『読書』






 そいつは、そこにいた。本に囲まれるようにして、ひっそりと。部屋の一角に自分だけの居場所を作っていた。
 話しかけようか、思って、止めた。
 別に私達は特別な知り合いではなくて、ただ顔を知っている相手、というには少し違うけれど、友人と言うわけでもなかったから。
 一度、戦って、一度、助けて。
 ほんの少し話して、ほんの少し同じ時間を共有した、それだけの関係だ。
 目的の本だけを持って、閲覧スペースに移動した。


 砂の忍は、この木の葉の里で本を借りることは出来ない。
 木の葉図書館の本はあくまで木の葉の所有物であり、木の葉の人間の為の書物だ。
 砂の忍、という部外者に貸すような本はない。
 ただ。閲覧は出来る。
 どこか管理のゆるい木の葉は、来る者を拒まない。
 スペースの一部を陣取って、持てるだけもった本を、積み重ねたままに置いた。
 こんもりとした目の前の書物の山に軽く笑った。

「何、笑ってんだよ」

 無愛想な、だるそうな声に、首を傾げる。
 自分はこの男の接近に気がつかないほど気を許していたのだろうか。

「どうした?奈良シカマル。何か、用でも?」
「…別に」

 ああ。もしかすれば、知り合いがいたから一応声をかけておこうという精神が働いたのかもしれない。面倒くさがりの癖に変なところで律儀だ。何も言わずに机の向こう側に座って本を読み始めたところを見ると、やはり一応の礼儀で声をかけたのだろう。人付き合いはあまり好きではないが、これくらいなら好ましい。
 奈良シカマル、という存在はひどく奇妙だ。
 頭はいい。けれど、それを有効利用する節はない。彼自身自分の力を分かっているのかどうかは知ったことじゃないが、その頭脳を持ってすれば簡単に上に上り詰めることは出来るだろう。何も忍としてじゃない。他にも方法は幾らでもあるのだ。忍になる必要すらない。

 黒々とした髪を頭上高く結い上げているが、その量は結構多い。大変じゃないだろうか?と思うのだが、彼自身でまとめているのだろうか。昔あの髪型は禿げると聞いたことがあるが、その危機感はないのだろうか?
 額の広い人間は頭がいいと何かで読んだことがある。なるほど確かに奈良シカマルの額は広い。ますます禿げないだろうか。
 目つきは悪い。まつ毛はほとんどない、と思う。何分そんなに近くで見たわけじゃないから分からない。見える限り、ないに等しい。眉もそんなに太くはない。むしろ細めの眉はしっかりと上を向いていて、大概において顰められている。眉間のしわもセットだ。
 しみじみと観察していると、胡乱気な視線が突き刺さった。どうやら、というか思いっきり見ていたのでさすがに気になったらしい。

 本に集中していればいいものを。

「なんだよ…」
「禿げないか?」
「…は?」
「その髪型は禿げそうだ。額も広い。いつか禿げるとは思わないか?」
「……………お前そんなデリケートな部分を聞くなっての」

 デリケートな部分だったのか?
 頭の中だけでそう思って、口にはしなかった。そう言うのならそうなのだろう。

「まつ毛はあるか?」
「………ない人間がいるか?」
「さぁな。いるかもしれないぞ」

 シカマルは眉間に思いっきりしわが寄って、大きくため息をついた。

「っつか、なんなんだよ。さっきから」
「気になったからな」

 さらりとそう言った言葉に、何故かシカマルの顔が僅かにひるんだ。何故だ。

「それで、何を読んでいる」

 凄く疲れた顔をされた。…と言っても表情はそんなに変わっていないが、そんな感じがした。

「……………お前、なぁ………」

 ため息は深く。何なんだと目で問う。
 それに対する応えはなく、けれどもう一度ため息をついて、机の上に突っ伏した。

「おい。奈良シカマル?」
「……わざとか…?」
「はぁ?」
「いやむしろわざとであって欲しいっつか」
「…おい」
「でもわざとじゃないんだろうよ」

 なにやら1人でぶつぶつの呟き、1人で頷いている。意味が分からない。

「あーーーいいから、本でも読んどけ」
「………」

 いかにも面倒そうに言われ、眉を顰める。なんなんだ一体。
 そう、思ったけれど。
 こんな静かな図書館という空間で騒ぐのもなんだし、ブラックリストには載りたくないので、大人しくしておく。木の葉の豊富な書物が見れなくなるのは心底困る。木の葉に来るときの楽しみなのだから。
 一度本に目を戻して、ちらりと奈良シカマルを伺うと、ヤツはまだこちらを見ていた。机に突っ伏したままの低い目線。

「………何だ」
「別に」

 ………成る程。見られていると気になる。観察して悪かった。
 居心地が悪い。視線が突き刺さっている。物凄く気になる。

「お前さぁ」
「…何だ」

 警戒心むき出しで言ったら。

「すげ、鈍いわ」

 しみじみと言われた言葉に腹が立って。
 つい、手元にあった本を一冊投げてしまった。パコンと心地よい音がして、のヤツの頭にヒットした。しまった、と思った時には後の祭り。周囲を窺うと至るところから視線を感じた。その中にはこの図書館関係者もいるだろう。

 やれやれとため息をついて、立ち上がる。これ以上ここに居るのは滅茶苦茶居心地が悪い。それもこれも全て目の前に居るこの男の所為だ。一瞥を残して図書館を出ると、降り注ぐ光がやけにまぶしかった。
 自分の足音に、もう一つの足音が重なる。

「何の用だ。奈良シカマル」
「一局どうよ」

 奈良シカマルはどこから取り出したのか将棋の駒を見せ、ぴんと親指で弾く。ヤツの手がそれを受け止める前に取った。同じように親指で高く将棋の駒を弾き、今度はヤツがそれを取る。

「お前の所為で暇が出来た。一杯の茶と茶菓子付きなら付き合わないでもない」
「了解。テマリ」

 にっ、と珍しいそいつの笑顔に、自分の唇の端が持ち上がったのが分かった。


 読書の代わりに手に入れた、小さな時間の隙間をこいつと過ごすのも悪くない。そう思うくらいは、そいつの笑顔は魅力的に見えた。
 2006年10月8日
 お題に沿っているのかどうかはちょっと分からない…。
 シカマルの中で色々感情が巡ってるんだろうなぁとか思いつつ。
 個人的にはシカが空回ってるシカテマ(テマシカ)が結構好き。