『年下の男の子』
己が生まれた日。
砂では生誕日と言うが、木の葉では誕生日と言うらしい。
名前が違う他、どうやら風習も全く違うという。
砂では生誕日は自分が生まれてきたことに感謝し、砂漠の神に礼を述べる。神と己の神聖な儀式なような物だ。もっとも、我愛羅はその儀式自体知っているかどうか怪しいが…。
ともかく、砂ではそれで終わりだ。その日にわずかな時間をさけば事足りる生誕日の義務だ。
しかし、木の葉は違うらしい。
誕生日では己が生まれてきたことを周囲が祝い、贈り物をするらしい。他にもケーキを作って蝋燭を突き刺す?とか、それを全員で囲って歌を歌う?とか、爆竹のような破壊音のするものを鳴らす?とか、聞けば聞くほど謎なのだか、するらしい。はっきり言って意味が分からない。
しかも、それは義務ではなく任意だという。
らしいらしいと連発しているが、これはカンクロウから聞いた話だからだ。
カンクロウは、恐らく木の葉の黒髪の女に聞いたのだろう。
敵同士であった木の葉の人間と、よく会っているなんて上に知られたらどうするつもりだろうか?…もっともそれは私にも言えることだが。
…まぁそんな理由で私は困惑しているわけだ。
「テマリさーん!」
「ん?ああ。奈良と同じ班の…」
「いのよー。こっちはチョウジ!」
「テマリさん任務お疲れさま」
そう、今私は任務で木の葉くんだりまで来ているのだ。
もう任務は終わった。それを何故知っているのかは知らないが、さっきから色々な人に呼び止められては言葉を掛けられ、何かを渡される。
気がつけば腕の中は頂き物で一杯だ。
これに困惑せずにどうしろと言うのだ。
「ああ。ありがとう」
「それで、今日誕生日でしょー。だから、はい、これー」
と、渡されたのは、今日一日で大分見慣れてきた物体だ。
可愛らしくラッピングされた四角い箱。
砂ではまったくもって見かけない物体。確かに可愛いのだが紙の無駄ではなかろうか?
「えっと…ありがとう?」
一度、受け取れないと言ったら、受け取らないほうが失礼だ、と諭され、結局全部受け取っている。
いのは、いいえーと、可愛らしく笑って、2人で選んだんですよーと教えてくれる。チョウジはにこにこしながらスナック菓子をつまんだ。
「あ。テマリさん。シカマルが森に来て欲しいと言ってましたよー」
「シカマルが?」
言った瞬間、思わず口を押さえる。
一瞬だけぽかんと口を開いたいのの顔が、にやぁーーと歪む。
「へーはーふーん…。シカマルねー」
「やっぱり呼び捨てなんだ」
「………っ!」
顔に血が上って、自分でも分かるくらいに熱い。
「……っ!失礼する!」
「はーい。シカマルと仲良くねー」
追い掛けてきた言葉に、更に顔が熱くなった。
「シカマル!」
見慣れたチョンマゲ頭を見つけて、テマリは声を上げた。のんびりとした風体が気に入らず、八つ当たり気味に言葉を漏らした。
「お前の所為でとんだ恥をかいたぞ」
「はぁ?」
勿論シカマルには意味が分からない。全く、と息をついて、ふ、と頭の中を切り替える。
「まぁ、それはそうと何の用だ?」
「いや………随分と貰ったな」
シカマルは、テマリの腕の中の頂き物の数々を示して苦笑した。
座れ、というジェスチャーに腰を下ろしてそれらを脇に置く。
「ああ、そうだ。これはお前の差し金か?かなりの人数が知っていたようだが」
「ああ?ちげーよ発信源はカンクロウ、そんでテンテン、リー、サクラ、いの、親父の順だな。後は鼠算式に」
「………なるほどな」
大きく息をついたテマリに、シカマルが笑う。
「しかし…本当にいいのだろうか、こんなに貰って…」
「これが木の葉の流儀なんだよ」
「そう、なのか…?まぁ……嬉しかった。人にこんなにも祝われたのは初めてだ」
「良かったじゃねーか」
「ああ。それはそうとちょっと時間をくれ」
「は?何をするんだ?」
「祈りだ」
その一言でシカマルは理解したようだった。
砂と木の葉の風習の違いくらい知っているだろう。
任務やら何やらで中々時間がとれず大分遅くなってしまった。
いつもなら朝一で済ませるのだ。
立ち上がり、3歩くらい進んだ場所で、砂の国に広がる砂漠から持ってきた砂を円上に撒き、印を組む。
風が吹き、砂を荒らして砂隠れのマークを象り、宙に浮かぶ。
砂漠の神は砂に宿る。
砂漠の変化は神の意志。砂の動きは神の表れ。目蓋を閉じ、神に祈りを捧げる。砂が舞い踊り、テマリの髪を揺らした。
テマリの周囲をぐるぐると回る砂だが、それがテマリを傷付けることはない。
これは、神の祝福なのだから。
一通りの祝詞を捧げ終えると同時に、砂が空高く舞い上がった。
これから風にのって、砂は砂漠へと戻るのだ。
