請するか?
 しちまったからこいつがここにいるんだが。

 いや、でもまて。
 俺がこの任務を受けなければこいつは他の男にこういうことをしていた、ってことだよな。
 それを考えると俺でいいのか。

「お、機嫌が直ってきたか?」
「………」

 何で分かるんだこの女。

「っつか、何でお前そんなに乗り気なんだよ」
「ふふ。私は、昔から任務ばかりで普通の女らしいことはしたことなかったからな。こういうのをデートって言うんだろ?」

 無邪気に、それこそ普通の女のように笑ったそいつに、俺は驚いた。言っちゃ悪いが、風影の娘であり、幼いころから忍の教育を受けてきたんだろうな、って分かるようなそいつに、こんな一面があるとは思わなかった。いつも言動は男勝りだし、馬鹿でかい扇子を振り回して敵をぶっ飛ばすし、化粧の一つだってしてやいない。
 そうだ。そういえば、今のこいつはうっすらと化粧だってしている。言っちゃあ何だが、か、可愛い…。
 いつもはどちらかというとりりしくて、綺麗とか大人っぽいとか、そういう表現が似合う奴なのだ。

「…お前も一応は女だった、ってことか」

 ついうっかり洩らしてしまったら、キツイ目で睨まれて、肩を竦めた。いつもならびびるその眼力だって、今日はかわいらしく見えてしまうのだから仕方ない。
 俺も重症だ。

「デート、するか」
「………は?」

 ぽかん、とした彼女の顔ににやりとして、彼女の腕を引き抜き、素肌である腰に手を回す。そのまま軽く引き寄せて、額宛のない額にキスを落とす。…うん。3年前ではできなかった芸当だ。

「…なっっ!!」
「ほれ」

 真っ赤になって、額に手を当てた少女に手を差し出す。呆然としたまま手を伸ばした少女の手を握り締める。指と指を絡める、いわゆる恋人つなぎってヤツだ。どうだ、バカップル全開だろう。

「これがデートの定番だろ?」
「そっ、そうなのか!?」

 自分と俺の手を見て、不思議そうに首をかしげた。どうやら本当にデートなんてしたことがないようだ。

「お前、デートしたことがあるのか!?」

 いかにも意外そうに言われて、少しプライドが傷つく。そんなにも意外なのか。俺はデートなんぞしたことのないような男に見えるのか。いや、実際ないのだが…。

「―――ねぇよ。本で読んだだけだ」

 この台詞を口にするのは、多少勇気がいった。したら、そいつはほっとしたように笑った。くそ、何で今日はこんな無防備な顔ばかりするんだ。

「そうか、良かった」

 どういう意味だ?と、思うよりも先に、そいつは早口で言った。

「私ばかりが初めてではずるいだろう?」

 そういう理由、ね。まぁ、いいけどよ。
 それから俺たちは本で読んだ、バカップルっぽい感じのデートを実践してみた。
 ストローが2本ささったジュースを一緒に飲んでみたり、恋人らしい会話を棒読みで実践してみたり、俺の見立てで服を着せてみたり…。

「………なんか、デートって疲れるな」
「…ああ」

 なんだか色んな意味で疲弊しきった俺たちは、公園のベンチの上でぐったりと休んでいた。
 しかしこれだけバカップルっぽい演出してみてもなかなか敵は来ない。任務失敗か。

 もう日が暮れて、夕日すらも沈もうとしていた。
 言葉もなく、ベンチで沈み込んでいた俺たちは、周囲に増えてきた人の気配で目をあけた。

「…なんか人が増えてきたな」
「…だな」

 何かイベントでもあったのだろうか、とよくよく目を凝らしてみれば…。
 暗闇の中、絡み合っている男女の姿。

 ちょっと、唖然とした。
 おいおいおい。あの男、女のスカートん中に手ぇ、突っ込んでるぞ。っつーかマジにディープキスだし。舌見えるし。何分キスしてんだこいつら。息継ぎのタイミングが難しくないのか。うあ、押し倒しやがった。このまま事に運ぶ気か。ここは公園だぞ公園。子供がいたらどうするつもりだ。むちゃくちゃ教育に悪いじゃねぇか。

 隣で、女も唖然としていた。
 夜の公園はデンジャラス。イチャパラの世界なのだと俺は学んだ。

「………シカマル」
「………ああ」

 夜のバカップル全開のいちゃこきカップルの周辺、異質な空気がある。濃い、殺気の塊。俺たちが襲われなかったのは単純にいちゃこきっぷりが足りなかったということか。いや、でもいくら任務でもあれは無理。っていうか普通無理。
 なんとなく、バカップルをぶった切って練り歩く奴の気持ちが分かった気がする。こういう公共の場で何をやってんだ、と俺も突っ込みたい。

 でもまぁ、任務だし。

「…助けるか」
「…そうだな」

 きゃあーーーという女の悲鳴を聞いてから、俺たちはよっこらせと重い腰を上げたのだった。





 今日の収穫…テマリにも可愛いところがあった、ってことで。
 2006年7月9日
 題名が『キャンディ』→『嫉妬』→『意外な一面』と変化しまくったもの。
 恋人同士の棒読みの会話は「待った?」「ううん。今来たところ」とか、「食べさせてあげる。はい、あーん」とか、そんな感じの偏った感じのです(笑)
 その後「こ、これでいいのか!?」とか「なんか、ちがくねえ?」とかいう会話が続きます。
 バカップルへの道は高く険しいってことで。