全ての儀式を終えて、テマリはゆっくりと目を開く。
…と同時に目を見開いた。あ、と口を開く。
「…………っっ!んっ!」
けれどもその唇から言葉が洩れることはなかった。いきなり抱きすくめられ、唇を奪われた。シカマルの顔が目前にあった。
突然の事に息が詰まり、呼吸が出来ない。息苦しさに男の胸を叩き呼吸を要求する。
身を離したシカマルが、荒く息をつくテマリを見て、悪戯が成功した子供のように笑った。
「男ん前で油断しすぎ」
「………14は、子供だ」
涙目になってテマリはシカマルを睨み付ける。
その言葉は、中々大きな打撃をシカマルに負わせたようで、苦虫をつぶしたような顔になった。
「その子供と付き合っているのはどこのどいつだよ。大体身長だって越しただろ?」
「ふん。そういうところに拘るとこが子供なんだよ」
「……っ!」
何か言い返そうとして、言葉が見つからなかったのか、眉間のしわをより一層深くした。
さっきまでの苦しげな様子はどこへやら、楽しそうに笑うテマリに毒気を抜かれてしたのか、苦笑して息をつく。
「ったく……。めんどくせー奴」
「…そのめんどくせー奴と付き合っているのはどこのどいつだ?」
シカマルの言葉をなぞるようにして、テマリが笑う。
「へいへい。俺ですよ」
諦めたように笑い、シカマルは大きく息を吸った。
「テマリ」
急に真顔でこちらを見つめてくるシカマルに、テマリが不思議そうに笑みを引っ込める。
何だ?と、呟くように答えて、自分よりも高くなった男を見上げる。
シカマルは幾度か視線を彷徨わせて、押し付けるように拳を突きつけてきた。
「手!」
その意味をテマリが理解せずに、首を傾げていると、じれたようにシカマルが促す。
「手?」
とりあえず手を伸ばした。その手をシカマルが掴んで上向きにし、拳を置く。
何か硬質な感覚が手の上に広がる。
「………これは」
自分の手の平に、シカマルの手の平から移ってきたものを見て、目を見開いた。
誓いの鎖―――。
砂にはこんな風習がある。
結婚を誓った男と女の絆を示す証として同じ鎖をつける。
男は鎖の一部を切り離して指に。
女は残った鎖を首に。
はっきり言って最早誰もしていないような、忘れ去られた、古い古い風習だ。
呆然と、シカマルの指を見た。
少し歪な、元は鎖だったと分かる指輪が、ぴったりとはめられている。
そして己の手の平にあるは、細いが広めの鎖の骨格を持った首飾り。
一部不恰好なのはシカマルが指に嵌めた分をとったからであろう。
「い…いのか…?」
呆然と、呟く。
この男に限って、意味が分からないでやっているということはないだろう。
「…当たり前」
照れくさそうに、けれどもシカマルはそう言った。その顔は笑ってしまうほどに赤く、よく見ると震えている。
不意に力が抜けて、ふふ、とテマリは嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
「…別に、礼を言われるようなことでもねーけどよ」
自分が主張したいだけ。彼女が自分のものであること。
…もっともそんなことを考えているのを本人に知られたら、思いっきり殴られてしまいそうであるが。
だから。これは礼を言われるような事なんかじゃない。
例え相手の国が違っても。…敵対する関係に戻ったとしても。
自分達は繋がっている。目に見える、確かな絆が作りたかった。
テマリはもう一度手の平に落ちた銀色の鎖をみて、くすぐったそうに笑った。
生誕日なんて、なんてことのない、どうでもいい日のはずなのに、今年は全然違った。成る程、これが誕生日。木の葉の風習なのだ。
「…ありがとう」
じわりと胸の奥が熱くなって、鎖を抱え込んだ。
瞳から零れ落ちたものが何か、なんて知らない。
初めて迎えた誕生日。特別な、日。
そう、自分がこの世に生を受けた、大事な日なのだ。
「嬉しい」
生まれてきて良かったと、心から、思った。
「あーーーっ。くそっ。めんどくせー!男の前で油断すんなって言ってんだろ!」
言葉は乱暴な割に、優しく、穏やかに、シカマルはテマリを包み込んだ。いつの間にか自分を越して、大きく広くなった身体。気がつけば、自分を簡単に覆いつくしてしまうのだ。
軽く、笑った。
「14は、子供だ」
「大人だっての」
「―――そうかもな」
顔を上げたテマリの笑顔に、不覚にも見惚れてしまったシカマルは、それを隠すように、もう一度、彼女を深く包み込んだ。
2006年08月24日
誕生日には出そうと思ってたけど間に合わんかった。
ブログに一回出して、その再アップ。
お題に沿ってるのかちょっと謎。
「祈り」と迷ったけど…うーん。